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きちんとした彼女、というものができたのは、きっと初めてのことだと思う。自分で言うのもなんだけれど俺は学生時代からそれなりにモテていたので、常に周りには女の子がいた。勿論、その中には言い寄ってくる子も沢山いたので、お年頃だった俺が欲の処理に困ることはなくて。ただ、どの時期を振り返ってみても特定の相手というのは存在しなかった。
周りの男友達の中には彼女が欲しいと言う奴が少なからずいたけれど、俺は生まれてこのかた、本気で彼女というものが欲しいと思ったことなど1度もない。だって特定の相手を作ってしまったら色々と自由がきかなくなることは目に見えていたし、俺は俺の都合のいい時に相手をしてくれる子がいるだけで満足していたから。


「少しでも気があったから私を選んだんじゃないの?」
「そういうつもりはなかったけど」
「ひどい…!」


こんなやり取りは何度もした。自分から、好きじゃなくていいし身体だけの関係でもいいから、って言ってきたくせに、女性というのは何回かそういう関係を繰り返していたら勝手に勘違いするようにできている生き物なのだろうか。気があるなんて最初から言っていない。思わせぶりな態度を取ったつもりもない。けれど大抵の場合、俺は悪者扱いだ。
そういうのも面倒臭かった。好きだとか嫌いだとか、気があるとかないとか、一時の感情に左右されて右往左往するなんて、こちらはそんなの真っ平御免なのだ。
前の仕事を選んだ理由は、自分の見た目を存分に活かしてたっぷりお金が稼げるから。そして、面倒なことになりかけても「そういう仕事をしているから相手はできないよ」と自己防衛できるからというのが大きな理由だった。お陰でその仕事に就いてからというもの、女関係のトラブルはなかったと思う。
このまま俺は、のらりくらりと生きていくのだろう。若いうちにお金を稼いで、それなりに貯金して。歳を取ってからどうなるかは知らないけれど、適当に平凡な毎日を過ごせていたら良いなあ。所詮、俺の人生なんてこんなものだ。
そう思っていた時に出会ったのが名前だった。ごく普通のどこにでもいるOL。ガラの悪そうな輩に絡まれていたから放っておくのも後味が悪いし…と、気紛れに助けてしまったのが運の尽き。男癖が悪そうとか、見る目がないとか、そういう風には全く見えないタイプなのに、まさかこんな俺にオチるなんて思わなかった。
俺の悪いところ、つまりは女癖の悪さというか、誰とでも遊んでます、みたいなところを見せれば大抵の子は諦めてくれる。だから軽いノリで声をかけただけだし、夜ご飯の誘いにも乗った。それなのに名前は、本気になったかもしれない、と。バカみたいなことを言った。口調はおどけていたけれどその目は真剣で。なんて面倒な子に出会ってしまったんだろうかと、あの日、気紛れで助けた自分を恨んだ。


「もう行っちゃうの?」
「一緒にいて?」
「あともう1回だけ…、」


初めて身体を重ねた時、さっさと帰ろうとする俺に、名前の口から聞き飽きた甘ったるいセリフは飛んでこなかった。代わりに連絡先を教えてほしいと言われて、断ることだって無視することだって簡単にできたはずなのに、俺はどういうわけか連絡先を教えてしまった。
これも気紛れ。何度連絡がきたって、返事をしなければ良い。そうしたら諦めてくれる。俺に固執する必要なんてないでしょ。そんなことを思いながら2週間ほど連絡を無視し続けた。ほんと、しつこいなあって。嫌気がさしてきてもおかしくないのに、毎日名前からの他愛ない連絡がくるたびに、今日も俺は求められてるのかって、意味もなく安心していたことに気付いた時の俺と言ったら。
安心?俺が?なんで?何に対して?意味分かんないんだけど。珍しくパニックになったのを覚えている。
そこからは、感情の赴くまま。会いたいと思ってしまった。だから会いに行った。触れたいと思った。だから触れた。それ以上のこともした。自分からキスをしたいと思ったのは初めてだった。
求められてもいないのに口付けを落としてしまい、ハッとして名前の顔を見たら、嬉しいのに泣き出してしまいそうな表情をしていて、これもまたわけがわからないのだけれど、無性に名前を呼んでほしくなった。源氏名じゃなくて本名で。そんな女々しいこと思ったことなんてなかったし、そもそも本名なんて知られたくないと思っていたくせに。


「とおるさん」


名前の口から紡がれるその呼び名は、何か特別なもののように感じた。そんなに何度も会っているわけじゃないし、お互いの名前以外のことはほとんど知らないし、身体を重ねたのだってその時で2回目。
でもさ、おかしいよね。好きとかそういうの、分かんないって言ってたし本気でそう思っていたはずなのに、名前を呼ばれた分だけ、名前のことを好きになっていくような気がしたなんて。自分でもバカだなあって思うけど、何を呆けたことを言ってるんだって思われても仕方ないと思うけど、こういうのを運命って呼ぶんじゃないかなって。考えちゃったんだよ。


「徹さん、明日どうします?」
「ああ、そのことなんだけどね、」


前の仕事はさっさと辞めた。オーナーにはかなり渋られたし、なんで?を連発されたけれど、明確な理由は説明できなかった。ただなんとなく、沢山の女の子のために笑うのは疲れたなあって。名前がいるから他の子はいらないかあって。ぼんやり思っただけ。
数ヶ月間お互いに何も追求しなかったせいもあって俺達の関係に名前はなかったけれど、つい最近、そんな宙ぶらりんな関係に終止符が打たれた。俺に初めて恋人ってものができたのだ。


「買いたい物があるから付き合ってよ」
「良いですけど…徹さんがそういうこと言うの珍しいですね」
「そう?」
「自分のものは自分で選ぶ派っぽいので」
「ああ、うん。それはそうだけど」


買いたい物は俺だけの物じゃないからねって。そう言ったら、目を真ん丸くされた。
じゃあ誰の物ですか?何を買うつもりなんですか?俺に向けられている視線から、ビシビシとそんな疑問をぶつけられているのを感じる。ほんと、ばかだなあ。自分のことだなんて微塵も思ってないんだから。


「お揃いの物、買いたいなって」
「…私との?」
「他に誰がいるの?」
「それは分かりませんけど」
「お前ほんとさあ…俺の彼女って自覚ある?」
「ないです」
「は?」
「いまだに信じられませんもん」
「自覚もってくださーい」
「じゃあ徹さんは私の彼氏って自覚あるんですか?」
「あるよ。あるからコイビトっぽいことしよって提案したんでしょ」


本当は自覚ないよ。自信もない。だって俺、恋人初心者だし。でも難しいことは抜きにしてさ、とりあえず俺のやりたいことに付き合ってよ。何をやっててもちゃんとお前のこと好きだなあって感じたいから。
お互いバカなんだから、バカみたいに素直に求め合うのもアリだと思わない?