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マルガリータに願いを込めて


たっぷりのキスをして、どちらからともなくおもむろに手を繋いで、まるで付き合いたてほやほやの高校生カップルみたいな雰囲気を醸し出しながら夜道を歩いて、暑いね、そうだね、なんて話しても話さなくてもいい会話をしながら私の家に辿り着いて。辿り着いたからといって、じゃあバイバイ、なんて言える空気じゃなかった。言いたくなかった。きっと彼もそうだと思う。
彼は私の手を離さなかった。ついでに、絡めている指を時々擽るみたいに撫でて、どうする?なんてこちらの様子を窺うように尋ねてきたりして。それはこっちのセリフだ、と言いたくなるような言葉は、いつも彼に先を越されてしまう。私は撫でられている指に視線を落として押し黙った。
考えていることはきっと同じだ。でも、果たしてここでそう簡単に受け入れてしまって良いのだろうか。彼を、全面的に許しました、って。もう良いですよ、って。好きだからって、なし崩し的に絆されてしまって良いのだろうか。この期に及んで、ここまできて、私は悩む。つくづく面倒臭い女だ。


「帰る?」
「……うん」
「そっか」
「それでいいの?」
「ん?」
「黒尾さんは、それでいいの?」
「俺に選択する権利ないでしょ」


そんな自嘲めいた言葉を落として力なく笑う彼は、何かしらを諦めているように見えた。
私達が別れてしまったのはどうしようもない理由だった。彼は私のことが好きなままで、けれどもどうすることもできなくて、別れを選んだ。そして全てを自力で解決して、また私の元に戻ってきてくれた。ハッピーエンド。めでたしめでたし。…とはならないのが恋愛の難しいところだ。
これ以上、彼に求めるものは何もない。好きだと言ってくれた。私に向き合って、その気持ちを正面から伝えてくれた。それを受け入れた。だからもう、私が彼を拒まなければならない理由なんてないはずなのに。


「うち、来る?」
「名前ちゃんがそうしたいなら」
「黒尾さんは、どうしたい?」
「だからそれは、」
「全部私に委ねないで」


彼は優しい。優しくてずるい。だから、いつも優しいフリをして私に全てを押し付ける。
付き合う前は、好き放題押して、引いて、私が一生懸命食らいつくのを楽しんでいるみたいだった。付き合い始めてからは、私が強請ればそれ相応に与えてくれたけれど、彼の方からぐいぐいくることはなかった。別れてからは、離れようとしている私を引き留めるみたいに思わせぶりな言動をして見せて、でも近付いたら突き放された。
いつもそうだ。彼は私を求めてくれない。好きだと言ってくれた時の、先ほどのちょっとした必死さが嬉しかった。でもそれすらも、結局は私が求めたものだ。全部全部、この恋における始まりは私が引き起こしている。
彼が引き起こしたことと言えば、別れだけ。そして求めてくれたのも別れ間際。今思えば、これが最後になるかもしれないからって、そんな感じで求められたような気がする。最後の思い出に、ってやつだろうか。だとしたら身勝手だ。私は、どんな理由であれ無条件に求められたんだって思ったのに。
私は我儘だと思う。好きな人に好きだと思ってもらえて、こちらの好きなように望むものを与えてもらって、それで、足りないと感じている。でも、違うのだ。私はそういう、優しさで塗り固められたものは求めていない。
みっともなくても、格好が悪くても、さっきみたいに必死になってほしい。それこそ、ちゃんと好きなら、大切な時にそれを表してほしい。私だけが求めてるって思わせないでほしい。上手に立ち振る舞える彼だからこそ、綺麗な形で愛されることに物足りなさを感じる。我儘だ。面倒臭い女だ。でも、これが私だ。
彼はまだ私の手を離さない。飽きずにずっと指をなぞって、撫でて、それだけを繰り返している。私の家はすぐそこ。うちに来てよって一言落とせば丸く収まる話なのに、私達の関係は難しい。難しくしているのは私なのだろうけれど、今ここでまた私から求めてしまったら、この関係はきっと変わらぬまま。ずるずる、だらだらと、中途半端な形で継続してしまう。


