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バイブル通りにいきますか


※大学生設定


ずっと田舎で育ってきた私は、都会に憧れて関西の大学を受験した。講義が終わったら友達とご飯を食べに行ったりカラオケで夜通し騒いだり、サークルやバイトで友達を増やして、素敵な彼氏もできて…なんてキャンパスライフを想像していた私は、2年目の秋になって漸くそれが夢物語であることに気付いた。というか、気付かされた。
私は昨日、盛大な失恋をした。友達に寝取られるという最悪の形で。しかもその友達というのが1年生の時から交流があり1番信頼していて仲が良いと思っていた子だっただけに、そのショックは計り知れない。彼氏の家に遊びに行ったら友達と裸で抱き合っている場面に遭遇するなんて、昼ドラかよ!とツッコミを入れるような余裕はなく。どういうこと?と尋ねれば、見ての通りだと開き直られてしまったから改善の余地がないということだけは分かった。
私がもっと大人だったなら。上手に自分の想いを伝えることができたのだろうか。あるいは逆に、もっと子どもだったなら。何も考えず素直に感情をぶつけることができたのだろうか。どちらにせよ、大人にも子どもにもなりきれていない中途半端な私では、彼の心を繋ぎ止めておくことはできなかった。
友達も友達で、あれだけ仲が良かったくせに昨日の今日でよくもまあそんなに態度を変えられるなと感心してしまうぐらい潔く、私に近寄らなくなった。あまりの変貌ぶりに周りも驚きを隠せない様子だったけれど、なんとなくよからぬ気配だけは察知したのだろう。誰も私に、何かあったの?などと傷を抉るようなことはきいてこなかった。ただ1人を除いては。


「お前、顔やべぇぞ。どうした?」
「…伊佐敷君さぁ…空気読めないねって言われたことあるでしょ」
「はあ?失礼だな!心配してやってんだろうが!」


それが大きなお世話というやつなのだ。私はわざとらしく盛大に、はあ、と溜息を吐いてやった。伊佐敷君は同じ学科の男友達で、本来なら絶対にお近づきになりたくないと思ってしまう程度にはコワモテな容姿の人物である。それが、どうしてこうも軽口を叩けるような関係に発展したのかというと、意外にも伊佐敷君は少女漫画が好きなようで、私が集めている連載ものの少女漫画を貸してあげるようになったことがきっかけだ。
みんなは空気を読んで何もきいてこなかったのに、この男だけはそんなこと知るかと言わんばかりの勢いでストレートに尋ねてきて、いつも読んでいる少女漫画で空気の読めるイケてる男とは何ぞや、というのを勉強してこなかったのか!と言いたい衝動に駆られたけれど、ぐっと堪えた。ここで伊佐敷君に八つ当たりしても仕方がない。なんでもないよ、と適当にあしらった私の返事に伊佐敷君は納得していないようで、なんだよ言えよ、と非常にしつこい。


「彼氏に浮気されました。失恋しました。以上」
「は?なんでだよ!」
「知らないよ!そんなのこっちがききたいわ!」
「そこはちゃんと話せよ!」


なんなんだコイツは。いつから私のお目付け役になったんだ。彼女もいないくせに偉そうなことを言ってきて、お節介にもほどがある。私はいまだにぎゃあぎゃあと煩い伊佐敷君を置いて席につくと講義の準備を始めた。大学の授業は大体席が決まっていないので、当然のごとく伊佐敷君は私の隣に腰をおろし私の頬を引っ張る。痛いし。私、これでも女の子なんですけど。


「いひゃい」
「俺の言うこと無視した罰だバーカ」
「だって小姑みたいなんだもん」
「誰が小姑だ。そういうのは後で面倒になるからちゃんとケリつけとけよ」
「伊佐敷君には関係ないでしょ」


少し口調がキツくなってしまったけれど、伊佐敷君ならまたツッコミを入れて受け流してくれるだろう。そう思っていたのに、珍しくも伊佐敷君は押し黙り、暫くしてから、そうだな…と、あからさまにテンションを下げた。なんだ、今度は急に静かになって。情緒不安定なのか。明らかにおかしい伊佐敷君が少し心配になったけれど、講義が始まってしまったら何もきくことはできず、そのまま会話は終了した。
講義が終わってからの伊佐敷君はいつも通り、じゃあな、と適当な挨拶をして去って行ったから、おかしいと感じたのは私の勘違いだったのかな、と勝手に事態を収束させた私は、その後で起こることなど全く予想していなかったのである。


◇ ◇ ◇



その日の夕方、私は彼氏…ではなく元カレに呼び出された。なんで呼び出されなくちゃいけないんだ。そっちが勝手に浮気をしたんだから私は話すことなんてないし許さないぞ、と思いつつも、呼び出された場所にのこのこと赴いてしまう私は、きっとチョロい女だ。大学構内は広く、夕方ともなれば空いている講義室は多い。3階のこじんまりとした講義室は元カレ以外誰もいなくて、そりゃあそうか、と妙に納得した。


「話って何?」
「お前、次の男いたのかよ」
「は?何?何の話?」
「昼休憩、知らねぇ男に胸倉掴まれて、ちゃんと謝れって脅されたんだけど」
「いやいや…次の男って…」


