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秘密は愛で溶けました


※社会人設定


迂闊だった。全く警戒していなかったわけではないけれど、まさか私みたいな女に記者がつき纏っているなんて、思いもしなかったのだ。私は今日発売されたばかりの週刊誌を食い入るように見つめて、何度目かの溜息を吐いた。
週刊誌の見出しは「イケメン俳優と美人ニュースキャスターの熱愛発覚!」というありきたりなもの。その美人キャスターというのが、何を隠そう私である。美人と言っていただけるのは有難いけれど、事実確認もせずにすっぱ抜かれるのは迷惑極まりない。
その件に関して、私は朝からずっと上司に質問責めにされていた。記事に書いてあることは本当なのか、写真はいつのものなのか、心当たりはないのか、エトセトラ。最終的に記事の内容が全くのでたらめであるということは理解してもらえたけれど、注意力が足りないとお叱りを受けてしまった。

ニュースキャスターとして三年目。まだまだ若手で大きな番組の出演は数えるほどしかしていない。注目されるような華々しいことは何一つしていないというのに、この業界にいるというだけでこんなにも簡単にプライベートを脅かされてしまうことに恐怖を覚える。
しかも今回私との熱愛報道をされてしまったのは、有名なイケメン俳優さん。上司や他の同僚とともに赴いた会食後にたまたま二人で話をしていたところを写真に撮られてしまったらしい。あちらの事務所は既に熱愛報道の否定コメントを出しているし、こちらも間もなく同じように否定コメントを発表するだろうから、きっとそのうち落ち着くだろうけれど。私は憂鬱だった。
私の方はまだ良いけれど、あちら側は大変な騒ぎになっているに違いない。本当に申し訳ないことをしてしまった。既に会社側からきちんと謝罪はしているだろうけれど、個人的にも謝っておきたいところだ。
今日は運よく休みなので、自宅で大人しくしておけと仰せつかった。本当は買い物に行きたいと思っていたけれど、またどこで記者に見られているか分からないから出ることはできない。それに、今回は誤認報道だったからほとぼりが冷めるのを待てば良いだけの話だけれど、もしも本当の熱愛報道がすっぱ抜かれてしまったらと思うと気が気ではなかった。

本当の彼氏には、今回の報道についてまだ説明できていない。シーズン中は忙しいから、私の方からは極力連絡を取らないようにしているのだ。彼は野球のこと以外にはほとんど興味がなく世の中の情報に疎い人だから、まだ今回の報道を知らないかもしれない。それならそれで好都合だ。先に事の次第を説明することができる。と、思っていたのだけれど。
珍しく彼から電話がかかってきたのは、夜七時を過ぎた頃。どのタイミングで連絡しようか迷った結果、夜電話をしようと決めていたのだけれど、家の掃除やら夜ご飯の準備をしていたらこんな時間になっていた。それにしても、まさか彼の方から電話をしてくるなんて。私はドキドキしながら彼からの電話を取った。


「もしもし」
「あー、俺だけど」
「お疲れ様。練習は?」
「とっくに終わった。それより、俺って二股かけられてたの?」
「そんなわけないでしょ!」


どうやら既に報道のことは耳にしているらしく、彼は笑えないジョークをぶちかましてきた。慌てて否定する私に、電話の向こうの彼は「はっはっは!そうだよなー」と笑っている。こっちはちっともおかしくないんですけど。


「あれは仕事で食事に行った後ちょっと挨拶してただけで、熱愛とかじゃないから!」
「分かってるって。名前は俺一筋だもんな?」
「……そう、だけど」


そうだけど、直接そう言われると恥ずかしいし負けた気分になる。まあいっか。変な誤解はされていないみたいだし、彼は私のことを信じてくれているみたいだから、この話はこれでおしまい。と、思ったのに。


