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逃げ道は青の方角

きっと仕方の無いことなのだ。彼に私より好きな人ができてしまったのは。人の気持ちなんて理屈で説明できるほど単純な作りにはなっていないわけだし。私のこと、本当に好きでいてくれたみたいだし。だからフラれたって全然平気。うん、大丈夫。


「全然大丈夫そうじゃないけど」
「…大丈夫だもん……」
「じゃあせめて顔上げたら?」
「今は無理…」
「結構ダメージ大きいわけね」


何度も自分に大丈夫だって言い聞かせてみたけれど、そんな言霊は通用しなかった。やっぱり辛いもんは辛いし、悲しいもんは悲しいし、ショックなもんはショックだ。だってそれなりにちゃんと好きだったんだもん。
机に突っ伏したまま顔を上げることができない私の話を聞いてくれているのは、隣の席の松川。3年生になって初めて同じクラスになったのだけれど、バレー部の人はそこそこ有名だから松川のことも知ってはいた。ただ、バレー部ということ意外の情報は何も知らなかったし、きっとこの先クラスメイトとして浅い付き合いで終わるんだろうなと思っていたのに、今や私の良き相談相手になっているのだから、未来とは分からないものだ。
松川は同い年とは思えないほど落ち着いていて、男にしては随分と聞き上手なタイプだった。よく話すようになったキッカケとなったのも、私が失恋して落ち込みまくっているのを見て、元気ないね?と声をかけてきてくれたのが最初だったと思う。
そんなに親しくもない、ただのクラスメイトの1人でしかない私のことを気にかけてくれる辺り、松川は面倒見が良いタイプなんだろう。誰でもいいから話を聞いてくれと思っていた私にとって、松川は天使のような存在に見えた。
そこからはもう、失恋するたびに松川に全てを打ち明けては慰めてもらったり元気付けてもらったりするのがお決まりになっている。嫌な顔ひとつせず、また?懲りないね、と耳を傾けてくれる松川は、きっとバレー部でも重宝されていることだろう。


「よくそんなに失恋できるね」
「恋多き女と言って」
「惚れっぽいの?」
「んー…そういうわけじゃないと思うんだけど」
「じゃあ惚れられやすいの?」
「それも違うかな。友達の延長で…みたいなのが多いかも」
「なるほどね」


今回もそうだった。2年生の時に同じクラスで、そこそこ仲が良かった人。前の彼氏と別れてからすぐにタイミングよく連絡を寄越してきて、傷心中の私を癒してくれた。まあちょっと優しくされたぐらいでコロリと落ちるということは惚れっぽいと言えるのかもしれないけれど、誰にでもそんな風に落ちるわけじゃないと思う。…たぶん。
そういえば冷静になって振り返ってみると、私は別れた直後に優しくされることに弱いような気がする。恋愛依存体質ってわけじゃないとは思うのだけれど、これでは恋愛していないと生きていけない女みたいだ。


「傷心中に付け入ってくるような男にろくな奴いないでしょ」
「そんなこと言わないでよ…みんな悪い人達じゃなかったと思うしさ…」
「そう?でも長続きしてないじゃん」


最初に声をかけてきてくれた時は優しい人なのかもしれないと思ったけれど、仲が良くなってきてから気付いた。松川はなかなかに厳しい男だ。正論でズケズケと人の心を抉るようなことを言ってくるところとか特に。でもまあ、上っ面で適当なことを言われるよりは良いのかもしれない。
私は彼氏ができてから別れるまでがかなり早いけれど、それと同じぐらい別れてから次の彼氏ができるまでも早い。それって遊び人ってこと?って思われるかもしれないけれど、断じて遊んでいるわけではない。毎回、今度こそこの人と長続きさせるぞ!って意気込んでいる。
それに、だ。私は1度も自分から告白したことがない代わりに、自分から別れを切り出したこともない。つまり、告白されてフラれるということを繰り返しているのだ。こんな悲しいというか失礼な話があって良いのだろうか。軽い女、その程度の価値しかない女、などと思われているのだとしたら非常に不愉快である。


