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亮介と長身女子


自分より身長が高い女の子ってどうなんだろう。ある人を好きになってから、私は元々コンプレックスだった身長を更に気にするようになっていた。というのも、私の好きな人は女である私よりも背が低いのだ。クラスの男子が話していたことを思い出して、私はまた1人で落ち込む。
彼女の背が自分より高いって嫌だよなあ。勿論、その一言は私に向けて投げかけられたものではないのだから、彼らに悪気はなかっただろう。けれども私はその一言をきいたばっかりに、こんなにも悩むようになってしまった。
私だって、好き好んでこんなに成長したわけではない。お父さんもお母さんも背が高いし、兄弟も背が高いから、これはきっと遺伝なのだ。選びようもない。女友達はモデルみたいでカッコいいじゃん、と嘘か本当か分からない慰めの言葉をかけてくれるけれど、私はカッコいい女ではなく可愛い女の子になりたい。小さくてふわふわしていて、みんなから愛されるような、そんな女の子だったならこんなに悩むことなんてなかっただろうに。


「眉間。皺寄ってるけど」
「え、あ、そう?」
「何?なんか悩み事?」
「ちょ、ちょっとね…」


真剣に悩みすぎた結果、意中の彼に不細工な顔まで見られるハメになってしまい、気分はどん底だ。そう。私の眉間の皺を指摘してきた彼、小湊亮介こそ、私が想いを寄せる人物である。悩み事?と尋ねられて、上手く取り繕うこともできずに下手くそな切り返しをしてしまったばっかりに、小湊君は怪訝そうな表情を浮かべている。


「そんな顔するほど深刻なの?」
「大したことじゃないの!いや、大したことだけど、んーと…とにかく、小湊君が心配するようなことじゃないから」
「…へぇ…」


どうして私は、はぐらかすという能力がこんなにも欠如しているのだろう。焦って捲し立てるように言ったセリフに、きっと小湊君は不信感を抱いている。けれども、優しさなのか、ただの気紛れか。どちらにせよ、小湊君はそれ以上、私を問い詰めたりしてくることはなかったのでほっとした。
そんなやり取りをした数日後のこと。放課後の教室で、所謂、女子トークに花を咲かせている時に事件は起きた。
友達に、私の好きな人は誰なのかと尋ねられて言うのが恥ずかしくなったものだから、相変わらずの下手くそなはぐらかし方を続けていると、小湊君とか?と、言い当てられてしまったのだ。咄嗟に、違うよ!と否定したけれど、ニヤつく友達の視線は否定の言葉を信じてくれていないようで。どうしたものかと口から飛び出したのは、私の悩みを逆手に取った真っ赤な嘘だった。


「私、自分より背の低い人には興味ないもん」
「ふーん、そうなんだ」
「え…小湊、君…、なんで…」
「タオル忘れたから取りに来ただけ。続けていいよ」


背後から聞こえた声に愕然としたけれど、後の祭り。小湊君はいつもと変わらない涼しげな表情で自分の席からタオルを取ると、そのまま教室を出て行った。どうしよう。完全にきかれてしまった。というか、誤解させてしまった。私は身長なんて気にしていないのに。
でも、よくよく考えてみたら、小湊君は私に好かれようが嫌われようがどちらでも良さそうな反応を示していた。ということはつまり、失恋ってやつじゃないか。脈なしだとは思っていたけれど、やはり私のような女子とも言えないようなヤツではダメだということか。そりゃそうだよね。でもどうせなら、こんな後味の悪い失恋の仕方じゃなくて潔く玉砕したかったなあ、なんて思うけれど、全ては私が招いたことだ。
それからも女子トークは続けられたけれど、皆が話している内容は何ひとつ頭に入ってこなかった。人の恋話をきいて盛り上がれるほど、今の私には元気も余裕もない。結局、結構遅くまで残って話し込んでいたけれどそろそろ帰ろうということになり学校を出る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。帰る方向が一緒の友達はいないので、私は1人、家までの道のりを歩く。
明日、小湊君に謝った方がいいかなあ。失恋云々は置いておいて、あんなことを言われて良い気持ちはしないだろうし、失礼なことを言ってしまったという事実に変わりはない。もしかしたら小湊君は、私と正反対の悩みを抱えているかもしれない。低身長であることをコンプレックスにしていたとしたら、私の発言は本当に傷を抉る結果にしかなっていない。やっぱり、謝ろう。そう決めた直後だった。
私の進行方向の左手にあるコンビニから、つい今しがた、というよりここ最近ほぼずっと私の脳内を占領していた小湊君が現れて、反射的に立ち止まる。その不自然な動きに気付いたらしい小湊君は私の存在を認めて、驚くでもなく無視するでもなく、なんと近付いてきた。さっきのことがあって、よく私のことを避けずにいてくれたなと嬉しい反面、何を言われるのかと恐ろしい気持ちもある。つまり私の心臓は口から飛び出してしまいそうなほどバクバクだ。


