×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


引っ越すことになったと言われた時は、またか、と思った。
父親はいわゆる転勤族というやつで、引っ越しもこれで何回目になるか分からない。高校3年間は同じところに通いたかったのだけれど、高校生の私が一人暮らしなどできるはずもなく、高校2年生の3月という中途半端な時期に転校することになってしまった。
良くも悪くも転校に慣れていた私は、特に緊張することもなく転校してきた高校―――青葉城西高校に足を踏み入れる。先生の誘導に従い職員室から配属されたクラスへと運ぶ足取りは普段となんら変わりない。
ガラリと扉を開け教室に入ると、どこの転校先でも受ける好奇の眼差し。そんな視線にも慣れきってしまった私は、促されるまま簡単な自己紹介をし、言われた通り窓側の一番後ろの席についた。ざわつく教室内で、私だけが落ち着いているように感じる。


「名字さん」
「何…?」
「私、湯浅琴乃っていうの。宜しくね」
「よろしく」


小さな、けれどしっかりと耳に届いた綺麗な声の主は、大人しそうな隣の席の女の子。ふわりと笑う姿が可愛らしい。人見知りというわけではないけれど(何度も転校しているから人見知りをしている暇もない)、それほど社交的ではない私は言葉少なに挨拶をした。
昔から、感情を表に出すのは苦手だ。だからだろうか、表情や態度があまり変化しないらしく、取っ付きにくいと思われがちな私は、転校するたびに友達作りに苦労する。今回は隣の彼女のおかげで、そんな心配もなく過ごせるかもしれない。私は淡い期待を抱きつつ窓の外へと視線をやった。


◇ ◇ ◇



授業の合間の休憩時間から昼休憩に至るまで、転校初日は質問攻めにあう。
なぜこの時期に転校してきたのか、兄弟はいるのか、どのあたりに住んでいるのか、部活はするのか、趣味はあるか、彼氏はいるか…よくもまあ、そんなに質問のネタがあるものだと感心してしまう。私は全ての質問に端的に答えた。これもいつものことだ。答える内容もいつもと変わらない。
帰る頃には私への興味も薄れてきていて、SHRが終わるとクラスメイト達はそれぞれ部活に向かったり帰路についていった。


「名字さん、一緒に帰らない?」
「湯浅さん…ごめん、気持ちは嬉しいんだけど職員室に用があって…また今度でもいいかな?」
「あ…そうなんだ。残念。じゃあ、また明日…」


有り難いことに隣の席の湯浅さんは私のことを気にかけてくれているようだった。控えめにバイバイ、と手を振る姿はやっぱり第一印象と違わず可愛らしい。
折角だから一緒に帰りたかったなあと柄にもないことを思ったけれど転校初日には多くの提出書類があるため職員室に行かなければならない。私はあまり中身が入っていないカバンを持って教室を後にした。


◇ ◇ ◇



先生に提出した書類の内容をチェックしてもらい、職員室を出る。思っていたよりも時間はかからなかった。これぐらいで済むんだったら湯浅さんと帰れたかもしれない。
先ほど声をかけてくれた彼女のことをぼんやり考えながら帰ろうとした、その時だった。


「もしかして、今日転校してきた子?」
「…そうですけど」
「すごい美人だね!よく言われない?」
「……。何か私に用事でも?」


初対面の私に向かって、恐らくその人にとってとびきりの笑顔で声をかけてきたのは、背の高い整った顔立ちをした男子だった。
大人っぽいし上級生だろうか。いや、3年生は既に卒業しているから学校には来ていないはず。私が転校してきたことを知っているということは、同級生という線が濃厚だろうか。それにしても、随分と自分に自信がありそうな人だ。確かにいわゆるイケメンだと思うしルックスも良いしモテるだろうことは容易に想像できたけれど、声をかけてくる内容がどこかのキャッチセールスのようなのは如何なものか。
褒められているはずではあるけれど、あまりにも軽い調子で言われたためか嬉しいとは思わない。私の素っ気ない(自覚はある)態度を見ても尚、笑顔を絶やさないのは凄いと言わざるを得ない。


「見かけたから声かけただけだよ。俺、及川徹。4月から3年生になる同級生だから…よろしくね!」
「同級生…そうなんだ…」
「名前教えてよ」
「…名字名前」


やはりというべきか、彼は同級生だった。こんなに背が高くて大人っぽい同級生は今まで見たことがなくて少し驚いたけれど、これから1年間、こんなにキャラの濃い人が同学年にいるのかと思うと少し複雑だ。
私はどちらかというとひっそりと穏やかに高校生活を送りたいと思っている。この手の人と一緒にいると、きっとあらゆる人からの注目を浴びて、穏やかな高校生ライフを送ることはできなくなってしまうだろう。
初対面ながら失礼ではあるが、できるだけ関わらないようにしようと決めた私は、じゃあ、もう行くから、と告げてその場を後にした。
流れで名前を教えてしまったけれど、ああいうイケメンくんは沢山いる女子生徒の中のその他大勢に分類される私の名前なんて、いちいち覚えていないだろう。あと数日もすれば春休み。そして4月からは3年生。どうか1年間、平和でありますように。
私は近づく春休みと新学期に思いを馳せながら正門をくぐるのだった。


響いた脳への警告音


BACK |