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社会人御幸×元彼女


※社会人設定


彼と別れてから、もう1年は経ったと思う。未練はなかった。だから新しい彼氏もすぐにできたのだと思うし、その彼氏とは上手く楽しくやれていたと思っている。それなのに、私はどうして今、別れて1年以上経ったであろう彼と並んで歩いているのだろうか。答えは簡単。同窓会の帰り道が一緒になってしまったからだ。
高校時代の同級生が元カレというのは色々と気まずい。今日の同窓会でも「2人はどうなの?結婚秒読み?」なんてきかれてしまって、別れたなんてとてもじゃないが言える雰囲気ではなかった。彼の方も明言は避けていたから、恐らく私と同様、面倒ごとは御免だと思ったのだろう。その流れのままお開きとなったから「お前らは一緒に帰るんだろ〜?」と勝手に見送られてしまい今に至る、というわけだ。
元カレである御幸一也は私の隣をぼけーっと歩いていて、相変わらず何を考えているのか分からない。酔っている感じはないけれど、もしかしたら私が気付かないだけで酔っているのかもしれない。こんなのが世間を賑わせているプロ野球選手だなんて笑わせてくれる。野球をしている時だけはカッコいいのに。


「何?」
「え、なにも」
「ふーん」


私の視線に気付いてこちらに顔を向けてきた彼から逃げるように、私はぐりんと顔の向きを正面に戻す。夜だけれど通りに面したお店の明かりのお陰で真っ暗というわけではないから、彼の顔はよく見える。黙っていればイケメン。未練はないと言ったけれど、この顔を見たらちょっとは後悔の念が湧き起こってこないこともない。


「新しい彼氏できたんだよな?」
「……うん、」
「あれ?嬉しそうじゃないじゃん」
「もう、別れたから」
「は?もう?」
「うるさいな。一也には関係ないでしょ」


どちらかというと口下手な彼が珍しく話題を振ってきたかと思ったら、よりにもよって最も触れられたくない内容で口調を荒げてしまう。本当に大きなお世話だ。この男はいつも土足で人のプライベートゾーンに踏み入ってくる。そういうデリカシーがないところが嫌いだった。そう、嫌いだったのだ。それなのに、なぜだろう。口調ほどイラついていないのは。
私が彼と別れた理由は、プロ野球選手としてどんどん有名になっていく御幸一也という男の隣に立っていられる自信と勇気がなくなったから。私なんかではこの男を支えられないと思ったから。そして、彼は私を必要としていないと感じたから。
あれ、これじゃあ私、まだ一也のことが好きみたいじゃん。違う違う。私はもっと身の丈に合ったそれなりの彼氏とそれなりの人生を歩みたいと思ったのだ。未練なんて…、未練、なんて。


「じゃあ実家に戻んの?」
「え」
「彼氏と同棲するってわざわざ俺に報告してきたのは誰だったっけ?」
「あー……うん、まあ…でも一人暮らししようかなとも思ってる」


あなたとは別れましたけどもう大丈夫ですから心配しないでください!という意味を込めて彼に報告紛いなメールを送ってしまったのが仇になった。表情には出ていないけれど、情けない惨めな女だと心の中で嘲笑っているに違いない。
別れ話を切り出したのは私の方。詳しい経緯は説明せず、もう無理、という言葉で一方的に終わりを申告したら、彼は、分かった、とあっさり引き下がった。その時確信したのだ。彼にとって私は必要な存在ではなかったのだと。私と付き合っていたのは、別れるのが面倒臭いだけだったのかもしれないと。
赤信号で立ち止まる。彼はどこまで行くのだろう。いつまで一緒なのだろう。信号、早く青にならないかな。そう思いながらそわそわしていたら名前を呼ばれた。とても馴れ馴れしく。付き合っていた頃と同じように。


「何」
「いや、まあなんつーか…」
「別にいいよ。無理して慰めてくれなくても」
「俺んち来れば?」
「へ?」


予想だにしない発言すぎてマヌケ面を晒してしまう。俺んち来れば?とは。まさか、今からうちに来て飲み直そうぜ、という意味ではないだろうし、同棲中の彼氏にフラれた私を哀れに思って居候として住まわせてやろうとか、そんな親切な男じゃないことも知っている。それならば彼の発言の真意とは。
いまだにパニック状態の私に、彼は畳みかけるように言葉を紡ぐ。


「どうせ俺以外の男じゃ相手すんの無理だろうから」
「な、なにを失礼な……!」


青信号になった。先に歩き始めた彼に、ほら行くぞ、と声をかけられるまで、私はその場から動くことすら忘れていたけれど、この状況では無理もないと思ってほしい。
さっさと前を行く彼に慌てて小走りで駆け寄る。今彼はどんな気持ちでいるのだろう。少しでも何か分かればと思い顔を覗き見た私は、そこで漸く気付いた。彼の耳がほんのり赤く色付いていることに。何それ。澄ました顔しちゃって、全然キマってないじゃん。イケメンのくせに、台無しだよ。


「ちゃんと言ってくんないと分かんない」
「は?」
「俺んち来れば?ってどういう意味?」
「それは…だから……」


首裏に手を回してちらりとこちらに視線を流してきた彼は、私がニヤケていることに気付いたらしい。お前な…!と頭をぐしゃぐしゃにされてしまったけれど、ちっとも嫌な気持ちにはならなかった。
どうしよう。全然未練なんてないと思ってたけど、こんなデリカシーのない男はもう願い下げだと思っていたはずだけれど、ちょっとときめいちゃった。失恋後だしお酒飲んだ後だから正常に判断できてないのかも。ていうかそもそも、私は本気で彼に未練がなかったのだろうか。ほんの数分前、自分の心の中で未練がなかったと断言できなかった時点で、その答えは出ていた。
彼は野球以外のこととなると途端に不器用になる。そのことを1番分かっているのは私だと思う。それなのに、どうして別れを告げた時に彼の気持ちを汲み取れなかったのだろう。今みたいに、彼の顔を見ることなく去ってしまったのだろう。私も大概不器用すぎて笑ってしまう。
先ほどの彼の発言は随分と回りくどい。一緒に住もう、とか、もう1度やり直そう、とか、そういうストレートな言い方をしてくれたらこちらだってもう少し素直に受け止めることができたかもしれないのに、すぐに憎まれ口を叩いてくるものだからムードの欠片もない。それでも、


「前向きに検討させていただきますね」
「お前に選ぶ権利ねぇから」
「横暴!」


次の同窓会では、もしかしたら良い報告ができちゃうかもしれない、なんて考えている私は、この上なく都合のいい女なのかもしれない。けれども私と同じぐらい都合のいい男は、愛の言葉を囁くこともなく私を手繰り寄せて満足そうに笑っているから、私達ってやっぱりお似合いなのでは?と自惚れてしまうのだ。