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一寸先は闇ですものね

入学式とオリエンテーションを終え、各授業も一通り受講し終わった4月下旬。気温は一気に急上昇し、トレンチコートを着ていると暑いなと感じる日が増えてきた。この大学での生活にも慣れてきて、とりあえず「友達」もでき、今のところ順調に浅い関係を築けているので問題はない。大学進学と同時に始めた一人暮らしも、漸く軌道に乗ってきたと思う。絶望からスタートしたにしては、このスタートダッシュは上出来じゃないだろうか。
そんなつまらない日常を送っていたある日。2限目の講義で、私の最も苦手とするグループワークをしろというお達しが出た。グループワークというのは、自分の意見を伝えつつ他人の意見を聞き、それらをまとめることによって学びを深めることを目的としている、というのは誰もが知っていると思うのだけれど。このグループワークというもので、果たしてどれだけの人間がその目的に見合った言動をしているだろうか。今も私の周りの数人は雑談を始めており、目的から大きく逸れているのは明白だ。
これだからグループワークは苦手。真面目にやろうとすれば大半の人間が、そんなの適当で良いって〜!などと言うくせに、いざ発表となれば、名字さんどうする?と、都合よく私を頼ってくる。適当で良いんじゃなかったんですか?あなた達、自分が適当に対応できるスキルがあるからそう言ったんですよね?私に頼らないでくれます?そうやって何度心の中で毒づいたか分からない。きっと今回もそのパターンだ。
何度も言うように、私は当たり前のことながらそれらの本音を口に出したりはしない。ので、グループワークではなく個人ワークを始める姿勢を取った。いつ、名字さんお願い〜と、無責任な押し付けをされても良いように。はあ。もし私の目指していた難関大学だったら、こんなグループワークでも実り多き話し合いができていたのだろうか。考えるだけで虚しい。そんな風に人知れず嘆いている時だった。


「ちゃんとやってから雑談タイムにしよう」
「えー…」
「真面目かよ」
「じゃあ発表当たったらやってくれる?」
「それは…」
「わかったよ…」


黒髪で切れ長の目をした男の子が、真面目にやろうと言い出したのだ。なんと。これは驚き。しかも正論で周りの人間を言い包めるというテクニックまで持っているらしい。なんだかあまりやる気がありそうなタイプには見えないけれど、こんな大学にもまともな考えを持った人間は存在するらしい。
結局、グループワークはそれなりに真面目に終了し、発表も難なく終えることができた。これは完全に彼のおかげだろう。この大学で出会った人間の中で、唯一、彼はまともな人間に思えた。折角だからお近付きになっておこう。というわけで私は、講義終了後、軽い気持ちで彼に声をかけた。あの、と。名前を知らないので背中に向かって呼びかけることしかできなかったけれど、彼はきちんと振り向いて、俺?と反応してくれた。
よく見たら整った顔立ちかも。などと一瞬いらぬことを考えてしまったけれど、何か用?と尋ねられたことで、私は当初の目的を思い出した。


「さっきはありがとう」
「何が?」
「グループワーク。ちゃんとやろうって言い出してくれて」
「ああ…そんなの誰かのために言ったわけじゃないし。やらないと自分に面倒なこと押し付けられるかもしれないからそれが嫌だっただけ。お礼言われるようなことじゃないよ」
「そう、なんだ」


思っていた以上にドライな性格の人だと思った。そして、ちょっと私と似てるかも、とも。私と彼の違いは、自分で全部やってしまうタイプかそうでないか。面倒だから1人で終わらせるのが私。面倒だから周りの人間を動かすのが彼。やり方は違えど、考え方は似ているような気がする。
そう考えると、俄然彼に興味が湧いてきた。彼となら生産性のある会話ができるかも。入学して以降、初めて抱いた好奇心。ワクワクとした感情。しかしその気持ちは、長くは続かなかった。


「真面目にやりたかったんだ?」
「まあ…成績にだって響くかもしれないし…」
「なるほど。さすが、成績トップで入学してきた優等生さんだね」


その言い方には少々、否、かなり棘があるように感じた。私の方が頭が良いからって妬んでいるというわけではなさそうだけれど、なんとなく馬鹿にされているというか。兎に角、初対面なのにその態度は失礼じゃないか?と思わざるを得なかった。


「真面目にやりたいって思うのは悪いこと?」
「いや、そんなことないよ。でも、」
「でも?」
「そう思ってるなら、俺より先にちゃんとやろうって言えば良かったのに」
「…それは、」


痛いところを突かれて、思わず口籠ってしまった。私はずっと周りの人間に何も期待せずに生きてきたから、誰かと何かを一緒にしよう、という考えに欠けている。だからそもそも、そんな呼びかけをしようという思考にさえ及ばなかった。彼はまるで、そのことを見透かしているみたいで気味が悪い。
整った顔立ちかも、と思ったのは私の勘違い。切れ長の目で私を見る彼は、ちょっと目付きが悪くて性格に難がありそうな人、という印象に改めておこう。
口籠ったままでは言い負かされた気分になるので、何か言い返そうと思考を巡らせること2秒ぐらい。私の口から出たのは、私が言おうとする前に言われちゃったの、という、なんともありがちな言い訳だった。これはこれで負けたみたいで悔しいけれど、言ってしまったものは仕方がない。私の言葉を聞いた彼は、ふーん、とあまり興味なさそうに相槌を打って。


「なんか、窮屈そうな生き方してるね」
「…は?」
「優等生さんは大変だ」
「もしかして喧嘩売ってる…?」
「はは、まさか。俺は平和主義者だよ」


じゃあ俺そろそろ行くから、と。言いたいことだけ言って颯爽と去って行った彼の背中を呆然と見つめる。何。なんなのあの人。平和主義者?絶対嘘でしょ。今のはどう考えたって、人の神経を逆撫でするのが上手いタイプの人間の口振りだった。
窮屈そうな生き方。どうして今日出会ったばかりの、私のことを何も知らない人間にそんなことを言わなければならないんだ。お前は私の何を知ってるって言うんだ。冷静になって思い返せば返すほど、沸々と怒りが込み上げてくる。
私と似たタイプかも、だなんてほんの少しでも思ってしまった数分前の自分を恥じた。冗談じゃない。私は確かに性格が良い方とは言えないけれど、あそこまで皮肉屋じゃないし、初対面の人間に失礼な態度を取るような非常識でもない。
お近付きになっておこうという軽い気持ちで自分から声をかけたことを、これほど後悔することになるとは思わなかった。やっぱりこの大学にはろくな人間がいない。これを教訓に、今後は自分から誰かに声をかけたりしないようにしようと、強く心に誓う。
名前も知らない黒髪のキミ。これから先も同じ講義は受け続けなければならないけれど、もう話はしないようにしましょうね。それがきっと、お互いのためだから。