×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

ベイビーアムネシアハニー


※大学生設定


「あのね、だから…」
「つまり合コンに行ってくるってことだよね?」
「数合わせだし!友達にどうしてもって頼まれちゃって…」


亮介の顔をまともに見ることはできなかった。我ながら、無理なお願いをしているなとは思うのだ。軽いノリで、飲み会行かない?という誘いに乗ってしまった結果、それが合コンだと知ったのはつい昨日のことで。亮介という彼氏がいながら合コンなんて絶対に無理だと断ったのだけれど、合コンを明日に控えて他の子を探すことはできないから不参加は却下だと言われてしまった。どう考えたって騙した友達が悪い。と、思う。詳細もきかずに、お酒が飲めるというだけでホイホイ行く気になった自分も多少は悪かったのかもしれないけれど、それにしたってあんまりだ。
というわけで(何が、というわけで、なのかは全く分からないけれど)グチグチ言ったところでどうにもならないので、恐る恐る事の次第を亮介に説明していたところで冒頭の会話に戻る。正直なところ、亮介に言うのは迷った。このまま何も言わずにそっと終わらせて、何もなかったことにしようかと考えもした。けれどもそんなことをしてしまったら、いよいよやましいことをしているような気持ちになってしまうし、何よりいつか亮介にバレた時に不快な思いをさせてしまう。変な心配や不安を与えたくない。喧嘩もしたくない。だから先に断りをいれておこうと思ったのだけれど。この不穏な空気は、言わない方が良かったということだろうか。


「私も断ったんだけどね、ドタキャンはダメだって言われちゃったから…」
「分かった」
「え?」
「そもそも俺、行くな、なんて言ってないけど」
「…行ってもいいの?」
「いいよ」


俯いていた顔を上げて亮介の顔を見れば、確かに怒っている様子はない。いや、まあ私が行かせてほしいとお願いしたわけだし、怒られることも行くなと言われることもなくすんなり送り出してくれるのは有難いことなのかもしれないけれど。少しぐらい心配したり、嫌そうな素振りを見せてくれたっていいじゃないかと、身勝手なことを思ってしまった。私は亮介に執着されていないのかと。不安になってしまう。


「で?帰りは遅くなるの?」
「そんなに遅くならないと思うよ。お店は2時間で出ることになってるし」
「ふーん…じゃあ気を付けて」
「あ、うん」


ほんの少し期待していた。迎えに行ってあげるよって言ってくれるんじゃないかって。でも、そうだよね。そこまで遅くならないし、お店からうちまでは遠い距離じゃないし、いちいち迎えに来るの面倒だよね。落ち込んでいる気持ちには気付かないフリをして、私は明日何を着て行こうかなあと違うことへと意識を飛ばすように努めた。


◇ ◇ ◇



合コンは思っていた以上に楽しかった。相手の男性陣もそんなにグイグイくるわけじゃなかったし、適度に会話を楽しめる程度にユーモアもあって、普通にお友達として仲良くするには問題ないと思えるほどだ。友達数人は連絡先の交換もしていたようだし、今日の合コンは大成功じゃないだろうか。
お会計が終わってから店の外に出て、これからどうする?などと話が始まり、結局無難にカラオケかなあという意見にまとまったらしい。どうする?行く?と尋ねられて、悩む。どうせ何も予定はないわけだし、帰るにはまだ早い時間だ。明日は確か午後からの講義だったから朝はゆっくりできるし、このメンバーなら行ってもいいかな。そう思った私は、行く!と返事をしていた。
カラオケなんて久し振りだし、大人数でワイワイするのは楽しい。気付いたら時刻は夜の11時を過ぎていて、何の気なしにスマホを確認する。そして、さあっと血の気が引いた。亮介からのメッセージと着信。何度も、ということはないけれど30分前に送られてきた、まだ合コン中?という文字の羅列に、私は呆然としてしまった。
そんなに遅くならないと言ったから、もう家に帰っているか心配になって連絡してきてくれたのだろうか。カラオケ中だったから全く着信に気付かなかったけれど、今から返事をすればいいかな。ていうか、眠たいからそろそろ帰ろうかな。迷った結果、私は先に退散させてもらうことにしたので、それなりにお金を払ってからお店を出た。秋も深まってきたので、夜になると随分と寒い。
家までの帰り道の途中でコンビニがあったから温かい飲み物でも買って帰ろうかなあと足を踏み出したところで、背後から腕を掴まれて身体が硬直した。え、何。誰。怖い。お店の前だしこんなに堂々と不審者に狙われることってあるの?恐怖で振り向くこともできない私に、名前、と耳障りの良い声音が届いて全身の力が抜けるのが分かった。


