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Reunion


初恋は実らないのがセオリーらしい。まあ確率的なことを言えば当たり前の話だ。淡い恋心を抱くのは大体の場合が幼い頃。それも、小学生とか中学生とかならまだしも、もしかしたら幼稚園の時だったりするかもしれない。そんな、まだ物心ついて間もない頃に「好き」だと思った相手と大人になって結ばれるなんて、どんなおとぎ話なのだろうか。
それでも世の中には、初恋を実らせてゴールインした夫婦もいると聞く。正直、とても羨ましいと思った。自分が「好き」だと思った相手が自分と同じように「好き」だと思ってくれることすら奇跡に近いのに、それが初恋の相手だなんて。


「恋したいなあ」
「急に何言ってんの」
「んー…なんとなく…」
「また合コン行く?」
「最近うまくいかないし…」
「それは名前の気合いが足りないのもあると思うけど」
「私は彼氏が欲しいんじゃないの。恋がしたいの」
「あのねぇ…映画やドラマの見過ぎじゃない?今自分が何歳か分かってんの?」


ランチタイムを共に過ごしている仲の良い同僚は、いつものことながら手厳しかった。そんなの、言われなくたって分かってるよ。アラサーにもなって彼氏も当分いなくて干からびている私みたいな女に、そんな贅沢なことを言っていられる余裕はないってことぐらい。そんな私に追い打ちをかけるように同僚はズバズバと指摘を続ける。
元々プロポーションが特別良いわけでもなければ絶世の美女ってわけでもない。そのくせ、化粧や服装に特別気を付けているわけでもなければお金もそこまで費やしていない。性格だって、とっつきやすいと言えば聞こえは良いけれど女性らしさに欠ける。それで恋愛したいというのは虫が良すぎるのではないか。
グサグサと突き刺さる言葉のナイフのおかげで、私は瀕死の重傷だ。けれども、指摘されたことは全て事実だから言い返しようもない。
お皿に残っていた僅かなチキン南蛮を口に頬張りながら思う。ここでサラダランチセットを頼むような女だったなら、今頃何かが始まっていたのかなあ、なんて。まあ残念ながら、私がそんなヘルシーなものを選ぶことはこの先も有り得ないので考えたって無駄なことだ。
そろそろ行こ、という同僚の声で時計を見る。お昼休みは残り15分。私は席を立ちながら、午後の代わり映えしないデスクワークをいかに効率よく終わらせて仕事をサボるか、そのことに思考をシフトさせるのだった。


◇ ◇ ◇



「え。きいてませんけど」
「言ってなかった?来週からうちに来てくれることになった社員さんの歓迎会があるって」
「だから、きいてませんってば」
「ごめんごめん。でもまあそういうことだから。集金とか幹事の補佐よろしく」


なんと無責任な上司だろう。あと数時間後に行われるらしい歓迎会のことを今伝えてきたかと思ったら集金まで任せてくるなんて。そもそも来週から新しく来る社員とか知らないし。歓迎してないし。
不平不満はあれど、所詮は平社員。私は溜息を吐きながらも、言われた通りに幹事である先輩の補佐をするという選択しかできなかった。幸い、その先輩は気さくでいい人だから変に気を遣う必要はないので、それだけは有り難い。
歓迎会が行われる30分前。会場となる居酒屋さんで、私は先輩とともに席案内や集金を行う。私に土壇場で仕事を押し付けてきた上司も丁重に席へご案内して、開始予定時刻の5分前には主役の登場を残すのみとなった。私は新しく来る社員さんの顔も名前も聞いていないので、案内は先輩に任せて席につく。
6月というなんとも中途半端な時期に、一体どんな人が来るんだろう。どうせそんなに仕事で関わることはないだろうけれど、こっちに迷惑をかけてくるようなタイプじゃなければ良いなあ。出会う前からそんな失礼なことを考えていると、注目のその人物が先輩とともに現れた。そして、息を飲む。


