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窒息するアメリカンビューティ


街がキラキラピカピカうざったくなるほど煌びやかに彩られる12月下旬。北風がぴゅうっと吹き抜けていく寒空の下にもかかわらず、ただ装飾品が飾られただけの大きなもみの木を眺めに行くカップル達は物好きだなあと思う。これは嫉妬や負け惜しみではなく、私の率直な感想だ。
朝起きた瞬間から子ども達が大はしゃぎするであろうクリスマス当日の夜。私は約束通り、彼のお店に来ていた。このまま彼の仕事が終わるのを待って、一緒に帰宅。その後は2人だけで少し遅めのクリスマスを楽しむ予定だ。
私はカウンターの隅っこの席に座り、忙しそうに働く彼をぼうっと見つめながら、この1年を振り返る。彼と出会って、どんどん惹かれていって、アタックしては振られ、受け流され、逃げられ、漸く付き合えることになったと思ったら別れ話を切り出され、泣く泣く別れたというのに離れることは許されなくて、離れたくもなくて、ヨリを戻してからも感情の整理ができずにもだもだして。
こうして考えてみれば、前途多難にもほどがある恋愛だと思う。もっと他に楽な恋愛の仕方があったのではないかと考えることもある。けれど、今の私は確実に「幸せ」だ。だから私の選択は正しかったのだと思いたい。


「おかわりいる?」
「いらない」
「珍し。体調悪い?」
「ううん。帰ってからの2人きりの時間を楽しみたいから」


率直に思っていることを伝えれば、彼は僅かに驚いた様子を見せた。驚かれるようなことを言ったつもりはないのだけれど、今の発言はそんなに私らしくなかっただろうか。
空っぽになったグラスを手持ち無沙汰にいじりながら、なんとなく視線を彼からそちらに落とす。忙しい中こうして私を気にかけてくれるのは有り難いけれど、仕事の邪魔はしたくない。そういう気持ちの現れとして、私はちゃんと1人で大人しく待っていられますよ、と態度で示したつもりだった。
それなのに彼ときたら、私はお酒の注文をしていないというのに、カウンターを挟んだ向こう側から動く気配がない。彼は察しが良いタイプだから私の行動の意図を理解しているはず、なのに。


「私のことはいいから仕事、」
「今から15分だけ休憩入るからちょい付き合って」
「え?付き合うってどういう……?」
「そっち回るからついて来て」


言うが早いが、彼はカウンターから出てきてこちらにやって来た。そんなことをされてしまったら、私にはついて行くという選択肢しか残されていない。
他のお客さんに不審がられないよう徐に席を立ち、何食わぬ顔で彼の後ろに付いて行く。そして「STAFF ONLY」と掲げられている扉の向こう側へ足を踏み入れドアが閉まった直後、閉められたばかりのドアに磔にされんばかりの勢いで追い詰められた。
一体何だというのだろう。貴重な15分の休憩をこんなことに使っている場合ではないはずなのに。そう思ったところで、それを指摘できるような雰囲気ではなかったので私は口を噤む。


「黒尾さ、っ、」
「なんかさっきの、すげームラッときた」
「なんっ……!?」


なんのこと?と発しかけた言葉は彼の喉の奥に消えていった。ここは彼の職場で、彼は休憩中とはいえまだ仕事中。しかも他のスタッフさんがいつ入ってくるかも分からない。
私は咄嗟に彼の胸板を押して離れようとしたけれど、その手を扉に磔にされてしまったら抵抗のしようもなく。はむはむと美味しそうに私の唇を食む彼のされるがままになるより他なかった。
いや、その気になれば足を使ってどうにか抵抗はできたのかもしれないけれど、私にそこまでの体力と気力はなかった、というのが正しいだろう。どんなに抵抗したところで力では敵わないから、と諦めていたわけではない。単純に、私はいつの間にか無条件で彼を受け入れる身体になってしまっているから、抗うという選択肢が存在していなかったのだ。
いつどこでいかなる状況であっても、たとえそれが私にとって不本意な展開であっても、最終的には許してしまう。今だって捻じ込まれた舌に脳が麻痺してきて、正常な判断ができず流されている。
しかもキスだけに留まらず太腿からお尻にかけてのラインをなぞるように手を這わされたら、私の口からは息継ぎの合間に呻き声が漏れ出してしまう。内腿を撫でる手つきは否応なく夜の情事を彷彿とさせるから余計に抑えられない。


