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夢の中で溺れようか


もしかしたら、これは夢なのかもしれない。あの御幸先輩に抱き締められて、好きだと言われて、キスをされて。あまりにも都合が良すぎる展開に思考が追い付かないから、私はぼんやりと現実逃避してしまった。
けれども、その逃避もいつまでも続けているわけにはいかない。なぜならここは、あの日の夜に嘘を重ねた寝室で、これから起こるかもしれない出来事から目を逸らすわけにはいかないからだ。あの時と違うのは、御幸先輩も私も素面だということ。そして御幸先輩が、自らの意思でこの部屋に連れて来てくれたということ。
ベッドの上に胡坐をかいて座った御幸先輩は、私に手招きをしてくる。緊張した面持ちで近付き恐る恐るベッドの端にお邪魔した私を見て、御幸先輩は、はっはっは、と豪快に笑った。そう、笑ったのだ。あれほど冷ややかな表情しか見せてくれなかった御幸先輩が。
そういえば、先ほどバッティングセンターでも小さく笑ってくれたけれど、今のように本当に愉快そうに笑った姿を見るのは初めてで。緊張なんかよりも先に、御幸先輩はこんな風に笑うんだなあと見惚れてしまった。笑った御幸先輩は、なんとなくいつもよりも幼く見えて新鮮だ。


「今更、緊張してんの?」
「当たり前でしょう…何がおかしいんですか」
「あの時は自分から服脱いだくせに」
「それはっ…!」
「俺に勘違いしてほしかったんだろ?知ってる」


ニヤリと笑う御幸先輩は意地悪だ。何か言い返してやりたい気持ちは山々だけれど、言われたことは全て事実だからぐうの音も出ないというのが非常に悔しい。せめてもの抵抗で視線を逸らそうとしたところで、名前、と。何の前触れもなく名前を呼ばれたものだから、それすらも叶わなかった。この人は、どこまでズルいんだろう。


「名前、違ったっけ?」
「合ってますけど…、なんで…急に…」
「嫌?」
「…そうじゃなくて」
「照れてる、とか?」


分かっていてきいてくるのだから質が悪い。御幸先輩ってこんな性格だったっけ?なんて考え始めても、少し前までの御幸先輩を思い出せないのだから、私の頭はポンコツだ。今、目の前でニヤついているのが、私のカレシになった御幸先輩。その事実がとてもむず痒くて、この上なく嬉しい。何も言えずにいる私に向かって、ん、と両手を広げてみせた御幸先輩は、あざとくも、来る?と小首を傾げて笑っている。
御幸先輩の思い通りになってばかりは癪だから、行きません、とでも言ってみようか。そんな考えが一瞬頭を過ったけれど、それを行動に移せるほどの心の余裕はなくて。残念ながら私は御幸先輩の思う壺だと分かっていながら、自分がそうしたいと思う気持ちを優先させて御幸先輩の胸にダイブしたのだった。


「このままだとマジで襲うけど」
「そのつもりじゃなかったんですか?」
「…へぇ、やる気満々?」
「そうですよって言ったらどうします?」


御幸先輩の顔を見るとうまく言葉が紡げそうにないから、あえて恥ずかしさを押し殺してぎゅうっとしがみつきながら会話を続ける。意外にも、顔を見なければスラスラと強気なセリフが飛び出してくるものだから自分でも驚いたけれど、これではあまりに可愛くないだろうかとも思う。まあ、今更思ったところでもう遅いのだけれど。
暫く返事がないことに不安が募る。調子に乗りすぎてしまったせいで気分を害されたのだろうか。それとも、可愛くないことばっかり言うものだから萎えてしまったのだろうか。襲われ待ちだなんて、とんだ痴女だと自分でも思うけれど、好きな人に触れてほしいと思うのは自然なことではないのだろうか。
沈黙に耐えきれなくて抱き着いていた腕の力を緩めて距離を取り、ちらりと表情を窺う。そして、見るんじゃなかったと後悔した。待ってましたと言わんばかりにほくそ笑む御幸先輩が、私を見つめていたからだ。