「こちらが来週からうちに来てくれることになった御幸君だ。宜しく頼むよ」
「御幸一也です。来週から宜しくお願いします」


上司の隣に座った彼は私の席から遠くてすぐに見えなくなってしまったけれど、間違いない。ドクンドクン。心臓が急に忙しなく暴れ始める。それもそのはず。御幸一也。彼は、私の初恋の人だった。


◇ ◇ ◇



結局、歓迎会の席で彼と接触することはなかった。チラチラと様子を窺ってはみたものの、視線が合うどころかその姿さえもほとんど見えないまま。
でも、よく考えてみたらそわそわして意識しているのは私だけだ。だって、彼に恋をしたのは中学時代のこと。何の奇跡か高校も同じところに進学したけれど、私は勝手に長い片思いをしていただけで気持ちを伝えることはないまま卒業した。彼は恐らく、私のことなど覚えてもいないだろう。そう思うと無駄にドキドキしているのも馬鹿らしくなってきて、歓迎会が終わった時には、私の心臓の鼓動は平常通りに戻っていた。のに。


「名字…だよな?」
「え?」
「覚えてねぇの?俺、野球部でわりと活躍してたんだけど」


上司に別れを告げて駅に向かおうと足を1歩踏み出したところで、まさか彼の方から私を呼び止めてくるなんて思わなかった。折角元に戻ったはずの鼓動が、また忙しなく動き始める。
覚えてないわけないでしょ。初恋の人だもん。それより、どうして御幸君は私のことなんか覚えてるの?ほとんど接点なんてなかったよね?確かに、見た目はそんなに変わってないかもしれないけれど、あの飲みの席でいつ私を認識してくれたの?
言いたいこと、伝えたいことは山のようにあったけれど、私の口からは何ひとつ紡ぎ出せず、はくはくと唇が動くだけ。それを見て、金魚かよ、と笑う彼にあの頃の淡い恋心がフツフツと蘇ってくるのを感じた。


「駅まで?」
「あ、はい、」
「なんで敬語?」
「な、なんとなく…」
「俺も駅まで行くから。ちょうど良いな」
「えっ」


てっきり上司達と2件目のお店に繰り出すのかと思っていたのに、彼はあっさりとその提案を断ったらしい。戸惑う私のことなどお構いなしで歩き始めた彼の背中を慌てて追う。2人で並んで歩くなんて、学生時代には憧れでしか有り得なかった。それが今は信じられないことに現実になっている。夢ならどうか覚めないでほしい。
ちらりちらり。不審がられない程度にこっそりと彼の横顔を盗み見る。やっぱりカッコいい。もしも神様が本当に存在するのなら、ありがとうございます神様。初恋の彼と再会させてもらえただけで私は本望です。


「そろそろ俺のこと思い出した?」
「え!いや、最初から覚えてるよ…?」
「ほんとかよ…」
「野球部のキャッチャーでキャプテンで4番だった御幸君のこと忘れるはずない!…でしょ……」


信じてもらいたい一心で思わず声を大きくしてしまい、慌てて我に帰る。恥ずかしい。俯く私の頭上で御幸君は盛大に、はっはっは!と笑っていて、羞恥心は増す一方だ。
そのまま歩き続けて駅に着いた頃には笑いも落ち着いたようだけれど、久し振りの再会でとんでもなく気持ち悪い印象を与えてしまった感は否めない。来週から職場でも顔を合わすのに。最悪。
嬉しい再会から一変、ずーんと落ち込む私に、彼はニッと笑った。ああ、野球をしている時の彼はよくこんな顔をしていたなあ、と昔を懐かしんでいた時に唐突に思い出す。
あれ、そういえば御幸君ってプロ野球選手志望じゃなかったっけ?将来有望なキャッチャーだってきいてたはずなのに、どうしてサラリーマンに?疑問は浮かべど、それを尋ねる勇気は私にはなかった。


「じゃあまたな」
「うん。またね…!」


いまだに現状を理解できていないし疑問も沢山ある。けれど、颯爽と去って行く後姿をぼんやりと見つめながら、とりあえず決心。来週からは少し早起きして化粧に気合いを入れよう。