そんな人いない、と言おうとしたところでふと頭を過ったのは、なぜか伊佐敷君の顔。まさかそんな、私のためにそこまでするほどお節介だろうか。でも、絶対にあり得ないとは言い切れない。
押し黙った私を見て、元カレは、いるんじゃねぇかと言わんばかりに踏ん反り返っているけれど、浮気したくせにその態度はいかがなものか。付き合っていたはずだけれど、私はこの男のどこが好きだったんだと首を傾げたくなる。


「それで…文句言うためだけに呼び出したの?」
「お前、もう少し男見る目養った方がいいよ。次の男、頭悪そうだし」
「…そんなの、アンタに関係ないじゃん…!」


自分が貶されたことよりも、私のために謝れと言ってくれたその人の悪口を言われたことに心底腹が立った。女友達と元カレを見る限り、確かに私の見る目はなかったのかもしれない。けれども、アンタにだけはそんなこと言われたくない。
鋭い眼光で元カレを睨みつけようと視線を上げた私の目に映ったのは、伊佐敷君が元カレを思いっきり殴っているところだった。ああ、やっぱり伊佐敷君だったんだ、と冷静になっている自分と、急に現れて何をしているんだと慌てる自分がいて、どうすればいいか分からない。


「お前なぁ!謝れっつっただろ!」
「なんなんだよテメェ!」
「そんなこと今はどうでもいいんだよ!浮気したんだろーが!謝れ!」
「ちょ…伊佐敷君!いいから!」


床に倒れこむ元カレにまだ殴りかかろうとする伊佐敷君を止めると、その隙に元カレは、やってらんねーわ!と最後まで後味の悪い捨てゼリフを残して講義室を出て行った。
2人きりになり、先ほどまでのゴタゴタが嘘みたいに静まり返った室内に、なんで止めたんだよ…という伊佐敷君の呟きが響く。なんで、とききたいのはこちらの方だ。ここにいる理由さえも分からないし、一体何がどうなっているのか、説明してほしい。


「伊佐敷君…なんであんなことしたの?部活してるんだから、こんなことしたってバレたら支障出るんじゃないの?」
「浮気された理由もきかず謝罪もされず、それでいいのかよ」
「私のことは別にいいから、」
「よくねぇ。好きだったから付き合ってたんだろ、アイツと」


どうして伊佐敷君の方が傷付いた、みたいな。泣きそうな顔をするんだ。そんな表情を見たら、私まで苦しくなってしまうじゃないか。ただの友達なのに。


「しかもお前、今日誕生日なのに」
「えっ…なんでそんなこと知ってんの…?」
「去年自分から言ったんだろ!来年はちゃんと祝えって!」
「そうだっけ?」


私はさっぱり覚えていないけれど、どうやら自分から強請ったらしい。友達にも密やかにしかおめでとうと言われていないのに、よくもまあ私の誕生日なんて覚えていてくれたものだ。伊佐敷君は妙なところで私に優しいよなあ、と不思議に思う。
今更のように気まずそうな伊佐敷君は、あー!くそ!と何やら急に大きな声を出したかと思うと、私の正面に立って見つめてきて。けれどすぐに、ぷいっと顔を逸らした。耳が赤いんだけど。何これ。なんなの。ドキドキしちゃうじゃん。


「俺にしとけ」
「どういうこと?」
「変な男と付き合うぐらいなら俺にしとけって言ってんだよ!」
「…伊佐敷君と付き合うの?」
「なんだよ…嫌なのかよ…」


先ほどまでの威勢はどこへやら。不安そうに傾けられた視線に、ちょっとキュンとしてしまったなんて気のせいだと思いたい。だってそんなの、特別、みたいじゃん。
顔に熱が集まっていくのが分かって、更にどうしようかとパニック状態に陥る。元カレにあんなに怒ってくれたのは、つまり、伊佐敷君が私に対して特別な感情を抱いているからということなのか。一体いつから?いや、もうこの際だから、いつから、なんて気にしている場合ではない。
伊佐敷君は本気なのかな。私を慰めるために言ってくれただけなのかな。私は、どうしたい?ぐるぐるぐるぐる。目の前の伊佐敷君の眼差しを感じながら必死に考えて辿り着いた答えは。


「嫌じゃ、ない…と、思う…」
「なんでそんなに自信なさそうに言うんだよ…」
「だって!今までそんな風に見たことないし!急にそんなこと言われても本気なのかなって思うじゃん!」
「冗談で言えるか!」
「じゃあ本気なの?」
「ずっと好きだったっつーの!」


あ、と。恐らく勢い任せに言われたのは紛れもない告白だった。お互いに固まって、同じタイミングで顔をぶわりと赤く染めて、同じタイミングでそっぽを向く。あー!もう!こんなの、どうしたらいいか分からない!
でも嫌だと思っていないということは、そういうことでいいのかな、なんて。誕生日にまさか、こんなサプライズが待っているなんて思ってもみなかった。まるで私達が大好きな少女漫画みたいじゃないか。
じゃあ付き合っちゃおうか?
恥ずかしさ最高潮で言ってのけた私に、名字がいいなら…、と戸惑った返事をした伊佐敷君は、照れたように笑って。心臓が、とくん、と跳ねた。
今年はなんとも幸せな誕生日になりそうだ。