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秋が青色に染まる頃


10月に入り秋大が始まった。良い結果を残せば春のセンバツに繋がるらしい。この夏はあと一歩のところで届かなかった甲子園への切符。皆が必死になるのは当然と言えば当然だ。
青道はひとつひとつ勝ちを積み重ねていき、あっと言う間に3回戦を突破した。来週には準々決勝が待ち構えている。順調と言えば順調。けれども私は一也君のことが心配だった。というのも、野球部内で不穏な空気が流れるような出来事があったらしい、と聞いたからだ。ただでさえ一也君は主将として少なからず負担を感じているようだし、大切な大会の真っ最中に大丈夫かな…と、お節介にも不安に思ってしまう。だからと言って私にできることなんてないのだけれど。
大切な大会中は昼休みに会うのをやめていた。野球部で集まったり個人練習をすることもあるようなので、一也君も私に時間を割いている暇はないだろうと思って私から提案したのだ。一也君は何やら少し不服そうだったような気がするけれど私の提案をすんなりと了承したので、ここ最近はまともに一也君と話をしていない。まあ昼休みに会っている時だってそこまで会話が弾んだことはないから、そこまで大きく変わりがあるわけではないのかもしれない。
少しでも会いたいなあ、何か話をしたいなあ、と。思わないわけではない。けれど、どこまで甘えても良いものか、ワガママを言っても良いものか。私にはまだそのラインが分からなかった。折角、少しずつではあるけれど一也君との距離が縮まってきた感じだというのに、ここで不用意に一歩を踏み出してしまったばっかりに今の関係性が壊れる、なんて状況になることだけは避けたい。


「名前〜、呼ばれてる」
「え?」


もしかして一也君?と胸を躍らせたのは一瞬で、教室の出入口に目をやった私はあからさまに落胆した。と同時に動揺した。


「ケンジ、君…」
「久し振り。今ちょっと良い?」
「うん…」


こうして面と向かってまともに話をするのは、別れてから初めてのことだった。今更何を話すことがあるのだろうかと疑問しかないけれど、わざわざ呼び出してくるぐらいなのだからそれなりの用事があるのだろう。私に思い当たる事と言えば野球部のことに関連しているのかな?ということぐらいだ。
中庭から少し離れたところにある裏庭はあまり人が来ない。それを知っていてこの場所を選んだのか。ケンジ君は足を止めて私を見遣ると、小さく笑った。


「俺、野球部やめたんだ」
「えっ…なんで…」
「甲子園に行きたいって思ってた。諦めなければいつかは報われる。だから頑張ろうって、そう思いながらバット振ってきたけど、俺はどんなに頑張ってもレギュラーには選ばれないって思い知ったんだよ」
「そんな…」
「御幸は、」


ケンジ君の口から自嘲気味に吐露された言葉を上手く消化できていないまま、続いて飛び出したのは一也君の名前。


「御幸は最初からレギュラーだから。俺みたいなヤツの気持ちは分かんないと思うよ」
「それは…一也君を責めてるの?」
「責めてるわけじゃない。ただ、野球部の中には俺みたいなヤツがまだまだ沢山いるってのは事実だと思うし」
「…それを私に言ってどうなるの?」
「名字は御幸の彼女なんだろ。そういうところ、支えてやれば良いんじゃないかと思って」


そういうところ、って、どういうところだろう。それが分かったとして、支える?私が?一也君を?どうやって?ケンジ君は親切のつもりで言ってきたのかもしれないけれど、完全に大きなお世話だ。
ああ、それとも。もしかしたらこれは当て付けなのだろうか。ケンジ君ではなく一也君を選んだ私への当て付け。潔く爽やかに私をフったように見せかけて、実は私への憤りを腹に据えかねていたのかもしれない。もしそうだとしたら、私は甘んじて受け入れよう。けれど、一也君を巻き込むことだけは許さない。


「わざわざ忠告してくれてありがとう。でも、一也君はきっと大丈夫だよ」
「…御幸のこと、随分信頼してるんだな」
「それが彼女ってものじゃないかと思ってる」
「………ら、……のに」
「何?」
「いや、何でもない」


