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待ちぼうけ終了のお知らせ


勝った。青道が、勝った。スタンドからハラハラしながら見守っていた私は、試合が終わった今、嬉しいというより放心状態だった。本当は真っ先におめでとうと言いたかったけれど、スタンドにいる私にそれは叶わず。しかも、どうやら一也君はやっぱり前回の試合でどこかを怪我していたらしく、閉会式終了後、早々にタクシーで病院に行ったと聞いた。試合に勝ったのは勿論嬉しい。一也君の頑張りが、青道高校野球部の皆の頑張りが成果として表れたのだから、それは当たり前だ。けれども今は、一也君のことが心配だという気持ちの方が勝っていた。
きっと私とあの公園で話をしていた時も、一也君は自分の身体の異変に気付いていただろう。それでも、決勝は戦い抜くと決めていた。その決意は絶対に揺るがなかった。だから私は、怪我のことを知っていたとしても一也君を精一杯応援するしかなかった。
今日の試合中、バッティングがあまりに不調だったことも、盗塁を許したことも、気にはなっていた。もしかして、とも考えた。けれどまさかその嫌な予感が現実のものになろうとは。今日の試合は頑張りきれたけれど、次は?これから一也君は今まで通りの野球ができる?甲子園には、行けるの?そんな不安が次から次へと浮かんできた。
携帯を取り出して一也君に電話をかけようか迷う。そして私は迷った末、携帯をポケットにしまった。今は病院に向かっているタクシーの中だろうし、何より疲労がピークに達しているに違いない。周りに他の人もいるだろうし、私からの電話に気付いたとしても出られない可能性の方が高い。いつも通りメールしようかとも思ったけれど、それもやめた。味気ないメールで、おめでとう、とか、身体は大丈夫?とか、そういうやり取りをしたくなかったのだ。きちんと、一也君に直接言いたい。直接話をしたい。だから今は、我慢。
落ち着いたら、一也君はきっと連絡してきてくれる。もし連絡がなくても、落ち着いてから私が連絡すれば良い。だからその時がくるまで、今は待とう。気持ちの整理をした私は、大人しく球場を出て帰路についた。


◇ ◇ ◇



何度も携帯を見つめては連絡が来ていないことに落胆して、いつの間にか携帯を握り締めたまま寝ていたらしく、気付いたら朝になっていた。昨日中に連絡がなかったことは正直寂しいけれど、今はそんなことで落ち込んでいる場合ではない。学校に行けば一也君に会えるはず。すぐにそちらへと気持ちを切り替えた私は、急いで支度を済ませて家を飛び出した。朝早く行ったからって一也君に会えるわけじゃないのに、居ても立っても居られなくて。
学校に着いたら、早速教室では野球部のことが噂になっていた。秋大で優勝、そして春のセンバツへの出場が決定したのだから、野球部員達が席を取り囲まれるのは当然のこと。そんな状況で自ら一也君の教室に赴く勇気はなかった。…以前までは。今日は、違う。ちゃんと、一也君におめでとうって言うんだ。そう心に決めて来たんだから。
朝はまだ来ているか分からないから、昼休憩になるまで時間が経つのをそわそわと待つ。お陰で授業は上の空。チラチラと携帯を確認してみるけれど、相変わらず何の連絡もなし。昼休憩にどこかで会おうって、もしかしたら連絡してくれるんじゃないかって期待していたけれど、残念ながらそういうことはなく。私は当初の予定通り、彼のクラスに突撃することにした。
昼ご飯を掻き込んで意を決して彼の教室へ。キョロキョロ。教室の後ろの扉から顔を覗かせて一也君を探してみるけれど見当たらない。てっきり人集りの中心にいると思っていたのに、そういうのを嫌って早々にどこかへ退散してしまったのだろうか。だとしたら連絡のひとつぐらいしてくれても良いのに。このままでは埒があかないので、私は去年まで同じクラスだった子に声をかけた。


「ねぇ、ゆきちゃん」
「あ、名前。どしたの?」
「かず…、御幸君、今教室にいない?」
「御幸君?確か今日休みだよ」
「休み?」
「うん。御幸君に用事?」
「あ、ううん。大丈夫。ありがと」


