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03

なんだかんだで木兎は順調に彼女とのお付き合いが続いているらしい。学内でちらりと2人で歩いている姿を見かけたけれど、確かにふんわりした雰囲気の可愛らしい子だった。所謂、男ウケしそうなタイプ。私とは正反対だ。そんなことを思ってヘコんだのも先週のこと。今は徐々に現状を受け入れられるようになってきている。と、思う。
まだ木兎とまともに話せるほど立ち直れたわけではない。けれど、もう少し時間が経てば普通に話せるようになるんじゃないかなという希望は見出せるようになってきた。…気分的には。
そう思っていた矢先にバッタリ木兎と彼女ちゃんの2人が仲良く帰っているところに遭遇するなんて、神様は私に恨みでもあるのだろうか。木兎は元々大きな目を更にくるりと大きくさせて私を凝視していて、それのせいかは分からないけれど私はその場で固まってしまった。
また部活でね、とか、彼女とデート?いいねぇ!とか、適当に何か言ってさっさと立ち去ればいいものを、私はどうして立ち止まってしまったのか。彼女ちゃんは私と木兎がどういう関係か知らないようでキョトンとしている。


「ちょうど良かった。話があるんだけど」
「私はない」
「は!?いや、俺は話があんの!」
「知らないよそんなの」
「な、ちょ、おい!」


やっとのことで動いた足。元々自分が行きたかった方向とは逆だけれど、そんなことはどうでも良い。とにかく、あそこから、あの2人から離れたい。その一心で走り出したというのに。


「なんで追いかけてくんの!」
「名前が逃げるからだろ!」


どういうわけか、木兎が追いかけてくるではないか。日頃からバレーをやっている体力バカの木兎と、一般女性の平均並みにしか体力のない私と、どちらが追いかけっこで勝つかなんて明白で。案の定、私はあっさり木兎に捕まってしまった。
掴まれた腕はじんじん痛い。というか、熱い。そういえば木兎に触れられるのはこれが初めてかもしれない。それを意識してしまうと更に身体の温度が上昇していく。いや、待て。ていうか…


「彼女!置いてきちゃダメでしょうが!」
「…あ」


何度も言うけれど、本当にこの男はバカだ。後先考えずに本能で行動するからこういうことになる。私が逃げたから追いかけてきた。そんな野生の本能だけで彼女を置いてきぼりにするなんて、彼氏が聞いて呆れる。
早く戻りなよ。冷静になってそう言ったけれど、木兎の手はいまだに私の腕を掴んだままで離す気配はない。ねぇ、と口を開きかけたところで向けられたあの眼差し。大きなくるりとした瞳で、まるで私を射抜くみたいに真っ直ぐと見つめてくる。そのせいで、吐き出しかけた言葉は怖気付いて喉の奥へと消えてしまった。私はせめてもの抵抗で、その眼差しから逃げるようにして俯く。


「明日謝るから良い」
「でも、」
「そんなことより!最近おかしいよな?」


腕を掴んでいる手の力が強くなった。逃がさない、と暗に伝えてきているのだろうか。あの瞳が私に向けられ続けているのは分かっている。だから、顔はあげられない。


「おかしくないよ」
「おかしい」
「どこが」
「俺のこと絶対避けてる!」
「…気のせいでしょ」
「いや、気のせいじゃねーから!絶対!」


我ながら苦しい言い訳だ。いや、言い訳にもなっていない。だから現に私は今、あのバカで有名な木兎に言い争いで負けそうになっている。


「そんなことどうでも良いでしょ」
「よくねーし!」
「木兎は今、私のことより彼女のことを考えるべきでしょ」


私の言ったことはたぶん正論だ。その証拠に、今まで威勢の良かった木兎が口を噤んだ。そして腕を掴んでいた手の力も緩まっていく。ただし、完全には解放してもらえない。ゆるりゆるりと、木兎の体温は感じるままだ。


「そんなこと言われたって、仕方ねーじゃん」
「なにが…」
「名前のことが気になるんだから」
「は?…なに言ってんの……」


私のことが気になる?どういう意味で?どういう理由で?尋ねたいことは山ほどある。けれどもそれらを口にする勇気はなかった。答えをきくのが怖いから。


「とにかく!俺を避けるな!」


そんなこと言われたって、無理だよ。今まで通りに、なんて戻れない。だって、4人でいる時に木兎は可愛い彼女の話をするんでしょう?私の大好きな笑顔で、あんなことしたんだ!こんなところに行ったんだ!って報告してくるんでしょう?そんなの私、笑顔で聞いていられないよ。
彼女に誤解されたらいけないから。心配かけちゃいけないから。だから、わざと距離を置いている。そんなのは建前だ。本当は、自分が傷付くのが嫌なだけ。木兎の口から彼女の話を聞いたり、2人が仲睦まじくしている姿を見たり、そういうことから逃げたいだけ。誰かのためじゃなくて、私は私のために木兎を避けている。それが、本音。なんて醜いのだろうか。こんな女、そりゃあ好きになってもらえないに決まっている。


「…ごめん、」
「何が?避けてたこと?」
「…ごめんね、」
「だから何が…」
「木兎。手、離して」


自分の声じゃないみたいだった。声に温度があるなら、氷みたいに冷たい声音だったと思う。自分で驚いているけれど木兎もそれは同じようで、私の腕は漸く解放された。
ごめん。木兎の言うことはきけない。ごめん。私はたぶん、木兎にどんな彼女ができても心の底からは祝福できない。ごめん。好きな気持ち、全然なくならない。ごめん。ごめんね。
全部口にはできなかった。でも、それで良いのだと思う。バカな木兎。私の気持ちにはこのままずっと気付かないままでいてね。
木兎に背を向けてとぼとぼと歩き出す。背後から木兎が追ってくる気配はない。次に会った時どんな顔をすれば良いんだろう、とか、部活どうしよう、とか。先のことは何も考えられなかった。ただ言えることは、私は自分から木兎を突き放した。だからもう、あの頃には戻れない。