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社会人倉持×学生彼女


※社会人設定


大好きな人がいる。それだけで毎日幸せだと思えるなんて、人間ってのは随分単純にできているなと思う。道端に咲いている花を可愛いなと思えたり、頬を撫でる風を心地良いと感じたり、それらは全て、私が恋をしているから穏やかに感じられることであって、つまり何が言いたいかというと、私は幸せだということだ。
着慣れた制服に袖を通し、通い慣れた通学路を歩く。今日は彼に会えるかな、なんて思いながら登校する毎日は楽しい。友達には、なんか毎日楽しそうだねーとか、幸せそうだねーとか言われるけれど、その理由は言っていない。私が恋をしているから、なんて言おうものなら、どんな人!?写真ないの!?と食い付かれるのが目に見えているからだ。
私としては別に食い付かれたっていいし、得意げに彼氏の自慢をしたって良いのだけれど、彼の方がそれを良しとしないから仕方がない。10歳も離れている学生と付き合ってるなんて知り合いにバレたら色々まずいんだよ、とは彼の言い分である。
そう、私の彼氏である倉持さんは私より10歳も年上の社会人だ。出会った時はまさか恋人同士になるなんて思っていなかったのだけれど、あれよあれよという間に私は倉持さんに惹かれていった。
倉持さんがどう思っているのかは、正直なところ今でも分からない。私が一方的に押し切った形でお付き合いが始まったし、倉持さんのその性格上、ストレートに好きだと言われたこともない。けれども、付き合っているということは少なからず私に好意を持っているはずだと信じている。


「彼氏ができたら教えてよね〜!」
「分かってるって」


こんなやり取り、日常茶飯事。もう彼氏いるけど、なんて勿論言えない私は、いつも通りに笑いながらその場をやり過ごした。


◇ ◇ ◇



倉持さんに会えるのは大体週末だけ。にもかかわらず、水曜日なのに、珍しく倉持さんから連絡があって会うことになった。夜ご飯を一緒に食べるだけだとしても、私にとっては立派なデートだ。学校から急いで帰って、私服に着替えて髪を整えて、お母さんに夜ご飯はいらないから、と告げて待ち合わせ場所に向かう。
まだかな。もう少しで来るかな。そわそわしながら倉持さんを待つこと5分ほど。そう、時間にすればたったそれだけ。それでも私には何時間にも感じるほど待ち遠しかった。
スーツ姿の倉持さんを見つけただけで私の胸が高鳴る。倉持さんの方はというと、私の姿を見つけても特に表情の変化はなかったけれどいつものことだ。


「お疲れ様でした」
「飯、何が良い?」
「倉持さんと一緒なら何でも」
「お前、それしか言わねぇよな…ま、良いけど」


だって本当のことなんだもん。私はまだ子どもで、倉持さんは大人で。だから開き直って、私はいつも甘えてばかりだ。倉持さんはそれを嫌がる素振りも見せず、今みたいに苦笑するだけ。大人の余裕ってやつなのかもしれない。
倉持さんは特別高級なお店とかオシャレなお店とか、そういうところは選ばないけれど、ファミレスみたいなリーズナブルすぎるところも選ばない。なんとなくだけれど個室があるお店を選んでくれているような気がする。恐らく、誰かに見られたら困るというのが大前提にあるからなのだろう。今日もこじんまりとした個室のあるお店に連れて来てくれた。


「倉持さん、今日は水曜日なのに大丈夫なんですか?」
「あ?あー…まあ、たまにはな」


歯切れの悪い返事をする倉持さんに少しだけ違和感。もしかして何か私に話があって呼び出したのだろうか。それも、言い出しにくい内容で。倉持さんと会った時の胸の高鳴りとは違う意味で、心臓の鼓動が少し速くなる。
倉持さんは私と一緒にいる時にお酒を飲まない。私に合わせてくれているのか、ソフトドリンクとかノンアルコールビールを頼んでいる。飲んでも良いんですよ、と言ったこともあるけれど断られてしまった。私がもっと大人になったら一緒にお酒を飲んでくれるのかなあ、なんて考えることもよくある。
いつも2人でいる時に話すのは私の方で、倉持さんは聞き役。学校でのこととか、最近見たテレビの話とか、くだらないことばかりだけれど、倉持さんは上手に相槌をうってくれる。口調はぶっきらぼうだけれど、なんだかんだで優しい。私は倉持さんのそういうところに惹かれたんだと思う。