「ん、んっ」
「しー……聞こえちゃうから」
「誰のせいで……ッ、!」


唇を離す代わりに長い人差し指を私の口元に押し当てる。その動作自体には妖艶さなどひとつもないはずなのに、現状においては彼がどんな行動を取ろうとも敏感に反応してしまう。
私が閉口したのを確認した彼は、目を細めて笑いながら「いい子」と囁いた。子どもじゃないんだから、と言ってやりたいところだけれど、満更でもないから言い返せもしない自分が情けない。
そのまま彼は15分という短いようで長い休憩時間を、私を弄ぶことに費やした。服の中に手を忍び込ませてブラジャーの上から揉んでみたり、腰や下腹の辺りを忙しなく撫でてみたり、服越しではあるけれど中心部を掠めるように刺激してみたり。
その度に私は堪らず声をあげそうになってしまうのだけれど、一度離れた彼の薄い唇が再び私のそれと重ねられたので、声は彼が全て飲み込んでくれた。
頭の芯がぼーっとして、ここがどこでどういう状況なのかを判断する能力が著しく低下している。服は少し乱れているけれど脱がされているものは1枚もない。というのに、この高揚感。彼の手は魔法がかけられるらしい。


「……ミスった」
「へ、」
「そんな顔で戻せねーなぁって、ちょっと反省してんの」


魔法が解けて完全に現実へと引き戻された。
そんな顔、と言われても、私には自分の顔を確認する術がないからどんな顔をしているのか分からない。ただひとつ言えるのは、私は今、人様に見せられるような顔をしていないということだ。なんとも失礼な物言いである。
ふぅ、と一息吐いた彼は、私の額に触れるだけのキスを落として引き寄せた。そして、ぎゅうぎゅうと私を自らの身体で覆い隠すように抱き締めながら、戻りたくねぇなぁ、とボヤく。
私も、できればこのまま離れたくない。浮かされた熱は少しずつ冷めていっている気がするけれど、それでも身体の芯が疼く感覚はどうにもならないから。けれどもこんなところで、行かないで、などと無理な我儘を言って彼を困らせるような女にはなりたくなかった。


「休憩、終わるよ」
「ん。分かってる」
「行かなきゃ」
「……分かってる」


言葉とは裏腹に、彼は私を抱き締めたまま離れてくれなかった。そのまま10秒は経過しただろうか。そろそろ本当に戻らなければ誰かが呼びに来てしまうかもしれないと懸念し始めたところで、漸く私と彼の間に距離ができた。
至近距離で見つめ合うこと5秒半。すみませんでした、と何の前触れもなく謝ってきた彼に面食らう。謝られると先ほどまで昂っていた私が惨めになるから、冷静になるのはやめてほしい。


「悪いことしたと思ってるの?」
「一方的すぎたなって」
「本気で嫌だったら、もっとちゃんと逃げてる」
「……今そういうこと言うのやめて」
「仕事戻りたくなくなっちゃうから?」
「そ。よく分かってんじゃん」
「じゃあ精々仕事中も私のことで頭いっぱいにしててよ」


傲慢で横柄で、まるで自分が女王様にでもなったかのような発言だと思う。けれど私だって、たまには振り回す側になりたいのだ。私はいつも黒尾鉄朗という男のことで頭のほとんどを埋め尽くしているから。
彼は数回瞬きを繰り返したかと思うと、ふはっ、と噴き出した。何が面白いのだろう。こちらは大真面目に言ってやったというのに。ムッとして、早く仕事戻れば?と言う前に、彼が耳元で囁く。


「いつも名前のことでいっぱいだからこれ以上は無理なんですけど?」
「なっ……そんな、嘘ばっかり!」


言って、今度こそ、早く戻って!と彼を扉の向こうに追い出すようにして背中を押す。ここで出て行くのは本来なら部外者である私の方だということは重々承知しているけれど、あと1分ぐらいはここに留まることを許してほしい。火照った顔を冷まして、高鳴った鼓動を落ち着けるだけの時間がほしいから。
本当に彼の頭の中は私でいっぱいになっているのだろうか。いっぱい、というのはさすがに言い過ぎだと思うけれど、予想している以上に彼の脳内を占めているのが私だったら嬉しい。
ふう。深呼吸をひとつしてからゆっくり扉を開き、入る時と同じように何食わぬ顔で席に戻る。カウンターの向こうの彼が私に目を細めて笑いかけてくる姿に、ぞくりとした。

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