×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


その毒はじわりと甘く

※大学生設定


傷つけたかったわけじゃない。ただ、結果的にいつも傷つけているらしいということは確かだった。
過去付き合ってきた女の子のうち何人かに、同じことを言われてフラれたのを思い出す。黒尾って優しいように見えて、実は全然優しくないよねって。俺としては精一杯優しくしているつもりだし、これ以上どうすれば良いんだって感じなので、そういう時は大抵、潔く別れる。すると決まって言われるのだ。ほらね、って。自分から俺をフったくせに、その要求を受け入れたらこの反応。本当にさっぱり意味が分からない。
そんなわけで、俺は恋愛不信というわけではないけれど彼女ってものは暫くいらねぇなと思っていた。のに、だ。俺は普通に男友達だけで飯を食いに行くはずではなかったのか。店の中に入って通された席には、既に女性が4人座っている。男性は3人、そこに今来た俺。これは明らかに合コンだ。俺を誘ってきたヤツをじろりと睨めば、ごめん、と顔の前で手を合わされた。なるほど、俺はまんまと騙されたらしい。彼女いらねぇから合コンは暫くパスって言ったんだけど。とは言え、ここで帰るのはさすがに相手に失礼だと思い、空いている席に座る。この借りは誘ってきたヤツに後できっちり返してもらうことにしよう。
通常の合コンの流れ通り、乾杯をしてから適当な自己紹介をして談笑が始まる。相手の女の子達は俺達と同じく皆大学生で年齢も同じ。まあ彼氏彼女がほしい年頃ですよね、なんて他人事のように思う。だって俺、例外だし。


「あんまり話さないタイプなんだね」
「ん?俺?」
「そう」
「普段はそうでもないんだけど」
「じゃあ数合わせで呼ばれたから気乗りしてないとか?」
「まあそんな感じ」
「彼女いるんだ?」
「いや、今は1人でいっかなって思ってんの」
「ふーん」


正面の席に座っていた女の子は、なかなかズケズケと俺のことを尋ねてきた。ただ、彼氏候補としてどうか、と値踏みをしているわけではなさそうで、暇だったし折角なのできいてみました、って感じ。その証拠に、好きな女の子のタイプは?とか、何かスポーツやってるの?とか、身長高いよね〜何センチなの?とか、そういうお決まりの文言は一切飛び出してこず、代わりに、ここのお店美味しいね、とか、次の飲み物頼む?とか、当たり障りのない会話しか振ってこない。


「そっちは?」
「何が?」
「彼氏ほしくて参加したなら俺みたいなのと話してんの勿体ねぇよ?」
「ああ…いいの。私も数合わせみたいなもんだから」
「なるほどね。彼氏いんの?」
「いないよ」
「欲しくねぇの?」
「いてもいなくても良い」
「あっさりしてんね」
「よく言われる」


小ざっぱりした性格の彼女は、スティックタイプの野菜をぽりぽりと齧りながら興味なさそうに答えた。不思議な子だなあと思った。でも、それだけ。彼女のおかげで俺は妙な女の子にアプローチされることもなく平和に合コンを終えることができたので、それは感謝している。
さて、数合わせで参加してやった代償は何で支払ってもらおうか。合コンが終わった瞬間、俺の頭の中はそっちの思考に切り替えられた。


◇ ◇ ◇



合コンから1週間ほどが経ったある日の夕方。俺はなんとなく、通りがかりの喫茶店に入った。コーヒーのいい香りに誘われてしまったのかもしれないし、少し腹がへっていたので夕飯までの繋ぎとして何かを食べようと思ったのかもしれない。兎に角、その喫茶店に入りたくなったのだ。
いつもは通らない道の、初めて入る喫茶店。時間帯もあるのだろうけれど、チェーン店とは違って騒ついてはおらず静かなクラッシックが流れているのがレトロで、結構好きな雰囲気だ。


