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くるりくるり、反対向き


私には一也君の考えていることがさっぱり分からなかった。いや、今まで一緒に過ごしてきた時間の中で彼の考えが分かったことなんて1度もなかったかもしれないけれど。それにしたって、今までの、少なくとも高校入学以降の一也君からは想像もできないことが起こっている。


「迷惑じゃないの…?」
「何が?」
「私がいることが」
「迷惑だったらそもそも誘ってないけど?」


偶然鉢合わせて話をしたあの日のこと。夜寝る前に一也君から連絡がきた。それ自体にも驚いたけれど、更に驚くべきはその内容。来週から昼休みに時間が取れそうな時は一緒に過ごすか、という思ってもみない提案だった。
そりゃあ私は1分でも1秒でも長く一也君と一緒にいたいわけだから願ったり叶ったりだけれど、一也君の方はどうなのだろうか。自ら提案してきたということは嫌ではないということ?あの一也君が?俄かには信じがたい。それでも、一緒にいられるならそうしたい、と返事をした私は随分と正直者だと思う。
また何かを試されているのかもしれない。そうでなければ何かしらの意図があって提案してきたのか。嬉しいような怖いような気持ちで迎えた月曜日。一也君は昼休みにひょっこりと現れて、どうする?と尋ねてきた。
どうする?って、それを決めるのは私じゃなくて一也君だ。だから、どっちでも良いよ、などという曖昧な返事しかできなかったのだけれど、一也君はそんなことはあまり気にしていない様子で、じゃあ行くか、と教室を出るよう促してきた。そうして慌ててお弁当を引っ掴んで一也君の背中を追って辿り着いたのは野球部のグラウンドのすぐ近くにあるベンチ。野球部でなければまず立ち寄ることのないこの場所を選んだのには特別な理由があるのだろうか。
一也君はベンチに座って普通にお昼ご飯を食べ始めたので、私も少しだけ距離を置いて隣に座らせてもらいお弁当に手を付ける。何かを話すわけでもなく食事に集中すること数分。先に食べ終えたらしい一也君は何かをパラパラと真剣に見始めてしまうし、私がここにいても良いのかどうか不安になってきたところで繰り出したのが先ほどの会話だ。
言い方にやや棘はあるけれど、どうやら迷惑ではないらしい。視線は相変わらず手元のものに注がれたまま。そういえば私とは、今日まだ1度も視線が合っていない。


「それ何?」
「スコアブック。試合の経過が全部書いてある」
「へぇ…すごいね」
「この場面で相手がどんな攻撃を仕掛けてきたか、守備はどうだったか、色々考えて次の試合に向けて研究してんの」
「ふーん…」


野球はルールが分かる程度で、凄く詳しいというわけではない。けれども、一也君が野球に対して一生懸命だということは素人の私にもよく分かった。難しい顔をしながら記号の羅列と睨めっこ。主将になったから、というわけではないのだろう。一也君はきっと、勝つためならどんなことでもやりたいと思っているだけに違いない。
9月。ジリジリと照り付ける太陽の日差しはまだまだ強い。かろうじて日陰になっているとは言え、そこまで風が吹いていない今日は特に、座っているだけでもジワリと汗が滲み出す程度には暑かった。
一也君は暑くないのだろうか。お弁当を食べ終えて隣の様子を窺うと、一也君の首筋には薄っすらと汗が滲んでいるように見えた。やっぱり暑いんだ。じゃあ教室に戻った方が良いのでは?などと考えたところで、わざわざ一也君がこの場所を選んだ理由は何だろうかという疑問が浮かぶ。
話しかけたい。けれど、スコアブックを見るのに集中しているところを邪魔するのは憚られる。ただ、昼休みが終わるまでこのまま無言で過ごすのも切ないというか、なんというか。色々考えたくせに結局のところどうにもできなかった私は、分かりもしない一也君の手元のスコアブックを覗き見ることで落ち着いた。


「分かんの?」
「…全然」
「じゃあ見てもつまんねぇだろ」
「他にやることないし…邪魔したくもないし…」
「教室。戻るか」


私の視線に気付いた一也君は、スコアブックをパタンと閉じて立ち上がろうとした。けれどそれを止めたのは他でもない私。シャツの袖を引っ張って、ベンチに座ったままで良いと暗に伝える。だって、一也君と折角の2人きりなのに。ここで教室に戻ったら貴重な一也君との時間が減ってしまうではないか。
一也君は私の無言の訴えに対して何も言わず抵抗もせず、また座り直してくれた。そうして再びスコアブックを開きながら、暑いな、と。独り言なのか、私に話しかけているのか分からない程度のボリュームで呟いた。


「…話しかけても良い?」
「ダメって言った覚えねぇけど」
「じゃあ遠慮なく話しかけるよ?」
「どーぞ?」
「どうして昼休み一緒に過ごそうって言ってくれたの?」
「……別に。なんとなく」


なんとなく、で一也君が貴重な昼休みの時間を私なんかに与えてくれるとは思えないのだけれど。


「この場所を選んだ理由は?」
「特に意味はない」
「ふーん…そっか…」


そこで会話は終了。元々、私が声をかけなければ会話なんてほぼ成立していなかっただろうから、沈黙でも不思議と気まずさはない。ただ少し、寂しいなって思うぐらいで。けれども邪魔をしたくないという気持ちの方が勝るから、一緒にいられるだけ良いかと思うことにした。
ぼんやりと空を仰げば、ところどころに雲はあるもののほとんどが綺麗な青色で埋め尽くされている。明日も晴れかなあ。5時間目って何の授業だったっけ。そんなどうでも良いことばかりを考えていた時。
急に視界が暗くなったかと思ったら唇に何かが触れた。それはほんの一瞬の出来事。明るくなった視界の向こうには、相変わらず眩しいほどの青が広がっている。え。何。今何が起こったの。


「もう少し可愛い顔できねぇの?」
「いま、もしかして、かずやくん、」
「そろそろ教室戻んねぇと授業遅れるな」
「ちょっ、ま、」


スコアブックをパタンと閉じて立ち上がった一也君は私を見下ろしてニヤリと笑った。その笑みによって、先ほどの出来事が何だったのか、はっきりと理解する。と同時に、かあっと全身が熱くなっていく感覚。
そういうことをさらりとしてくるようなタイプじゃないくせに。そもそもそんな雰囲気なんて全然なかったし、もっと言うならまだそこまで甘い関係ではないと思っていたのに。やっぱり私には一也君の考えていることがさっぱり分からない。


「明日もここで良い?」
「…うん」
「暑いけど」
「っ、」


一也君の手の甲が私の首筋をなぞって、じわりと滲んでいた汗を拭った。汚い、とか、そんなことを思う余裕はない。またじわじわと体温が上がっていく感覚に襲われる。勿論、暑さのせいではなくて。


「…なんで急に、こういうこと…、」
「彼女にこういうことしちゃいけねぇって?」
「そうじゃなくて!今までと違うから…」
「こっちにも色々あるんだよ」


そんな説明じゃ納得できない。けれども、ほんの少しバツが悪そうにそっぽを向いて歩き出してしまった一也君を見たら追求することはできなくて。ちょうどチャイムも鳴り始めてしまったので、今日はこれで終わり。でも、寂しくない。
明日もここで良い?
その一言を思い出せば、明日も一也君に会って話ができると思って胸が膨らむから。