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お揃いなんて素敵じゃない


御幸先輩の家に行く。緊張はするけれど、嫌なわけじゃない。むしろ、誘ってもらえたことはとても嬉しかった。御幸先輩は私に少なからず心を開いてくれているんじゃないかと思えたから。3限目の授業なんてサボって、一緒に御幸先輩の家に行けばよかったなあ、とぼんやり講義を受けていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
バレないよう隠しながらこっそりスマホを取り出すと、つい今しがた考えていた御幸先輩からの連絡で頬が緩む。けれど、その内容には肩を落とさざるを得なかった。


“ごめん、急用が入った。今日の埋め合わせはまた今度するから。”


急用って何だろう。就職内定先から連絡が来たとか?卒論のことで担当教授に呼び出されたとか?いずれにしても、会う時間を少しずらすぐらいじゃダメなのかな。
そんなことを思って、はっとした。私はいつの間にか随分と図々しい考え方をするようになっていたらしい。こんな我儘なことを言ったら、御幸先輩を困らせてしまう。私は心を落ち着かせると、返事を打ち込んだ。


“残念ですけど仕方ありませんね。また今度、楽しみにしてます。”


当たり障りのない、本音を隠した薄っぺらい文面。何かしら返事がくるかなと思っていたけれど、講義中にスマホが震えることはなく。その、急用、とやらに手を取られているのだろうと勝手に判断した。
元々は何の予定もなかったのだから、いつも通り家に帰って、気が向いたら部屋の掃除でもして、夜ご飯を食べてお風呂に入って、好きなことをすれば良いはずなのに、今日はすんなりとそうする気になれない。きっと留守だとは思うけれど、御幸先輩の家に行ってみようかな。どうしてそんな考えに至ったのか、自分でも分からない。けれど、なんとなく思いついてしまったのだ。どうせ私の家に帰る途中で少し寄り道する程度の距離にあるわけだし、それほど時間はかからない。
3限が終わり友達と少し雑談をしてから、私は御幸先輩の家に向かった。急用っていつ終わるのかな。また連絡もらえるかな。そんなことを考えながら歩くこと数分。あっと言う間に辿り着いた御幸先輩の家。勿論、外から眺めていたって御幸先輩がいるかどうかは分からない。
今更ながらに、私は何をしに来たんだと、歩き出そうとする直前だった。私の隣を小走りで通り過ぎていった女性。その女性の行く先を目で追うと、なんと御幸先輩の家に行くではないか。いや、でも御幸先輩と連絡を取り合ったわけじゃなくて急に来訪しただけかもしれないし。御幸先輩は急用で忙しいはずだし。胸さわぎを落ち着けるべく、そんなことを考えてみた。けれど、その考えはすぐに覆されることとなる。
すぐに開いた玄関の扉。女性を招き入れる御幸先輩。急用って、もしかしなくても、その女性との何かなの?彼女の私じゃなくて、見ず知らずの女性との用事の方を優先させたってこと?先に約束していたのは私なのに?ねぇ、御幸先輩。教えてよ。その場に立ち尽くしたまま、根が張ったように動けない私の心の叫びは届かない。御幸先輩は私の存在に気付かなくて、無情にもバタンと扉が閉まった。


「なんで…っ、」


込み上げてくる涙、嗚咽。それらは全て、御幸先輩に聞こえるはずもなく。私はぐちゃぐちゃの顔で家に帰ることで精一杯だった。


◇ ◇ ◇



あの日以来、私は御幸先輩を避け続けていた。そりゃあそうだ。あの光景を見て、私は一体どんな風に接したら良いというのだろう。やましいことは何もないのだと思いたい。信じたい。けれど、たとえ何もなかったとしても、私ではなく別の女性を優先させたということに対する蟠りは残ったままだ。
御幸先輩に直接確認するより他ないということは分かり切っているのだけれど、私はなかなか決心ができずにいた。真実を知りたい。けれど、知りたくない。知ってしまったら、お前はもういらない、と言われてしまいそうで。そういうウザいヤツは目障りだと簡単に終わりを告げられてしまいそうで。こうなると、御幸先輩は少なからず私に心を開いてくれているのではないか、なんて自惚れていた数日前までの自分が、心底浅はかに思えた。
最近は気付けば御幸先輩のことばかりを考えていて、ぼーっとしていることが多い。友達にも心配された。だから、背後から近付いてくる人物の存在に気付かなくて。


「やっと、捕まえた」
「っ!」


聞きたくてたまらなかった、けれど今、最も聞きたくなかった声。求めていた、けれど今、思い出したくなかった温度。恐る恐る振り返れば、そこにはやはり御幸先輩が鬼の形相で立っていた。数日間、連絡を無視され続けたら怒りたくなる気持ちは分かるけれど。何か理由があるから今のような事態になっているとは微塵も思わなかったのだろうか。
掴まれた腕が痛い。腕よりも痛いのは、心だけれど。


「なんで避けてんだよ」
「…心当たり、ないんですか」
「は?俺のせい?」
「私が理由もなく避けると思いますか?」


こんな風に御幸先輩を責めたのは初めてだった。本当は責める風ではなく、穏便に話をしようと、それだけの心の準備ができてから御幸先輩に連絡をしようと思っていたのだけれど、こうなってしまったからには仕方がない。勢い任せに発し始めた言葉は止まらなくて、次から次へと口から飛び出していく。ここが大学構内で、行き交う生徒達がこちらを見ているけれど、もはや気にしている場合ではないのだ。


「私が何も知らないと思っているんでしょう?だからそんな風に平然と責めることができるんですよね?連絡してきたんですよね?」
「ちょっと待てよ、落ち着けって…」
「私は、御幸先輩の、何ですか!」


私の腕を掴んでいた手を振り払った。すなわち、拒絶した。御幸先輩という存在を。睨みつけるように見上げた御幸先輩の顔は、驚きと困惑、そしてほんの少しの焦りを孕んでいるように見えて。ああ、やっぱり私にやましいことをしているんだなと、何か隠しているんだなということを察知してしまった。私がもっと鈍感だったなら、こんな絶望感を味わうこともなかったのに。
いつの間にか私達の周りにはほとんど人がいなくなっていて、チャイムが鳴ったことにより5限目が始まったということに気付いた。私は既に本日の講義を全て終えているので、急ぐ必要はない。だから、ここから逃げられる理由もなかった。


「…とりあえず、うち来るか?」
「行きません」
「ここで話すようなことでもないだろ」
「だとしても、御幸先輩の家にだけは行きません」


私以外の女性がいた空間。まだ、残り香があるかもしれない。それを感じることがこの上なく嫌だったのだ。こんなにも自分が面倒な女だとは思わなかった。嫌われたくない。御幸先輩とこのままの関係でいたい。だから、本音を隠してでも都合の良い女でいよう。そう思っていたはずなんだけどなあ。


「御幸先輩、私に隠していることがあるでしょう?」
「……あるよ」
「どうして…、」
「付き合ってるからって全部言わなきゃいけねぇの?」


そんなことを言っているつもりはない。御幸先輩のことを100%知りたいとか、そういうことを言っているわけではないのだ。ただ、私達の関係に亀裂が生じるような内容を隠さないでほしい。どうせ隠すならもっと上手に隠してほしい。これは、我儘なのだろうか。


「だとしたら、名前と付き合い続けんのは無理だわ」


幸せは脆い。こんなにも簡単に崩れる。ねぇ、壊れたのって、全部私のせいですか?そんなことを尋ねる勇気は勿論なくて。出会った時と同じように冷たい視線を注いでくる御幸先輩に、終わりを感じた。