「こんな時間まで話してたんだ?女子ってそういうの好きだよね」
「あの、小湊君、えっと…その…」
「さっきのことなら気にしてないから。別に謝らなくていいよ」


私が謝罪の言葉を述べるより先にそう言われてしまっては、私の口からは何も紡ぎ出せなかった。それでも零れてしまったのは、ちょっとした本音。違うの…と。言い訳染みた言葉が勝手に零れ落ちてしまったのだ。小湊君はそれを拾い上げてくれたようで、何が違うの?と私に問いかけてくる。
何がって、そりゃあ私の言ったことが、だ。あんなこと思っていなかった。恥ずかしくて、つい嘘を吐いてしまった。本当は、私、小湊君のこと。小湊君の質問に答えようとすれば必然的に自分の想いも暴露しなければならなくて、さすがにそれは躊躇われたので口を噤むことしかできない。


「何が、違うの?」
「……ごめん、」
「謝らなくて良いって言ったんだけど」
「そうじゃなくて、あの…私、嘘、吐いちゃったから…」


鋭い視線に耐えられなくて、ぼそぼそと本当のことを言ってみる。きっと、小湊君にとってはどうでもいいことかもしれないけれど。明日から卒業までの日々を、気まずいままで過ごすのは嫌だ。本当のことを伝えて気まずくなるのは目に見えているけれど、今よりはマシな気がする。だから。私は勇気を振り絞って小湊君を見据えると、一思いに自分の感情をぶつけてやった。


「私、小湊君のことが、好きで…身長のこと気にしてるのは私の方なの。こんな無駄に背が高い女、可愛くないし眼中にないのは分かってるんだけど、でも好きになっちゃったの。友達に小湊君のことが好きだってバレるのが嫌であんなこと言っちゃってごめんなさい。あと、勝手に、好きになって、ごめん…なさい…」


とんでもなく惨めだった。けれども、仕方のないこと。コンビニの前、幸いにもお客さんはまばらなようで、私と小湊君の様子を見ている人はいそうになくて、それだけが唯一の救いだった。沈黙が怖い。ほんの数秒だったかもしれないけれど、その数秒でさえも耐えられなくて、また明日ね!となけなしの強がりで別れを切り出したのに、小湊君の待って、という言葉に動けなくなってしまった。


「言い逃げは卑怯なんじゃない?」
「…だって…返事なんてきかなくても分かってるし…」
「答え合わせ。してみる?」


嫌だと言える雰囲気でもなくて、聞きたくはないけれどキッパリフラれる覚悟を決めて頷いた私に、小湊君はふっと笑って。俺も好きだよ、と。さらりと言ってのけた。まさか、そんなはずない。だって、私の言動に何ひとつ反応を示さなかったじゃないか。もしかしてアレか、さっきの発言に対する仕返しのつもりで嘘を吐いたのか。それは大いに有り得る。
ここで一喜一憂するのはよくないと思い、嘘だって分かってるから、と言えば、あからさまに怒気を含んだオーラを放たれて委縮してしまった。え、もしかして、嘘じゃ、ないの?


「まあ信じないならそれでもいいけど。精々後悔すれば?」
「え、待って、小湊君、ほんとなの?私でいいの?」
「すごく不本意だけどこういうのは理屈じゃないらしいから仕方ないよね」
「…うそ…嬉しい…」
「身長はそのうち追い越すから。それで良いよね?」


ダメなんて言えるわけもないし、思いもしない。まさかの展開にまだ気持ちも頭もついて行かないけれど、家まで送るよ、と笑った小湊君が手を握ってくれたから。この温もりを忘れないように、身体に浸み込ませるみたいに、私もぎゅっと握り返した。