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02

「なあ、聞こえてる?」
「…聞こえてるよ」


ちゃんと聞こえている。聞こえているけれど、理解はしたくないし、それ以上その話を聞きたくはなかった。けれども木兎の口は止まらない。聞きたくないのに勝手にペラペラと喋るものだから、否が応でも内容が頭に入ってきてしまう。
木兎に告白してきたのは1つ年下の後輩で、木兎と同じ学科の女の子らしい。昨日の部活終わりに告白されたのだと嬉々として語る木兎は、それはそれは幸せそうだった。大好きなはずの笑顔なのに、今はそれを見ると胸がキリキリと痛む。


「つまり!俺!彼女できた!」
「良かったね」
「めっちゃ可愛いし良い子!」
「良かったね」
「俺のことカッコいいって!」
「良かったね」
「さっきからそれしか言ってねぇじゃん!」


それしか言えないんだよバカ。それ以外のことを言おうとしたら唇が震えてしまいそうだから。その子がどれほど可愛くて良い子か知らないけれど、木兎がカッコいいことなんて私だって知ってる。
そりゃあ普段はバカが目立つからそんな風に思うことはないかもしれないけれど、バレーに打ち込んでいる真剣な眼差しとか、必死にボールを追いかけて汗を流している姿とか、スパイクが決まった時に見せるキラキラした表情とか。私だって木兎がカッコいいって知ってるよ。知ってるのに。
その子より私の方が木兎のことを知っている自信がある。理解してあげられるとも思う。けれども、こんなことになってしまったのは臆病な自分のせいだと思うと何も言えなかった。見ず知らずの後輩ちゃんはそれまでの関係とか周りからの視線とか、そういうものを全て放り投げて木兎に告白したに違いない。自ら何もしなかった私とは違う。


「…彼女のこと、大切にしてあげなよ」
「当たり前だろ〜!」


私がどんな気持ちで絞り出した言葉かも知らずに、木兎はいつも通りの笑顔で私にグッと親指を立てたポーズを決めて見せる。キラキラ眩しいからこそ、切なくてたまらない。けれどもここで泣いたりするわけにはいかなくて、私は、じゃあね、とだけ言い残すと逃げるようにその場を立ち去った。
絶対に不自然だったと思うけれど、木兎の前で無様な姿を見せるよりはマシだ。どうせ部活で顔を合わせてしまう。それはもう仕方がない。ただ、今までのように接することはできないだろう。
だって木兎には可愛い(らしい)後輩彼女がいるわけで。もし私が彼女の立場だったら、自分以外の女が彼氏と仲良さそうにしているところを見るのは良い気分じゃない。つまり今回の場合、私は木兎の彼女にとって不安要素でしかないだろう。
木兎への気持ちが吹っ切れたわけではないし、むしろお陰様で燻っていた気持ちはより一層色濃くなってしまった。けれども、好きだからこそ、木兎が幸せになってくれるのは喜ばしいことだし、どうせなら宜しくやってくれという感じだ。2人の恋路を邪魔しないように、私は私のするべきことをやらなければ。
少しばかり滲んでいた目元の涙を拭う。私の守りたかった関係はこうして呆気なく壊れてしまったわけだけれど、メソメソしていたって現状は何も変わらない。いつかこの気持ちが綺麗さっぱり無くなってくれるまで、私は上手に「女友達」を演じようと決めた。


◇ ◇ ◇



「最近、名前がおかしい。…ような気がする」
「どこらへんが?」
「んー…なんか上手く言えねぇけど。避けられてるみたいな?」
「きっと木兎さんに彼女ができたから遠慮してるんですよ」


個人的な理由で部活を休むのは憚られる。けれども木兎とは極力接したくない。というわけで、私はずっと部活が始まるギリギリの時間を目指して体育館に行くようにしていた。今日も部活開始の直前に体育館到着。そこで耳に入ってきたのは聞き覚えのある3人の声だった。
あの鈍感な木兎でも、私の行動の異変には気付いているらしい。全く気にされないだろうなと思っていただけに、少しでも異変を感じてくれたことは素直に嬉しいと思う。ただ、その行動の意図は察してほしくなかった。だって、あまりにも惨めじゃないか。


「遠慮?なんで?」
「そりゃ彼女に心配かけるのは悪いしーとか思ってんじゃねぇの」
「心配?なんで心配かけんの?」
「木兎さんはそういうところが鈍感なんですよ」
「はあ!?」
「ぶふっ…言うねぇ赤葦クン」


3人のやり取りを聞くのがなんだかとても懐かしく感じる。木兎から彼女ができたと告げられてから、まだたったの1週間ほどしか経過していないというのに。
1週間前だったら私もあの輪の中にいたはずで。どうでもいいことでゲラゲラ笑ってバカなことをやっていたはずで。けれども今の私には、それができない。分かっていたことではあるけれど、目の前で3人が揃って話している光景を見るのは今が初めてで。こんなに寂しいと感じるなんて思わなかった。


「…お疲れ」
「おー。噂をすれば」
「あ!名前!あのさあ、」
「そろそろ部活始まるよ」
「え。ちょ、」


目も合わせずにその場を離れた私を見て木兎が更なる不信感を強めたのは、雰囲気から察知できた。ていうか、背後でギャーギャー言っているのが聞こえる。けれども私は聞こえないフリ。気付かないフリ。それ以外にできることなんてない。


「ちょっとあからさますぎじゃね?」
「…じゃあどうしろって言うの」
「気持ちは分かりますけどね」
「今までどうやって話してたのかも分かんなくなっちゃったんだもん…」
「恋する乙女だねぇ」
「茶化さないで」
「でも、いつまでもこのままってわけにはいかないでしょう」


木兎の目を盗んで私のところに来てくれた黒尾と赤葦は、どうやら私のことを心配してくれているらしい。お節介と言えばお節介。親切と言えば親切。どっちにしても黒尾と赤葦がお人好しであることは間違いないだろう。
こんな面倒臭い女、放っておいたら良いのにそうしない。気休めで慰めるようなことはしないし、優しく話を聞いてくれるわけでもないけれど、それが逆に有り難かった。そんなことをされたらTPOも考えられずに泣いてしまうと思うから。


「ちゃんと気持ちの整理がついたら元に戻るから…」
「それまで木兎さんが大人しく待っているとは思えませんけどね」
「それな」
「…なんとかする」
「恋する乙女は大変ですねぇ」
「その言い方やめてよ…これでも割と本気でヘコんでるんだから…」
「だから敢えて、でしょう」
「そんなの、見てりゃ分かるっつーの」


ぐしゃぐしゃと黒尾に髪を乱されるような形で頭を撫でられる。あーもう。下手に甘やかさないで。そういうのに弱いって知ってるくせに。
俯いて唇を噛み締め、必死に涙を堪える。今ここに木兎はいないけれど、こんな姿は誰にも見られたくない。さり気なく私が人の目から隠れるような位置に立ってくれている赤葦は、本当に気が効く男だ。どうして私は黒尾でも赤葦でもなく木兎を好きになってしまったんだろう。こうなるとつくづく不思議でたまらないけれど、それがきっと恋ってものなのだ。