×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


空白からの夢物語

※社会人設定


「結婚したんだ」
「そっか!おめでとう」


本心ではちっともめでたいなんて思っていない。けれど私は一応それなりに歳を重ねた大人なので、上手に満面の笑みを作って祝福の言葉を口にする。こうして私は、また1人、同級生が新たなステージへ旅立って行くのを見送った。お相手は大手企業の商社マンだって自慢気に話す彼女は、今がまさに幸せ絶頂なのだろう。私みたいに彼氏もいない寂しい女がいることなんて気にかける隙もないぐらいに。
なぜこのタイミングで同窓会なんて開かれたのか。そしてなぜ、私は参加してしまったのか。ぶつけようのない気持ちが沸々と湧き上がってくるけれど、参加しようと決めたのは自分なのでどうしようもない。
高校を卒業して10年。皆がそれなりの年齢になったからなのか、会場は有名ホテルの宴会場。立食パーティー形式になっているので食事はバイキングになっている。つまり、自分が食べられるのであればどれだけ皿に盛っても構わないのだ。こうなったら美味しい料理とお酒を思う存分いただいて、会費分の元を取ることに専念しよう。そう思って、片っ端から美味しそうな料理を皿に盛っている時だった。
隣にすっと現れた人が、俺のも取ってくれへん?と皿を差し出してきた。そんなの自分で取れば良いのに一体誰だ、と横を見て、固まる。そうだ。これは同窓会。同じクラスだった彼が来ていても何らおかしくはない。私は大人しく料理をその人の皿に盛り付けた。


「…どうぞ」
「それ、1人分か」
「まあ……そうかな……」
「よお食べるなあ」


呆れているのか感心しているのか分からない言葉を落としたのは、北信介君。高校時代、男子バレー部の主将を務めながら学力でも優秀な成績をおさめていた彼は、先生からも友達からも後輩からも好かれていて人望も厚かった。当時からなかなかに整った顔立ちをしていた北君は、10年経った今、更に落ち着きを感じさせる素敵な大人の男性になっていて、自然と背筋が伸びる。と同時に、緊張感が走った。
それもそのはず。私はその昔、彼のことが好きだったのだ。長い年月を経たとは言え、1度惹かれた相手が隣にいて、しかも会話をしているのだから、胸がドキドキするのは当然のことだと思う。
再会できたこと自体は嬉しい。けれども、皿に山盛りのった料理達を1人で貪りつく女だと認識されたのは非常に辛かった。どうせなら、シャンパンと、小皿にほんの少しだけのった美しいスイーツを持っている時に再会したかった。と思ったけれど、どう頑張ってもそんな瞬間は1度もなかったので、どうせ無理だったなと潔く諦める。


「北君はあんまり食べない感じ?」
「色んなもんをバランスよぉ食べな身体に悪いやろ」
「そりゃそうだけど」
「名字が取っとるんは肉ばっかりやな。野菜も食べんと」
「はい…ごめんなさい」


まるで子どもに注意するかのような口振りで言われたごもっともなセリフに、私は何も言い返せない。正論パンチは1番堪える。
けれどもそう言われたからといって取った料理達を食べないわけにはいかないので、私は少しずつ食べ進めることにした。ただ、北君がそんな私を眺めながら料理を口に運んでいるせいで、非常に居た堪れない。次はちゃんと野菜を食べるから、どうか許してはもらえないだろうか。


「あっち、行かなくて良いの?」
「それはこっちのセリフやけど」
「私は…ちょっと休憩」
「疲れる話やったんか」
「そんなことないよ。ただ私には縁遠い話だったから…嫉妬、しちゃってるんだろうね」


そう、結婚する友達を心から祝福できないのは、私が彼女に嫉妬しているからだ。そんなこと、最初からちゃんと分かってる。嫉妬したってどうにもならないということも。
今のように嫉妬しているという状態は、実に醜い。だから、できることなら他人には知られたくないと思うのが普通の心理だ。けれどもなぜか、北君にはその醜い事実をするりと話せている自分がいて驚く。北君は、何を言っても動じないし軽蔑しない。そう確信していたからかもしれない。


「縁遠い話?」
「結婚するんだって。私には彼氏もいないから夢のまた夢って感じ」
「名字は結婚したいんか」
「そりゃあまあ…できることなら」
「なんで?」
「え?それは…うーん…幸せになりたいから?かな?」
「結婚したら幸せになれるんか」