ふらり。廊下を歩きながら考える。昨日の今日で学校を休むなんて。悪い予感しかしない。怪我が思ったより酷かったのだろうか。もしかして入院とか?だから連絡もできないのかな。考えれば考えるほど心配で仕方なくなってくる。
昼休憩が終わるまであと15分。電話するには十分な時間がある。私はダメ元で一也君に電話をかけてみることにした。本当は学校で携帯使っちゃダメなんだけど、先生に見つからないところでコッソリかけるぐらい良いよね?今日だけは許してください。
自分勝手なお願いをして、一也君と昼休憩を一緒に過ごすことの多い野球部のグラウンド近くのベンチのところまで走ってきた私は、急いで一也君へ電話をかける。出てくれるか分からないけど、今はダメ元でもかけてみるしかない。早く、声が聞きたい。本当は会いたいけど、それが無理なら、せめて声だけでも。
コール音が1回、2回、3回と続き、4回目が聞こえ始めた時だった。ぷつり。コール音が途切れて、もしもし?という待ち侘びていた声が聞こえる。たったそれだけで、じわり、目に涙が溜まった。良かった。話はできるみたい。


「名前だよな?今学校じゃねぇの?」
「昼休憩だから」
「ああ…そっか。そんな時間か」
「一也君の教室に行ったら今日休みだって聞いて…昨日病院行ってたし、何の連絡もないままだし、すごい大きな怪我して入院でもしてるんじゃないかって心配になっちゃって、それで、」
「居ても立っても居られなくて電話してきたと?」
「うん…」
「心配しすぎ。怪我って言ってもただの肉離れだから。今日は大事を取って休んだだけ」
「肉離れ?それって治るのに時間かかるの?」
「医者からは全治3週間って言われたけど。10日もありゃ治るだろ」


確かまだもうひとつ大会があると言っていたような気がするから、それに出るつもりでいるのだろうか。相変わらず、野球のこととなると無茶をする人だ。


「そんなことより、俺に言うことあるんじゃねぇの?」
「え?」
「昨日、優勝したんだけど」
「あ、そうだ、おめでとう!」
「忘れてたのかよ」
「心配でそれどころじゃなかったんだもん…」
「だから、心配しすぎ」


電話の向こうの一也君の声は明るくて、いつも通りで、安心した。本当は直接会ってから言いたかったけれど、状況が状況なだけに仕方がない。大事を取って休むのは今日だけだと言うし、また学校で会った時に改めて言おう。
一也君の無事を確認したところで、私は時計を確認する。昼休憩が終わるまであと7分。あと2分で予鈴が鳴ってしまうから、そろそろ電話を切らなければならない。


「じゃあ私、そろそろ教室戻るから…」
「名前」
「はい」


突然名前を呼ばれて敬語で返事をしてしまったのは、その声がやけに真剣味を帯びていたから。それまでの穏やかな口調とは違う凛とした声音に、思わず背筋まで伸びる。


「返事、してなかったよな」
「…返事って、」
「秋大始まる前の、質問の返事」


それも忘れてた?なんてきいてくる声は、茶化しているようでいて、ちっとも戯けた雰囲気を纏っていなかった。忘れるはずもない。だって、ずっと待っていた。
私のこと好きなの?
その質問に対する答えを。一也君からの返事を。私はずっと、待っていた。


「ききたい?」
「秋大終わったら返事をしてくれるって約束だったでしょ?」
「…今夜、祝勝会なんだよね」
「へ?」
「先輩達も来てくれるんだってさ」
「え、あの、返事は…?」
「祝勝会終わってから、会える?」
「…分かんない」
「時間遅いと無理か」
「会いたいけど…お父さんとお母さん心配するから…」
「だよな。じゃあ学校終わってすぐは?」
「え?」
「会える?」
「…うん」
「じゃあそん時に」


直接会って言いたいから、って。そんな風に言われたら私はもう何も言えなくて。予鈴が鳴り響く音が聞こえたのか、授業遅れんなよ、というセリフの後、電話はぷつりと切れてしまった。
どうしよう。午前中もまともに授業を受けていないのに、私はどうやらこのまま放課後までまともに授業を受けられそうになかった。だって仕方ないでしょう?頭の中、一也君でいっぱいなんだもん。