「でたらめとは言え、結構ショックだったなあ」
「え」
「シーズン中忙しくてなかなか会えないプロ野球選手より、仕事の都合つけていつでも会えるイケメン俳優の方がいいのかな〜って不安になったし」
「う、うそでしょ。そうやってまた私を揶揄って!」
「俺は名前が不安にならないように、誤解されるようなことは一切してねぇのにな〜」


そう言われるとぐうの音も出ない。彼は超有名プロ野球選手であるにもかかわらず、プロ入りしてからただの一度も熱愛報道をされたことがなかった。私と付き合っていることも、いまだにバレていない。
勿論それは一部の関係者や友人の協力があって隠し通せているわけだけれど、私以外の女性との熱愛報道もされていないのは事実だ。彼ほどの有名人が誤認報道をされないよう気を付けているのに、私のような知名度の低いニュースキャスターがご覧の有様では、そりゃあ文句の一つも言いたくなってしまうだろう。私はか細い声で「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。


「本当に反省してる?」
「してるよ。もう絶対にすっぱ抜かれたりしない」
「ふーん……絶対、ねぇ?」


そこでピンポーンとチャイムが鳴った。こんな時間に誰?と携帯片手にテレビインターホンを確認すれば、そこには電話の相手である御幸一也の姿があるではないか。


「入れてくんない?」
「な、なんで、」
「男連れ込んで浮気してないか確認しに来た」
「だから、そんなことするわけないでしょ!」
「分かってるって。冗談。良いからとりあえず開けて」


冗談にしてはかなりブラックだけれど、彼がわざわざ来てくれたのに追い返すわけにはいかない。私は開錠ボタンを押して彼を招き入れることにした。
もう一度玄関のインターホンが鳴って扉を開ける。するとそこにいたのは、彼だけではなかった。驚いている私をよそに、彼と、もう一人の男の人は顔を見合わせて「ほんとだっただろ?」と話をしている。いや、待って。本当にどなたですか。


「あの、そちらの方は……?」
「記者」
「記者!?」
「しかも名前のでたらめな熱愛報道の記事書いた記者さん」
「は!?」
「どうも。その節はすみませんでした」


いやいやいやいや。話の流れについていけない。まず、すみませんでした、で済む話じゃないし。どこでどうやって知り合ったのかは知らないけれど、どうして彼と一緒に記者がいるのかも全く理解できないし。あまりのパニックでフリーズしている私をよそに、彼は記者と話をしている。


「じゃあ写真撮らせてもらっていいんですか?」
「どーぞどーぞ」
「へ?え、ちょっ」
「明日発売の新聞に載せちゃっていいんですよね?」
「はいはいどーぞ」
「まっ、えっ、何?どういうこと?」
「後で説明する」


後で、って、それで取り返しがつくのだろうか。私はわけもわからず記者に彼とのツーショットを撮られ、満足した記者を見送ってから家の中に入った。何が何だかさっぱり分からない。


「ま、そういうわけだから」
「そういうわけってどういうわけ!?明日私と一也の熱愛報道が新聞の一面に載るってこと!?」
「そう。公式発表ってやつ」
「そんな……会社に言ってないよ、私」
「そこらへんの根回しは大丈夫」
「大丈夫って……なんでこんな急に……」
「ムカついたから」
「へ?」
「俺以外の奴とすっぱ抜かれんのムカついたから、名前は俺のだって公言しとこうと思って」


そんなめちゃくちゃな子どもみたいな理由で、彼は私と付き合っていることを公表することを決めたのか。球団側もうちの会社も、それで良いのだろうか。そこらへんのことはさっぱり分からないけれど、わざわざ記者を連れて来たぐらいだから、公式発表するというのは本気なのだろう。


「私と付き合ってること、本当に公表しちゃっていいの?」
「ダメな理由ないじゃん」
「でも、今までずっと隠してきたのに」
「あー……本当は全然熱愛報道されないまま、御幸一也電撃結婚!って見出しで全紙面飾ってやろうと思ってたんだけど、誰かさんが危なっかしいからプラン変更」