「いらっしゃいま…せ、」
「…あ、」


不自然な「いらっしゃいませ」に疑問を抱きメニューから顔を上げれば、そこにはあの合コンの時に正面に座っていた女の子の姿。どうやらこの喫茶店でバイトをしているらしい。こんな偶然あるか?という驚きと、ほんの少しのワクワク感。これが彼女じゃなかったら、たぶんこんな風には思っていない。
けれども俺は、どーも、という愛想のない挨拶とともにコーヒーだけを注文し、平静を装った。彼女の方も、かしこまりました、という店員らしいセリフのみを残して俺の元を去って行く。コーヒーを運んできてくれた時も会話はなし。だから俺も、暫くはただ静かにコーヒーを啜っていたのだけれど。お客さんがいよいよ少なくなって、彼女が俺の隣のテーブルを拭きにきた時、つい声をかけてしまった。なんとなく、衝動的に。


「バイト何時まで?」
「…私?」
「そう」
「それきいてどうするの?」
「どうもしないけど」
「じゃあ教える必要ないじゃん」
「つれないねぇ」


初めて会った時と変わらない、非常に淡白な会話だった。でも、だからこそ新鮮で面白かった。そうして、会話をしながら俺に背を向けてテーブルを拭いていた彼女は、くるりと向きを変えて俺に問いかける。コーヒーのおかわりは如何ですか?って。


「バイト終わるまで待ってても良い?」
「…せめて食事誘うぐらいしてくれないと」
「誘ったら待ってていいの?」
「まあ、そうだね」
「じゃあ飯行こ」
「ほんとに誘われると思わなかった」


彼女はほんの少し目を丸くして、けれどもすぐに、あと30分ぐらいで終わるから、と言って席を離れて行った。その後すぐに追加のコーヒーを持ってきてくれるのも忘れずに。
それからきっちり30分。俺が2杯目のコーヒーをゆっくり飲み終える頃に彼女は現れた。お疲れ、うん、という短い会話を交わして店を出て、ちょっと歩いてから、ここでいい?と適当な居酒屋に入る。2回目の、それも偶然の再会なのに、俺達は驚くほどナチュラルだった。まだ友達って言えるほど親しくもないし、なんなら連絡先の交換だってしていない。それでもお互い、全然気を遣ったりはしなかった。
飲み物が運ばれてきて、2人で乾杯。サラダも炒め物もチーズオムレツも、各々自分の分だけを取って食べる。取り分けてあげるよ、なんてことは言われなかった。でも、それが良かった。ちょうど良かった。


「なんで誘ってくれたの」
「あー…なんとなく?」
「ふーん」
「そっちこそ、なんで誘いにのってくれたの」
「なんとなく?」


ひどく曖昧な会話で、何の収穫も得られやしない。その後の会話だって、本当にどうでもいい内容ばかりだった。大学の講義のこと、彼女のバイトのこと、俺の部活のこと。適当に話をしながら食事を済ませて1時間ちょっとが経過。じゃあ帰りますかってどちらからともなく言って、俺が誘ったんだから俺が払うよって会計を済まそうとしたら、そういうの嫌いなの、って顔を歪められた。結局支払いはきっちり割り勘で済ませて店を出る。なんていうか、男前だ。


「家どこらへん?こっから近い?」
「歩いて10分ぐらい。黒尾くんは?」


初めて名前を呼ばれた。あの合コンの席でも、たぶん名前は呼ばれなかったと思う。だから、名前を覚えられていたということに驚いた。


「俺の名前覚えてたんだ」
「人の名前覚えるの得意だから」
「…じゃあ俺の隣に座ってたヤツの名前は?」
「鈴木くん」
「正解」
「その隣が田中くんで、その隣が白石くんでしょ」
「ほんとに得意なわけね」
「疑ってたの?」
「そうじゃなくて。もし俺の名前だけ覚えてんだとしたら脈アリだなって思ったのに」


自分の口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなくて、自分でも驚いた。さっきからずっと驚きっぱなし。けれども彼女の方はあまり表情が変わっていない。


