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不恰好なツイン・コーデ

背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。たぶん、どっちもだ。思い出すだけで胸糞悪い。なんで俺がこんな目に合わなければならないのだろうか。理由を問い質したくても、背中の爪痕を残した張本人は俺をとことん避けたいらしく、電話もメッセージもスルーという有様だからどうしようもない。
イライラ。元々俺は気が長いタイプではない。むしろ短気な方だと思う。だからこの状況は、俺のイライラを更に助長していた。せめて話ぐらいさせやがれ。


「二口〜なんか機嫌悪くね?」
「分かってんなら声かけてくんな」
「こわっ!彼女と喧嘩でもしたのかよ〜」
「うるせぇ!」
「もしかして図星?」


クラスメイトが面白半分に揶揄ってくるのを、ギロリとひと睨みして黙らせる。背中のズキズキとした感覚も相俟って、俺の機嫌は最高潮に悪い。こんな時に限って悪いことは重なるもので、授業ではわけの分からない問題を解けと当てられるし、抜き打ちで行われた小テストはひどい結果だし、部活でも調子が上がらず散々な有様。それもこれも全部、名前のせいだ。
思えば今週はずっとこんな感じだったような気がする。俺は背中の爪痕と引き換えに、名前に運気でも吸い取られてしまったのだろうか。部活を終えて重たい足取りで帰路につきながらそんなくだらないことを考えていると、通学路の途中にあるコンビニに見慣れた女の姿を発見した。間違いない。名前だ。
あちらは俺の存在に気付いていないようなので、これ幸いとダッシュでコンビニに向かう。そして店内に入り近付いたところで漸く俺に気付いたらしい名前は、分かりやすく動揺を見せて逃亡を図ろうとした。けれど、そんなことを許す俺ではない。


「待てって」
「や、だ…離して…っ、」


コンビニを出てすぐ名前の手を捕まえることに成功。抵抗されたところで俺の力に名前が敵うはずはないので、最終的に諦めたのか、暫くするとダラリと腕の力を抜いた。


「話、しねぇと」
「何を?」
「そりゃこうなった原因についてだろ」
「そんなこと話したくない」
「じゃあこのまま別れんの?」
「堅治はそれを望んでるんでしょ」
「はあ?」


怒っているのはこっちなのに、それ以上の不機嫌さを露わにして意味不明なことを言われて、俺は返す言葉もない。そもそも背中の爪痕だってどうして残されたのかも分からない俺にとっては、もう別れる!と言い残して去って行った名前の気持ちなど理解できるはずもないのだ。
なんで急にこんなことになったんだよ。せめて説明しろよ。
そんな思いが溢れていたのだろうか。知らず知らずのうちに名前の手を握る力が強くなっていたらしく、痛いから離して、と振り払われる。逃げようとする素振りは見られないので、俺は大人しく手を引っ込めた。


「なんで別れたいわけ?」
「だから、別れたいのは堅治の方でしょ?」
「俺そんなこと一言も言ってねぇし。なんで急にそんなこと、」
「私みたいな!色気のない女は嫌でしょ!」


俺の言葉を遮ってまで名前が声を荒げて何かを言ってくるのは初めてのことだった。大人しい性格というわけではないけれど、なんだかんだで名前はいつも俺の話を聞いてくれていたから、これには驚かざるを得ない。よく見たら名前は唇を噛み締めて必死に泣くのを我慢しているようで、俺は更に驚く。
いや待て。つーか俺、そんなこと言ったか?言ってないよな?あの日の出来事を必死に思い出している俺から、怒りの感情は消えていた。名前の泣きそうな顔を見て怒っていられるほど、俺は落ちぶれていない。そうして記憶の引き出しをこれでもかと引っ張り出していると、コロリと、思い当たる出来事が転がり落ちてきた。


「もしかして…電話、聞いてたのか…?」


確認の意味を込めて尋ねてみればコクリと首を縦に振られて、漸く合点がいった。そして同時に、過去の自分を責めた。
あの日、名前はうちに来ていた。部活が休みとなった貴重な放課後。行きたいところがあるわけでもなく、結局うちでダラダラ過ごそうということになったのだ。家に帰ったら親はいなくて、まあなんというか、そういう雰囲気になったからそういうことをそれなりにして。
全てが終わった時に、ちょうどクラスメイトから電話がかかってきた。名前は身形を整えるからとゴソゴソしていたので、俺はパンツ一丁のままなんとなく部屋を出て廊下で電話をしていたのだけれど、その時の会話が今回の事態を招いてしまったらしい。


「そういえば二口、彼女とはうまくいってんの?」
「は?なんでそんなことお前に言わなきゃいけねーんだよ」
「だって名字って人気あるだろ?もし二口と別れたら狙っちゃおうかなーと思って」
「ばーか。名前みたいに色気のないやつ、やめとけって。くだらねぇこと言ってんだったら切るぞ」


俺としては、まあ、大切な彼女を取られたくない一心で咄嗟にそういうことを言ったわけだけれど、まさかこの時の会話をきかれているとは思わなかった。そういえば電話を切った直後に背中を思いっきり引っ掻かれて、何が何だか分からないうちに、もう別れる!という言葉を投げつけられたような気がする。
全てを思い返してみれば悪いのはたぶん、否、確実に俺で、背中に爪痕を残されたって仕方がないことをしでかしたのだと理解した。ほんと、くだらないことを言ってしまったものだ。素直に、名前は俺のだから渡さねぇって言えば良かっただけなのに。恥ずかしさと俺の捻くれた性格のせいで、危うく別れることになってしまうところだった。


「悪かった」
「…別に、そう思われてるなら仕方ないし…」
「そんなこと本気で思ってるわけねぇだろ」
「でも!」
「アレは!アレは…なんつーか…あー…」


下手な言い訳だと指摘されてしまえばそれまでだけれど、本当のことを話すしかない。俺は恥ずかしさと情けなさを押し殺して全てを洗いざらい話した。全てを話し終えた後の沈黙は非常に居心地が悪い。
名前は笑いもしなければ怒りもせず、ただ呆然としている。冷静に考えてみれば暗い道端で何やってんだって感じだけれど、そんなことを考える余裕などありはしなかった。俺だってそれなりに、かなり、必死だったのだ。名前を繋ぎ留めておくことに。


「堅治ってさ、馬鹿だよね」
「は?」
「でもそれに振り回されてる私もさ、馬鹿だよね」


名前はゆっくりと俺の背後に回ると、背中を優しく撫でた。爪痕をなぞるようにそっと。


「痛い?」
「まあそれなりに」


尚も背中を撫でながら名前が呟くように言った、ごめんね、の一言に、俺はどれだけホッとしたことだろう。痛みとか、今はどうでも良い。信じてもらえた。そのことに心底安心する。


「私って人気あるんだ?」
「…知るか」
「そこはもう認めようよ」
「うるせぇ」
「二口って私のことだいぶ好きじゃない?」
「だから黙れって」
「良かった」


私もだよ、って。はにかむ名前を見て純粋に、可愛いなあ、と思った。俺達は馬鹿だ。馬鹿みたいに、ちゃんと、お互いが好き。
知ってるよばーか。この期に及んで素直に喜ぶことも、俺も好きだってきちんと言葉にすることもできない俺だけれど、名前は怒ることもなく笑っていて。帰るぞ、と繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された。
素直になれない男代表の二口ですが誰よりも彼女のことが好きで大切に思っているタイプだと信じています。ベタな展開で申し訳ないと思いつつも二口はこういう王道展開がとても似合う男だなとしみじみ感じました笑。


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