今日は良い日なのか悪い日なのか。感情の置き所がなくて、私はおろおろするばかりだ。彼はそんな私の反応を面白がっているようで、ニヤニヤした笑みを浮かべている。タチが悪いというか、突拍子もないというか、彼は私を振り回す天才だと思う。まあ今回は私も彼を振り回してしまったかもしれないけれど。
じわじわと状況を飲み込んだ私は、漸く喜びと焦りを感じ始める。彼と堂々とお付き合いできるのは嬉しい。けれど、それって色々大変なんじゃないだろうか。色んな人に何か言われるのかな。ファンの人から嫌がらせされたらどうしよう。そんな心配をしたってどうしようもないけど。


「絶対すっぱ抜かれないっていう約束、早速破っちゃってんじゃん」
「それは一也が記者を連れて来たからでしょ!すっぱ抜かれたわけじゃないもん」
「まあそうか。とりあえず、明日は色々忙しくなると思うからそのつもりでヨロシク」
「……シーズン中に迷惑かけてごめんね」


私は忙しくなろうが構わない。けれど、私の失態のせいで彼が野球に集中できなくなってしまうのは心苦しい。彼女失格だと思う。
しょんぼりと肩を落として俯く私の顔を覗き込んできた彼は、ごつごつした指で顎を掬って上向かせる。その表情は、相変わらずにこやかだ。


「迷惑だったらそもそも自分から公表するとか言い出さないし」
「それはそうかもしれないけど」
「反省してんなら落ち込むより他にすることあんじゃねーの?」


彼はそう言うと、ニィッと笑って顔を近付けてきた。この流れですることなんて私には一つしか思い浮かばなくて、吸い寄せられるように唇をくっ付ける。


「そんなんじゃ足りないけど」
「一也」
「ん?」
「好き。これからもずっと。一也だけが好きだよ」
「珍しく素直じゃん」


そんなの当然だけど、と言いながらも彼は嬉しそうに顔を綻ばせているから、満更でもないのかもしれない。ぎゅうぎゅうとしがみついて、また触れるだけのキスを落とす。だからそんなんじゃ足りねーんだって。そう言って降ってきた口付けはどこまでも優しくて愛おしかった。

翌日、案の定というべきか、彼は多くの報道陣から突撃取材されていた。ちなみに私は会社から正式な書面を出すぞと言われただけで終了。有名度の違いが顕著に表れている。
仕事の合間に彼との関係について冷やかされることはあったけれど、おおむね平和。彼が報道陣にどんな対応を取ったのか知らぬまま迎えたお昼休み。私はワイドショーを見ながら危うく飲んでいたお茶を噴き出しそうになってしまった。


「御幸さん!名字さんとの熱愛報道は事実なんですか?」
「はい。記事の通りです」
「名字さんといえば昨日イケメン俳優のKさんとの熱愛が週刊誌に掲載されていましたが、それに関してはお話されましたか?」
「話しましたよ。双方の会社や事務所からのコメント通りだと聞きました」
「不安はなかったということですか?」
「彼女のこと、信じてるので」
「失礼ですが、御幸さんには女性ファンが沢山いらっしゃいますよね?浮気の心配はないのでしょうか?」
「絶対ないですね」
「名字さん一筋ということでよろしいでしょうか?」
「もちろん。そういうわけなんで、彼女には手出さないようにお願いしまーす」


軽い調子でヒラヒラと手を振りながら去って行く彼をテレビ画面越しに眺めている自分の顔に、熱が集まってくるのが分かる。これだけでも十分恥ずかしくて堪らなかったのに、去りかけた彼が立ち止まってくるりと向きを変えて報道陣に言った一言は、私にとどめを刺した。


「彼女との件に関しての報道なら次は結婚報告の時になると思うんで、その時がくるまでは温かく見守っててください」


別にそんなこといちいち言わなくて良いのに!と思いつつ、頬が緩んでしまう私は幸せボケしすぎているのかもしれない。「その時」がきたら、今度は私も彼の隣で堂々と言ってやろう。「彼のことを信じて一生ついて行きます」って。