「彼女いらないんじゃなかったの」
「…まあね」


最後まで彼女はサッパリしていて、じゃあ私こっちだからってあっさり帰って行った。暗い夜道でもすたすたと、振り返ることなく。
彼女いらないんじゃなかったの。そうね、確かにそうなんだけど。そう言われると、なんか、なあ。彼女の後姿をぼんやり見送る俺は、暫くそこから動けなかった。


◇ ◇ ◇



それから3日後。俺は何を思ったか、またあの喫茶店に来ていた。連絡先の交換をしていない以上、彼女に会うにはここに来るしかない。そう、俺は会いたくなってしまったのだ。たったの3日しか空いていないのに。彼女でもない、あの子に。
いるかいないか、それすらも分からなかったけれど、彼女はいた。あの日と同じように、同じエプロンをつけて、いらっしゃいませ、って。あの日と同じトーンで俺を出迎えてくれた。座った席もあの日と同じ。頼むのも勿論コーヒーで。コトリ。俺はコーヒーを運んできてくれた彼女に問う。今日は何時まで?って。


「またご飯のお誘い?」
「残念。俺そんなに金ないんだよね」
「私も」
「何も理由がなかったら教えてくんないの」
「逆にきくけど、なんで教えてほしいの?」


なんでまた、ここに来たの?
ごもっともな質問だと思った。店内は前よりもなんとなく静かな気がする。彼女も全然忙しくなさそうで、だから俺の元に留まっていられるのだろう。
また、なんとなく?
彼女が質問を重ねてきた。さて、俺は何と答えるべきだろうか。ちょっぴり迷う。でも、迷ったのはちょっぴりだけ。たぶんここに来る前から決めていた。彼女に言おうって。


「名前ちゃんが気になるから、って言ったらどうする?」
「…名前、覚えてたんだ」
「俺は人の名前覚えんの苦手だけどね」


ちゃんと覚えていた。あの合コンの席で唯一、彼女の名前だけは覚えていた。名字名前ちゃん。小ざっぱりした性格でちょっと不思議。彼氏はいてもいなくても良いって言ってたけど。それってつまり、いても良いってことじゃん?


「彼女いらないって言ってたくせに上手に口説くんだね」
「上手かった?」
「はぐらかさないで」
「気になりだしたら止まんないんだからどうしようもなくね?」
「私のこと好きなの?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「たぶんじゃないかも」
「何それ」


核心を突く確認をされて、俺はのらりくらりと返事をする。全部、直感みたいなものなのだ。なんとなく興味をもって、なんとなくこの子良いなって思って、なんとなくもっと知りたくなって、もっと一緒にいたいなって感じて。でもそういうのを、好きって言うんだと思う。分かんないけど。
少しの沈黙。柄にもなく心臓の鼓動を速めて言葉を待つ俺。BGMは知らないクラッシック。そして。


「黒尾くんって正直だよね」
「そ?」
「そういうとこ、好きだよ。…たぶん」


彼女は、ふふ、と笑った。初めて俺の前で、ちゃんと笑った。しかも、好きって言った。俺に。可愛いというより綺麗だと思った。ああ、よく見たら俺のタイプじゃんって。気付くの遅いな。
まだバイトが終わるまであと2時間はあるらしい。そんなに時間があるならここにいるのはさすがに邪魔か。そう思っていた俺に、彼女は言う。コーヒーのおかわりは如何ですか?って。それって待ってろって意味?なんて野暮なことはきかない。おかわり、いりますか?と。もう1度尋ねてきた彼女への答えはイエスしか思い浮かばなかった。
黒尾くんの狡さを上回るヒロインが書きたくて一生懸命頑張ったつもりですが、結局どうやっても黒尾鉄朗は狡い男でしかなかったですね…!こんな恋の始まり方、かっこよくないですか。ちゃんと付き合おうとか言わずに始まるの、個人的にすごく好きなんですよね。黒尾くんと恋したい。笑


top