小さく呟かれたそれは私の耳に届くことなくケンジ君の喉の奥へと消えていく。何を言ったのかは分からないけれど、どこかスッキリしたようにも見える表情をしたケンジ君は、ごめん、と。何に対するものか分からない謝罪の一言を残して去って行った。
教室に戻ってから考えるのは一也君のこと。自分にできることなんてないだろうということは分かっている。けれども、ケンジ君のセリフを思い出すといちいち胸が騒つくのだ。
野球部の中には俺みたいなヤツがまだまだ沢山いるってのは事実だと思う、と。ケンジ君はそう言った。俺みたいなヤツ、というのは、頑張ってもレギュラーに選ばれない人のこと、というより、努力がなかなか報われずに苦しんでいる人のこと、をさしているのだろうと思う。そういう人達は、確かに一也君と相容れない部分があるだろう。
そこで思い出した。野球部内で険悪なムードになるような出来事が起こったということを。もしかしたらケンジ君のことが関係しているのかもしれない。どうしよう。いや、私のせいというわけではないのだけれどなんとなく。
とても迷った。迷ったけれど。


大丈夫?


夜、たったそれだけのメッセージを一也君に送信した。何が?って感じだろうし、余計なお世話だと思われたらそれまでのこと。一也君のことだから、無視して終わりになるだけだろう。
返事は来ない前提で送ったけれど、微かな期待をしていたのも本当で。だから、本当に返事が来た時は驚きと嬉しさがないまぜになっていた。


どうだろうな。


大丈夫、とも、大丈夫じゃない、とも返してこないあたりが一也君らしい。ただ、何のこと?とか、何が?とか、そういう返事じゃなかったということは、私が何を心配して連絡をしたのかは察しているようだった。そういう察しの良さも一也君らしいと思う。
さて、この返事に私は何と返そうか。ベッドの上で携帯と睨めっこしながら首を捻る。その状態で30分ほど経過した頃、突如鳴り始めた着信音に身体が跳ねた。ど、どうしよう。一也君からだ。そんな焦りを覚えつつも声を聞きたいという欲望に忠実な私の身体は、通話ボタンを押していた。


「そっちが大丈夫かきいてきたくせに無視かよ」
「え、ちが、返事考えてたらいつの間にか時間経っちゃってて!だから無視とかそういうつもりじゃ…!」
「分かってるって。冗談だよ」
「なんだ…よかった…」
「で?俺のこと心配してくれてんの?」


携帯越しに聞こえる一也君の声は思っていたより元気そうで、勝手に安心した。わざと茶化すような言い方をしているのかもしれないけれど、電話の向こう側にいる一也君はニヤリと口角を上げているような気がする。
心配してるよ、と。素直に伝えれば、訪れる沈黙。こちらから何かを言うことはできなくて、お互い黙ったまま、けれども電話が切れることはなく。沈黙を破ったのは先ほどより重苦しいトーンになった一也君の声だった。


「前、俺に言ったよな。主将に向いてるって」
「うん…言ったよ」
「やっぱ向いてねぇわ」
「…ケンジ君から、野球部やめたって聞いた」
「あー…」
「そのことと関係ある?」
「別にそれだけじゃねぇけど」
「一也君」
「ん?」
「野球部には沢山の人がいて、レギュラーの人もいればそうじゃない人もいて、厳しい練習を頑張れる人もいれば心が折れちゃう人もいると思う。私はマネージャーでも部員でもないから詳しいことは分からないけど、何があったのかも知らないけど、一也君は、今のままで野球部を引っ張っていけば良いんじゃないかな。主将だからって全部背負う必要はないでしょ…?一也君は勝つために頑張ってる。そのことは野球部のみんなも分かってるはずだよ」


途中からやや捲したてるように思いの丈をぶつければ、数秒の間があってから聞こえたのは呆れたような一也君の、お前はさぁ…、という呟きだった。何も知らないくせに勝手なことを言うなと思われただろうか。まあそりゃそうか。でも、そう思ったんだもん。
どうせろくなことは言われないだろうと覚悟しつつ続く言葉を待っていると、あー…という歯切れの悪い声が聞こえた。そして言われたのは。


「電話して良かった」
「え?」
「声聞けて良かったって意味」
「え、え、」
「じゃあな」
「えっ、まっ…て……」


「え」を連呼している間にぷつりと一方的に切られた電話を呆然と耳に当てたまま、今起こった出来事を振り返る。私の声が聞けて良かったって。あの一也君がそう言った。夢じゃなくて現実で。夢でも言われたことないけど。
ふわりふわり。たったそれだけのことで私の心は浮かれ気分になってしまう。一也君の力になりたいと思って行動したはずなのに、私の方が力をもらってどうするんだ、と反省したのは翌朝になってからのこと。
私にできることなんていまだに分からないままだ。けれど、今度はちゃんと、目を見て話したいな。それが例えどんなにくだらないことでも。一也君も、そう思ってくれていたら良いのに。