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もう1度、もう2度と、

※社会人設定(ヒロイン視点と御幸視点が交互になっています。分かりにくかったらすみません。)


名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった。あの夏の日、私はスタンドにいて、彼は日差しが照り付ける太陽の下、グラウンドで白球を追いかけていた。打って走って、ピッチャーからの球を受け止めて。それらを全て、余すことなく楽しんでいた。そのグラウンドにいる全員がそうだったと思う。でも、なぜだろう。私がどうしようもなく惹かれたのは、彼だけだったのだ。


月日は流れ、私は大人になった。小さい頃からどうしても役者になりたくて、親に無理を言ってレッスンに通わせてもらったりしたおかげだろうか。私は今、女優として働かせてもらっている。有難いことに、仕事は順風満帆。休みはほとんどないし睡眠時間もあまり確保できないことが多いけれど、私は幸せだった。だって、自分のやりたいと思っていたことをやらせてもらって、その上お金までいただけるのだ。幸せ以外の何ものでもない。
そうして目まぐるしい日々を過ごしていたから、あの夏のことなんてすっかり記憶の彼方に追いやられていた。けれどあの夏の日の出来事は、私にとって大切な思い出だったのだろう。それは一瞬にして蘇った。テレビ局内の狭い廊下。何人かのスタッフさんや演者さんと擦れ違う時、私は見つけてしまったのだ。彼を。あの日、スタンドから彼を見つけた時と同じように。
私は立ち止まって振り返る。すると、なんということだろう。彼もまた、私と同じように立ち止まって振り返っていた。目が合う。よく、時間が止まったようだった、なんて表現をされることがあるけれど、まさにそれ。時間にしたらほんの数秒だったかもしれないけれど、私と彼の時間だけが切り取られたみたいだった。
名字さーん!と呼ばれて、時計の針が動き出す。彼の方も誰かに呼ばれて行ってしまって、今のは夢だったんじゃないかと思ったりして。でも、違う。あれは夢なんかじゃない。私の中で、いつかの淡い気持ちがムクムクと膨れが上がっていくのが分かった。


◇ ◇ ◇



擦れ違った瞬間、分かった。彼女だって。同じ高校に通っていた、もう何年も会っていない彼女。テレビではよく見かけるけれど、そう簡単に会うことなんてできやしない、いつの間にか遠い存在になってしまった彼女に、一瞬ではあるけれど再会した。向こうもこちらを見ていた。と、思う。目が合ったのは気のせいなんかじゃないはずだ。
俺は高校卒業後、プロ野球選手になった。入団直後はなかなかスタメン起用とはいかず少しばかり正念場の時期が続いたけれど、今はクリーンナップを任されるまでに成長した。だからだろう。テレビのバラエティー番組やスポーツ番組、ニュース番組なんかにもちょこちょこ呼ばれるようになったのは。
今日もスポーツ番組の収録のためにテレビ局に来ていた。いつかは彼女に会えるんじゃないかって、心のどこかで期待していた。けれども、いざ本当にその瞬間が訪れると、どうしたら良いか分からないものだ。結局、声をかけることもできないまま再会は終了。なんとも呆気ない。
彼女とは高校3年の秋に付き合い始めて、卒業と同時に別れた。短い期間の淡い恋だった。告白したのは俺の方から。部活を引退して全てが落ち着いてから、ずっと気になっていた彼女に告白したのだ。彼女はすんなりとOKしてくれて、それで、付き合い始めた。何の問題もなく、普通に付き合えていたと思う。けれども卒業式の日、彼女は俺に言った。別れようって。俺がプロ野球選手になるなら自分は足手まといになる、だから別れようって。そう言った。彼女が足手まといになるとは到底思えなかったけれど、俺は引き留める勇気がなくて、その提案をすんなりと了承した。今となってみれば、そのまま付き合い続けていれば俺の方が彼女の足手まといになっていたかもしれない。そう考えれば、別れたのは正解だったのだろう。


「御幸さん、女優の名字名前って好きっスか?」
「は?なんで?」
「なんか収録見に来てるらしくて」
「どこ?」
「えっと…ほら、あそこ!めっちゃ綺麗っスね〜」


収録の休憩中、ぼーっと過去を懐かしんでいた俺を引き戻したのは、隣に座る後輩の発言だった。あそこ、と示した方向へ目を向ければ、確かにそこには彼女がいた。名字名前。俺が初めて好きになって、初めて告白して、初めてフラれた女の子。あの頃よりも更に綺麗になった彼女は、やっぱり遠い存在に思えた。
見つめ続けていると、ばちり、視線がぶつかる。そのまま目は逸らさない。そこで、俺も、そして彼女も、お互いのことを覚えていると確信した。じわりじわり。淡い思い出が滲み出してくる。しかし、どうして彼女がこんなところにいるのだろう。売れっ子女優なら忙しいのではないだろうか。話しかけたい。が、収録が終わらないことには動けない。きっとその頃には、彼女はいなくなってしまっているだろう。そうして収録が再開されると同時に、俺は彼女から視線を背けた。