「亮介…びっくりした…」
「それはこっちのセリフなんだけど。そんなに遅くならないって言ってなかった?」
「そうだけど…みんな良い人ばっかりだったから久し振りにカラオケ行くのもいいかなと思って…」
「…あ、そう」


どうして亮介はこの場所が分かったんだろう。迎えに来てくれる雰囲気はなかったのに、ここまで来た理由が何かあるのだろうか。私のセリフをきいて呆れた様子の亮介は、掴んでいた手を離して歩き始めた。亮介の家は私の家の近くだから、きっとなんだかんだで送ってくれるつもりなのだろう。
そうして無言のまま歩き続けること10分足らず。分かれ道に差し掛かったところで先を歩いていた亮介が立ち止まった。ああそうか、ここでお別れだった。慌てて亮介のところまで行き、バイバイまた明日ね、と言おうとしたところで、あのさ、と。先に亮介が口を開いたので、私は口を噤む。


「俺は別に良いんだけど、ちゃんと覚えてないと損すると思うよ」
「ん?何の話?」
「…なんでもない。おやすみ」


何か言いたそうだったくせに、亮介はそれだけ言って自分の家の方へ向かって歩いて行ってしまった。ちゃんと覚えてないと損するってどういう意味だろう。何か忘れていたことがあったかな?必死に忘れていることはないかと頭を働かせながら家に帰ったところで、私は重要なことを思い出した。正確には、思い出させてもらった、というべきだろう。
1人暮らし用の小さなテーブルの上には、見覚えのないラッピングされた何かが置いてあって、添えられたメモにはシンプルに、誕生日おめでとう、の文字。その文字には見覚えがありすぎる。この家の合鍵を持っているのは、お母さんと、あと1人しかいない。
時計を見て、まだ日付を跨ぐまで時間があることを確認する。明日になるまであと少し。亮介の家は走れば5分ほどの距離だし、きっと間に合う。私は家を飛び出すと亮介の家を目指してひたすら走った。明日は私の誕生日だから。亮介はきっと、一緒に過ごそうと思ってくれていたんだ。日付を跨ぐ瞬間に、傍にいてくれようとしていたんだ。だから、遅くならないかって気にしてくれていたに違いない。
自分の誕生日すらもすっかり忘れて、前日の夜に合コンに行くような馬鹿な彼女に、亮介は何も言わなかった。呆れられても仕方ない。なんなら、お前みたいな馬鹿にはもう付き合えないよってフラれても文句は言えないと思う。
走って走って、あっと言う間に辿り着いた亮介の家。合鍵を使って中に入れば、私が来ることを見透かしていたかのように温かい飲み物を2人分用意してリビングのソファに座っている亮介がいた。ほんと、敵わないなあ。きっと全部、亮介の思惑通りじゃないか。


「早かったね」
「ごめん、あと、ありがとう」
「どうせプレゼントの中身も見ずに走ってきたんでしょ?」
「あ…」
「いいよ。大したものじゃないし」


私ってやつは、つくづく馬鹿だ。プレゼントを見るよりも先に、メモを見て早く亮介のところに行かなくちゃって気持ちが急いていたせいで、中身を見ることを忘れていた。そんなことまで分かっている亮介は、本当に馬鹿だね、なんて言いながらも冷たい私の手を取って隣に座るよう誘ってくれた。


「人の誕生日は何ヶ月も前から準備しようとするくせに、自分のことはちっとも覚えてないよね」
「だって…最近忙しかったし、合コンのことをどうやって亮介に伝えようかって考えるのでいっぱいいっぱいだったんだもん…」
「まあ別にいいよ。名前が覚えてなくても、俺が代わりに覚えてるから」


そう言ってさらりと私の髪を梳くように撫でた亮介は、その手を私の頬に添えて。誕生日おめでとう、と囁いてから柔らかく唇を攫ったのだった。こんな馬鹿な私を上手に甘やかしてくれるのは、きっとこの先も亮介しかいないよ。愛しい彼に大好きとありがとうが伝わるように。私は離れた唇を、自分から押し当てた。下手くそって言われるの分かってるけど。亮介はこんな私でも愛してくれるよね?