「私ってもしかして軽い女だと思われてるのかな…」
「事情を知らない人からして見れば男を取っ替え引っ替えしてるって思うかもね」
「マジかあ…もう…今度こそ長続きさせたい…」
「名字は彼氏と長続きさせたいだけ?」
「…と言うと?」
「なんで彼氏ほしいの?」


なんで、って。そう尋ねられると答えに困る。別に彼氏が欲しくて欲しくて堪らないってわけじゃないけれど、いないと寂しいと感じてしまうのも事実だ。一種の麻薬みたいなものなのだろうか。じゃあやっぱり私って恋愛依存症?考えれば考えるほど分からなくなってきた私は、分かんない、と素直に答えるより他なかった。


「長続きさせられそうな相手、紹介しようか」
「え?」
「しかも名字はそいつのこと絶対好きになると思うよ」
「そんな人いるの?誰?」


何度も私の失恋話を聞いてきたからいい加減哀れに思えてきたのだろうか。そんな提案をされたのは初めてで驚いたけれど、松川から紹介された人なら間違いないだろう。それに、そろそろ私のことを知り尽くしているであろう松川が、私が絶対好きになる、と太鼓判を押す人がどんな人なのか、非常に気になる。
前のめりになって返事を待っていると、松川が意味深に笑った。なんだか珍しく楽しそう。そんなに良い人なのかな?


「俺」
「……うん?」
「名字の次の彼氏、俺にしたら?って言ってんの」
「………えっ、松川が、えっ?」
「そんなに意外?」
「だって松川は、」
「ただの恋愛相談係だと思ってた?」
「……うん」
「悪いけど俺、そんなにお人好しじゃないから」


どうする?傷心中の名字さん。
頬杖をついて私にニヤリと笑みを傾けてくる松川は、果たして本気なのだろうか。全然心情が読み取れない。元々人の心理を読むとか、そういうことができるような人間じゃないけれど、松川は本当に何を考えているのか分からない。


「本気?」
「この手の冗談は言わない主義だから」
「私のこと好きなの?」
「好きだけど」
「ちょ、そういうことさらっと言うのよくないと思うよ!」
「名字がきいてきたから答えただけなのに」
「やっぱり揶揄ってるんでしょ!」
「違う違う」


ケラケラと笑う松川は、普通の高校生の男の子だった。いや、いつも高校生の男の子なんだけど、雰囲気や表情が大人びているせいで自分より年上なんじゃないかって思っている節があったから、こんなに普通に笑うんだって衝撃を受けたというか。なんかちょっとキュンとしてしまった。ような気がする。私、やっぱり惚れっぽいのかも。
長続きするかどうかとか、そういうことはどうでも良くて。私はもっとちゃんと相手のことを見て、この人のこと好きだなあって思えるかどうか考えなきゃいけなかったんだ。松川を見て、唐突にそんなことを思う。じゃあ今、私はどうするべき?何って答えるべき?ぐるぐるぐるぐる。いまだかつてこんなに頭を使ったことはない。


「松川のこと好きにさせてくれる?」
「うん」
「すごい自信」
「散々色んなこと聞かされたから名字の女心は熟知してるつもりだし」
「…それは否定できないけど」
「俺は告白しておいてフるようなこともしないし」
「さりげなく傷を抉らないで」
「とりあえずお試しで。どう?」


そんな軽いノリで始めちゃって良いの?って思ったけど、今までの恋愛もそこまで真剣味溢れる始まりじゃなかったからか、抵抗はない。じゃあお願いします、って。自分の口から殊の外するりと出てきた言葉に、松川は驚きも喜びもせず、じゃあよろしく、って、これもまた軽いノリで返してきた。


「でもさあ、そういえば松川、さっき言ってなかったっけ?」
「何て?」
「傷心中に付け入ってくるような男にろくな奴いない、って」


松川だって立派に傷心中の私に付け入ってきてるじゃん。意地悪くそう言って困らせてやろうと思ったのに、松川は薄く笑って上手にはぐらかすのだ。


「さあ、どうだったかな」
松川は圧倒的に余裕がありすぎる高校生だと思うんですよね。最後のセリフとか松川にぴったり!って思ったのに、もっと上手いシチュエーションを考えられなかったことが悔やまれます…大人っぽく見えてちゃんと高校生らしい青春してる松川一静の魅力、伝われ!笑


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