北君の質問は簡潔明瞭だ。けれども答えるのは非常に難しかった。結論から言うと、結婚イコール幸せ、とは言い切れないだろう。勿論、好きな人と結婚したんだから幸せに決まってる!って信じたい気持ちはあるけれど、残念ながら私はそこまで夢見がちではないのだ。むしろ、どちらかというと現実的な方じゃないだろうか。
だから私は、それは分かんないけどさ、と。ローストビーフを口に運びながら正直に答えた。すると北君はあからさまに顔を歪める。理解ができない、と言いたいのだろう。うん、分かってるよ。幸せになりたいからいつかは結婚したいって言ったのに、結婚しても幸せになれるかは分からないって答えるのはおかしいよね。自分でもそう思う。でもさ、こういうことは理屈じゃないんだよ、北君。


「結婚して幸せになれるかは分かんないけど、幸せになるために一緒に頑張ろうって思える相手がいるのは幸せなことじゃない?」
「なんやよぉ分からんけど、名字には今そういう相手おらんのやろ」
「痛いとこ突くなあ…確かにそうだけどさあ…」


また出た。正論パンチ。高校時代から変わらないんだな、そういうところ。もっとも、私は北君とそんなに話したことなどなかったから、変わったかどうかなんてニュアンスでしか感じることはできないのだけれど。
そういえば私、いつの間にか北君と普通に話せてるじゃないか。緊張もほぐれているし、ちゃんと笑えてる。想い人だった北君とこんな風に過ごせるなんて、それだけでも同窓会に出席した価値はあったかもしれない。うん、もう充分。あとはこの皿にのっているものを全て平らげたら私の任務は終了だ。


「話しかけて良かった」
「え?」
「名字に彼氏がおらんのも分かったし」
「ん?」
「俺が相手に立候補するわ」


はて。北君は突然何を言っているのだろうか。私がわけの分からないことばかり言っていたせいで、それを聞いていた北君までおかしくなってしまったのだろうか。だとしたら大問題だ。
先ほどの発言を頭の中でゆっくりと反芻しながら整理している私のことなどお構いなしで、尚も北君は言葉を続ける。私そんなに頭良くないからまだ理解できてないんだよね。ちょっと待ってくれないかな。


「高校ん時は言えへんかった」
「なに、を?」
「名字のことが好きやって」
「え、ちょ、ま、」


だからちょっと待ってって言ったのに。いや、言ってはないけど。あまりにも衝撃的すぎて受け止めるのに時間がかかる。
高校の時は言えなかったって。じゃあ高校時代、北君は私と同じ気持ちだったってこと?しかも大人になって10年経った今も、その気持ちを忘れずにいてくれたってこと?そんなの、ドラマチックすぎるよ。まるでお伽話みたい。
やっと理解した。けれど、俄かには信じがたい。それなりに色んな恋をしてきて、告白されたのだって初めてじゃない。のに、こんなに動揺してしまうのはなぜだろう。


「俺が相手じゃ嫌なんか」
「ううん…まさかこんなことになるなんて思わなくて…現実味ないだけ」

それならええわ、と。北君は満足そうに笑った。お皿に取った料理はまだ残っているけれど、胸がいっぱいで食べられそうにない。元は取れなくなっちゃうかもしれないけど、そんなのどうだって良いや。
漸くじわじわと込み上げてくる嬉しさ。高校の時の想いなんてもう捨て去ったつもりだったけれど、どうやら私は自分が思っている以上に、今でもかなり北君のことが好きだったみたいだ。どうしよう。なんかすごく、幸せ、かも。
そんな私に攻撃するのが上手な北君はとどめの一言をぶつけてくる。次は俺らが同窓会で報告せなあかんなあ、って。何を?なんて、野暮なことはきかない。というか、きけない。北君って意外と攻撃的なんだなあって、他人事みたいに思うので精一杯だ。
北君以外の皆は今の私を見て驚いちゃうだろうけれど、もうどうしようもない。だって、止まらないんだもん。私はこの時初めて、本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った。
北さん難しい…チャラチャラしているわけじゃないのでどうアプローチしてもらおうかすごく悩んだんですけど、そのわりにありがちな展開になってしまって申し訳ないと思っています…。北さんって一途そうだから10年越しの恋愛もアリかなって思ったんです!分かって!笑


top