「黒尾さんは本当に私のことが好きなのかもしれないけど、私にはそれが伝わらない」
「あー…それ、よく言われる」
「え」
「今まで、何回もそれでフられた」
「…ごめん、」
「いや、別に。仕方ないじゃん。そう思わせてんの俺だし」


彼が私の手を離した。なんだか、もういいや、って捨てられたような気分になった。
好きだって言ったくせに、1度離れて、それでも戻ってきてくれたのに、どうしてそんなに簡単にまた離しちゃうの。そうさせているのは私だと思うけれど、面倒臭いから捨てたくなる気持ちも逃げたくなる気持ちも分かるけれど、でも、本当にもういいの?面倒臭い。私も、黒尾さんも。


「もし今私が別れようって言ったら、黒尾さんは受け入れるでしょ」
「……俺、遠回しにフラれてる?」
「きっと今まで付き合ってきた子は縋り付いてほしかったんだと思うよ」
「そんな気はしてたけどね」
「でも、それが分かった上で、引き留めたり、縋り付いたりしなかったんだよね?」
「そんなもんでしょ。恋愛って」
「そんな風に言うくせに、どうして最初私のこと試すような真似したの」


彼は飄々としていて、世渡り上手。器用。何でもソツなくこなす。大人びている。落ち着いている。でも本当は違う。不器用。臆病。自分が傷付かないために相手を傷付けない努力をしている。先ほども同じことを考えていた。
彼は何も答えない。


「のめり込むのが怖い?」
「そうかもね」
「それで、失うのが怖い?」
「何、俺のことフるんじゃなかったの」
「黒尾さん」
「何でしょうか」
「私、黒尾さんを離すつもりないよ」


先ほど離された手で、今度は私から彼の手を握った。そして、彼がしてくれたみたいに、丁寧に指をなぞる。そうしてみて初めて気付いた。こうすることで、彼は私に離れたくないよって伝えてくれていたんだということに。
求められたい。それは根底にある。私ばっかり求めて馬鹿みたい。そう思っていた。でもきっと、私がなりふり構わず彼を求めることができていたのは、彼がそういう隙を与えてくれていたからだ。どこかしらにちゃんと「脈ありですよ」「好きですよ」っていうサインみたいなものを残してくれていたからだ。私がどれだけみっともなくても格好が悪くても、彼は最後に必ず受け入れてくれる。どこかにそんな安心感と、信じたいと思わせる何かがあったからだ。
私はどうだろう。好きという気持ちを押し付けていただけじゃないだろうか。彼に求めてもらえるだけの何かを与えられていただろうか。そういう隙を見せていただろうか。分からない。こんなに考えないといけないなんて、面倒臭い。何度も思う。面倒臭い。しかしそれでも、私は彼が好きだ。馬鹿みたいに。呆れるほどに。


「ぎゅってしていい?」
「え、いや、なに、マジで」


返事を待たずして強引に彼の首に腕を巻き付けて身を屈ませた。明らかにおかしい構図だ。自分よりもかなり背の高い大男の頭を一生懸命肩のところまで引き寄せて、少し硬めの髪を撫でる。きっと、何がしたいんだって思われている。でも、別にどう思われたっていい。嫌なら離れてくれたら良いだけのことだから。
けれども彼は離れなかった。無理な体勢で、この状態を続けていたらもしかしたら腰を痛めてしまうかもしれないのに、それでも彼は離れなかった。それどころか、肩口にぐりぐりと顔を押し付けて、まるで甘えるみたいな動きをしている。


「……家」
「うん?何?」
「家、行きたい」
「…うん」
「で、すっげーキスしたい」
「うん」
「一緒に朝まで寝たい」
「うん」
「そんだけでいいから」
「……うん」


私達はとっても面倒臭いから、たったこれだけのことに随分と時間がかかった。でもその時間が、愛おしいと思った。面倒臭くて、愛おしかった。
彼が屈めていた上半身を起こす。少し恥ずかしそうに、けれどもちょっぴり幸せそうに、口元を手で覆いながら私を見て、好きです、と言った。何それ、って思った。けど、言わなかった。代わりに、私もです、って言ってあげた。
暑い暑い夏の出来事だった。もう少しで日が昇る。そんな、夜とも朝とも言えぬ時間に差し掛かる頃。私達はまた、指を絡める。何も言わずとも、お互いの気持ちが伝わるように。

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