◇ ◇ ◇



どうしてももう一度きちんとこの目で彼を見たくて、マネージャーに無理を言って彼の収録現場に行かせてもらった。名字さんが野球に興味あったなんて知りませんでした、って言われたけれど、それは当たり前だ。野球はそれなりに分かるし嫌いではないけれど、興味があるとか好きだとか、そこまでじゃない。私は、彼に興味があるだけだから。
目が合って、そのまま。また、時が止まる。でも時計の針はやっぱりすぐに動き出してしまって、視線は交わらなくなった。でも私は、彼を遠くから見つめていた。時間の許す限りずっと。
無情にも時間は過ぎてしまい、私は自分のドラマの収録のため行かなければならなくなった。今日会えたのは本当に偶然。奇跡みたいなもの。だから、次はきっとない。こうして再会できただけでも感謝しなければならないのは分かっているけれど、それでも胸の奥で燻り続けている想いが、これで終わらせて良いのかと無慈悲な質問を投げかけてくる。そんなこと言われたって、どうしようもないじゃない。自分で自分にそう言い聞かせた。


「名字さーん」
「はーい」
「じゃじゃーん!サプライズゲストでーす!」
「え?…え、」
「名字さんが野球好きだって聞いたんでダメ元でお願いしたら来てくれたんですよー!びっくりしました?」


そりゃあびっくりもする。さっきまで遠くから見ていることしかできなかったはずの彼が、今目の前にいるのだから。戸惑っている私に、どうも、と。彼はごく自然に挨拶をしてきた。私なんかよりもよっぽど演技が上手い。けれど私も女優として負けるわけにはいかないから、お会いできて嬉しいです、って笑みを携えて返した。
そうして、仲介人となっていたマネージャーがスタッフさんに呼ばれて行ってしまい、私と彼だけになってから。彼は私の名前を呼んだ。あの頃と同じように、名前って。それが引き金となって、ぶわり。抑え込んでいた感情が溢れ出す。


「一也、くん、」
「久し振り」
「うん…久し振り」
「忙しそうじゃん」
「一也君こそ」


思ったより普通に話せていた。穏やかに、大人の会話を繰り広げる。でもその空気はたった一言で簡単に壊れるのだ。


「あの頃に戻ったみたいだな」
「……そう、かな、」
「もう忘れた?」
「…忘れてないよ」


何も。忘れていない。忘れられるはずもない。何年もずっと、仕舞い込んでいただけで。ちゃんと全部、昨日のことのように思い出せるよ。思い出してるよ。現在進行形で。
彼の足手まといになるのが嫌で、いつか邪魔だって言われるのが怖くて、自分から別れを切り出した。彼に負けないような女になりたくて、もっと頑張らなきゃって必死にここまで駆け上がってきた。そして再会した今。私は、どうしたら良いんだろうか。


◇ ◇ ◇



「名字名前に会っていただけませんか?」
「は?」
「突然すみません。私、名字名前のマネージャーをしておりまして…名字、野球好きみたいで、もし良ければサプライズで会ってくださらないかなって…」
「他に誰か行かないんですか?」
「それが、他の方は音楽番組の収録を見に行ってしまったそうで…」


こんなチャンスがあって良いのだろうか。彼女はたぶんそこまで野球が好きってわけじゃなかったと思う。この何年かで好きになったのかもしれないけれど、たぶん違うだろう。きっと先ほど収録を見に来た理由をこのマネージャーが勘違いしているか、彼女が適当な嘘を吐いたか。何にせよ、これは最初で最後のチャンスだ。
良いですよ、と。俺は何でもないことのように了承した。そうして、彼女ときちんと再会した。あの頃のように名前、と呼んだ俺に、彼女も一也君、と。あの頃と同じ呼び方をしてくれて。俺のことを、あの頃のことを、彼女は忘れていないと言った。俺と同じだ。


「俺も忘れてねぇよ」
「うん」
「なあ、」
「…待って」
「俺がまだ好きなままだって言ったら、どうする?」
「…待ってって言ったのに」
「散々待ったから」


名前と別れてからの数年間、俺はこの瞬間をずっと待っていた。再会できるかなんて分からなかった。もう一生会うことはないかもしれなかった。でも、会えた。それが全て。クサい言い方をするならば、そういう運命だったってことだ。


「私ね、一目惚れだったの」
「…俺に?」
「そう」
「知らなかった」
「言ってないもん」
「じゃあ、同じか」
「え?」
「俺もたぶん一目惚れだったから」
「知らなかった」
「言ってねぇもん」


いい大人が何やってんだと思った。でも、満ち足りた気分だった。もうあの頃みたいにお互いが足手まといになるんじゃないかなんて考える必要はない。俺達はもう、十分すぎるほど大人になった。だから。俺と付き合ってくんない?俺はあの頃と同じセリフを囁いた。名前はあの頃のように驚いたりはしなくて、その代わりに目を潤ませて、頷く。
収録現場の片隅。誰かに見られているかもしれない空間で、俺は名前の手を引いて自分の方に引き寄せた。そうして、壁に寄りかかった大きな木材の陰に連れ込む。誰にもバレないように隠れてひっそりと。まあバレたって良いんだけど、今はとりあえず2人だけの秘密ってことで。抱き締めて、頬を撫でて、見つめ合う。そして。名前の濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた。
御幸夢にしては珍しくかなり大人な仕上がりになりました。どちらも一目惚れから始まってずっと想い続けていたという設定で書いたつもりなんですが、とても分かりにくいですよね…両者視点はリンクさせるのが難しかったですがあまり書いたことがない分、新鮮な気持ちで楽しく書かせてもらいました!だがしかし野球選手と女優のカップルって…だいぶやばい…笑。


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