「それでね、彼氏できたら教えてねってまた言われちゃったんです。しつこいですよねぇ」
「…そうだな」
「倉持さん?」
「その話、何回もきいた」
「そうですよね…ごめんなさい」


なんだか責められているような発言に、思わず謝ってしまった。空気が一気に重苦しくなって、料理を口に運ぶ手も止まる。急に喉がカラカラになってきた気がして、私はジュースを流し込んだ。それでもカラカラな喉は、それまで饒舌だったのが嘘のように何も言葉を発せなくなってしまった。
今まで、こんな空気になったことはない。不穏な空気が漂って、嫌な予感がし始める。もしかして今日私を呼び出したのって、別れ話とか、するため?


「前から言おうと思ってたんだけどな」
「はい」
「俺じゃない方が良いんじゃねぇの?」
「……どういうことですか」
「そのまんまの意味。こんなオッサンじゃなくて、同い年ぐらいのやつと付き合った方が良いんじゃねぇかってこと」
「どうして…どうしてそんなこと言うんですか…!」


嫌な予感は的中。
ちゃんと好きだと伝えた。それで倉持さんは、分かった、と返事をくれた。誰に知られていなくても良い。私は好きな人と一緒にいられる時間があったらそれだけで充分だと思っていて、だから今の関係に不満なんてない。
どうして今更、そんなことを言うのか。私が子どもだから?そんな風に言って、私と別れたいだけ?大人の女の人の方が良いって思われちゃった?考えれば考えるほど目頭が熱くなってくる。


「世間体とか気にして付き合うの、疲れるだろ」
「私、そんなこと思ってません」
「友達にも言えねぇ彼氏とか、いても意味ないんじゃねぇか?」
「私は、倉持さんが好きだから!そんなの関係ない…終わりにしたいのは倉持さんの方じゃないんですか?」
「は?」
「子どもの私と付き合うのが疲れちゃったんでしょう?周りにバレないように学生と付き合うの、そりゃあ疲れますよね。ちゃんと好きだって言ってもらえたこともないし、よく考えたら私が一方的に言い寄っただけ…っ、」


まくし立てるように言葉を吐き出していた私の声を遮るように机をドンと叩いた倉持さんは、眉間に皺を寄せて怒っているようだった。
座敷席。向かい側に胡座をかいて座っていた倉持さんは、その形相のまま立ち上がって私の方に近付いてくるとしゃがみ込んで。流れるような動作で、唇を押し当ててきた。
キスをしたのは、これが2回目。付き合い始めて少し経ってから大切なファーストキスを倉持さんに捧げて、それからはそういう行為は一切なかった。それが不安材料のひとつだったのかもしれない。その1回だけで手を出してもらえないということは、やっぱり彼女として、女として、魅力がないからなのかって。


「俺は好きでもねぇヤツにこんなこと何回もしねぇよ。バーカ」
「…でも」
「友達に俺のこと言えねぇのを遠回しに文句言ってくるから、別れた方が良いんじゃねぇかって思っただけだっつーの。こっちはあんまり会えねぇことにイライラしてるっつーのに…」
「え、」
「あ、」
「…倉持さんも、私にもっと会いたいとか、思ってくれてるんですか…?」
「……ああそうだよだったら悪ぃかよ!」


勢い余って口走ってしまったのだろう。倉持さんはヤケクソ気味に言いながらそっぽを向いた。先ほどの鬼のような形相とは打って変わって、恥ずかしそうに耳を赤く染めている姿が新鮮で嬉しい。


「倉持さん。私、やっぱり倉持さんのこと大好きです」
「そんなの知ってる」
「倉持さんは?」
「はあ?さっき言っただろ」
「もう1回。ちゃんとききたい」
「…あーくそ…カッコ悪ぃな…」


頭をガシガシと掻き毟りながら、やっぱりそっぽを向いたままの倉持さんは、それからとても小さな声で愛の言葉を囁いてくれた。ついでに、今日呼び出したのはただ会いたいと思ったからだということも。
年の差とか、世間体とか、子どもの私にはまだあまり分からないけれど。ずっと内緒のままで良いから、倉持さんのことを好きなままでいたいな。それを再認識できた幸せな日だった。