「俺に襲ってほしいの?」
「……はい、」
「素直じゃん」
「意地悪しないでくださいよ…だいぶ不安なんですから」
「なんで?」
「自信ないから、です」


御幸先輩に好きと言ってもらえた。キスもハグもしてもらえた。けれどもどこか不安は拭えなくて。安心させる術が身体を重ねることしかないのかと尋ねられたらそれは違うのだろうけれど、私はただ、御幸先輩に求められたいだけなのかもしれない。私という存在を。私が御幸先輩を求めているように。


「自信ないから、ねぇ…」
「御幸先輩の言葉を信じてないわけじゃなくて、あの…」
「そんなの、俺もねぇよ」
「え」
「だから躊躇ってる」
「この先に進むのを、ですか…?」
「こう見えて慎重派なんで」


いつも飄々としていて自信たっぷりで、相手の顔色を窺ったりなんてしない人だと思っていた。だから、何かに躊躇うことなんてないのだろうと思っていた、のに。今まで知らなかった御幸先輩の一面を知れば知るほど、引き込まれる。もう十分すぎるぐらい落ちているはずなのに。後戻りはできないところまで落ち切っているはずなのに。どんどん深みに嵌っていく。あんなに挑発的な言葉ばかり投げかけてきたくせに、そんなことを言うのは卑怯すぎやしないだろうか。


「御幸先輩」
「ん?」
「好きです」
「知ってるけど」
「だから、躊躇わないで」


お強請りと言うべきか懇願と言うべきか、はたまた我儘と言うべきか。私は御幸先輩を求めていて、ただそれを伝えることだけで精一杯だった。そうして奏でた言葉は御幸先輩にとって衝撃だったのか、珍しくも驚きの表情を浮かべていて。けれどもそれは一瞬のこと。気付いた時にはギラついた表情に切り替わっていて、身の危険を感じた。とは言っても、煽ったのは私なのだから、これはいよいよ覚悟を決めるべきなのだろう。


「じゃあ遠慮なく」
「んっ、」


雄の表情となった御幸先輩の顔に見惚れる間もなく唇に吸い付かれ、酸素を奪われる。舌を捻じ込まれているわけではない。それなのに、ねっとりと、執拗に、ただ唇を重ね合わせてくる。食べる、という表現がぴったりであろうその行為は、幾ら鼻から酸素を取り込んでも苦しくて、溺れているようだった。ああ、あながち間違ってはいないか。彼に、溺れているという意味では。
開いていたはずの距離は自然と埋まっていて、私は御幸先輩を跨ぐようにして座っていた。首裏に回した手を嫌がられることはなくて、息苦しさの中で安心する。私の腰に回されている手は間違いなく御幸先輩のものだし、今している濃厚な口付けも御幸先輩から与えられているものだし、このまま幸せを感じながら死んじゃっても良いかなあ、なんて考えている私は、案外まだ余裕なのかもしれない。


「はぁ…っ、」
「舌出して」


漸く心置きなく息を吸い込めると思ったのに、と思いながらも言われた通り舌を出す私は従順だ。舌先を吸われたのを合図に、舌と舌が絡まり合う。キスとは言い難い、ただ唾液を共有するためだけの行為のようなのに、ひどく気持ち良い。それは相手が御幸先輩だからなのだろう。
薄っすらと、閉じていた目を開けてみる。どんな表情をしているのか気になって、ちょっとした好奇心のつもりだったのだけれど。本日2度目の後悔。見るんじゃなかった。
私がそうすることが分かっていたかのように、ばっちりと交わった視線。驚きと羞恥で思わず御幸先輩の舌から逃れて顔を離してしまった私に、今まで見た中で1番妖艶な笑みを浮かべた御幸先輩は。


「名前」


その表情とは裏腹に、ひどく優しく私の名前を呼んだ。その声だけで、私に対する好きだという気持ちが伝わってくる。もしかしたら自惚れすぎかもしれないけれど、どうせならとことん夢を見ていたって良いじゃないか。


「かずや、先輩、」


夢の続き。だから特別に、その名前を呼ぶことを許してね。震える声さえも飲み干すように重ねられた唇は、先ほどよりも余裕がないように感じた。