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人見知りって、こんなんだったっけ?と。名前と知り合った当初は首を傾げていた。おはようの挨拶ですらびくりと身体を震わせて小さな声でぼそぼそと返事をしてくるだけだし、授業で当てられた時なんか、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。喋れないわけではなさそうだけれど、人とコミュニケーションを取るのが極端に苦手なのだろうということはすぐに分かった。
そんな名前との距離が縮まったのは、ベタな展開ではあるけれど、席が隣同士になってからだった。俺がたまたま教科書を忘れてしまったものだから隣の名前に見せてほしいと頼んだのがきっかけ。コクリと頷いた名前は、教科書を俺の方に置いてくれたのだ。普通、真ん中に置くだろ。そうでなければ自分の方に寄せるものじゃないか?そう思ってずいっと教科書を名前の方に押しやったら、俯いたまま俺の方に押し返してきて、一体なんなんだと思った。そして同時に、面白い子だなと興味を抱いたのだ。
そこから何がどうなって付き合うところまで漕ぎつけたのか、正直、俺自身もよく分からない。ただ、かなり分かりやすく好意を寄せていることはアピールしたつもりだ。どうせ俺に難しいアプローチなんてできるわけがなかったし、名前も、ストレートに伝えなければ俺の気持ちには気付きそうになかったから。
そうして、恋人同士という関係になってから気付いたこと。名前は慣れ親しんだ人が相手であれば、よく笑うしよく喋るということ。付き合いたての頃は俯きがちで全く交わらなかった視線も今ではしっかり合わせることができるし、会話もスムーズにできるようになった。
けれども、根本的な人見知りが直ったわけではないので、親しい間柄の人間以外に対する反応は何も変わっていない。それはクラスメイトに対しても例外ではなく、俺が名前と付き合い始めたと噂で広まった後は、よく伝言を頼まれている。名字さんに話しかけると怖がられるから、と。皆が口を揃えて言うけれど、実際のところ怖がってなどいない。ただ緊張して顔が強張っているだけなのだ。


「あ、英太君!…と、彼女ちゃん」


次の授業は実験があるとのことで化学室に行かなければならない。授業と授業の間にある短い休憩時間にさっさと移動しようと廊下に出たところで名前を呼ばれて足を止めると、そこにはニタニタとした笑みを携えた天童が立っていた。俺が名前と付き合っていることは、天童が言いふらしてくれたおかげでバレー部全員が知っている。まあ別に隠すことではないから、それに関しては何とも思っていないのだけれど、俺と名前のツーショットを見るたびに揶揄いにくるのは如何なものか。俺は構わないけれど、超がつくほど人見知りな名前は、俺の隣でいつも通りカチコチに固まっていた。


「彼女ちゃん…名字ちゃん、だっけ?まだ俺に慣れないの〜?」
「そう簡単に慣れねぇよ」
「俺、名字ちゃんにきいてるんだけど」
「…だってよ、名前」
「え…、あの……ごめん、なさい…」


消え入りそうな声でなんとか紡ぎ出した言葉。俺と2人で会話する時とは全然違うそれに、思わず口元が緩む。本来の名前を知っているのは俺だけだと思うと、優越感に浸ってしまうのは仕方のないことだ。そして、人見知りが発動している時の名前は、今の俺にとっては新鮮で。毎度のことながらおどおどしている姿が小動物っぽくて可愛いなあと思う。


「名前は俺以外のヤツとまともに喋れないもんな?」
「そ、そんなことないもん…!」
「じゃあ天童と話してみたら?」
「………、」


むぅ、と少し拗ねた様子で俺を睨む名前だけれど、勿論ちっとも怖くはない。天童をちらりと見上げても、まともに視線を合わせることができない名前は俯いたまま押し黙っている。ほらな、と言わんばかりに名前の顔を覗き込んでニヤリと笑ってやれば、ぷい、と逸らされてしまった。天童はその様子を見て、はあ、と分かりやすく溜息を吐く。


「毎回思うけどさあ、ほんと2人ってラブラブだよねぇ〜…」
「それ分かってて絡みにくるお前も物好きだよな」
「否定しないあたり英太君ってすごいよネ!」


もういいよ〜だ!と、自分から絡んできたくせに気紛れに去って行く天童の後姿を見送って、そういえば化学室に行く途中だったということを思い出す。少し急がなければ間に合わないかもしれないと思い名前の手を取って廊下を軽く走っただけあって、授業には余裕で間に合いそうで一安心だ。
化学室に入ると、何の気なしにこちらを見てきたクラスメイトがぎょっとしていて、その時初めて手を繋いだままだったということに気付いた。先ほどの天童と同じく、ラブラブですね〜!なんて冷やかされるけれど、付き合っているのだから手ぐらい繋ぐだろうと、俺はもはや開き直っている。が、名前はというと、ぶわりと顔を赤らめていて今にも沸騰しそうだ。


「大丈夫か?」
「誰のせいでこんなことになったと思ってるの…!」
「今更そんなに照れることか?」
「私は英太君とは違うんだから…」


席に着くなり俺に不満をぶつけてくる名前は、天童を前にした時と全く違う。まあ確かに、名前のドギマギしているところとか照れた顔とか、そういうのが見たくてわざとしていることもあるけれど、今回に限っては本当に無意識だったのだから改善のしようもない。気持ちのこもっていない、ごめんごめん、という言葉に、名前は案の定、思ってないでしょ、と鋭いツッコミを入れてくる。


「付き合う前から思ってたけど、名前の人見知りってすげぇよなあ」
「直らないんだから仕方ないでしょ…」
「俺は嬉しいから今のままでいいけど」
「え?」
「俺以外のヤツと仲良くされんの、妬けるじゃん?」


思ったことを素直に言ってみれば、名前はポカンと口を開けて静止し。やがて、本日2度目の、沸騰間際の真っ赤な顔に染まった。あれ?俺、なんか恥ずかしくなるようなこと言ったっけ?


「英太君は、いつもストレートすぎるんだよ!」
「そうか?」
「付き合うまでもそうだったけど…付き合い始めてからも…心臓いくつあっても足りない…」
「嫌?」


俺がそう尋ねた直後、授業開始のチャイムが鳴る。授業が始まってしまったからには雑談などできないので大人しく黙ったけれど、暫くして俺の方にポイっとノートの切れ端が飛んできた。それは名前の座っている方から飛んできたものだから、名前から俺に宛てたメモなのだろう。
カサカサと折り畳まれた紙切れを開いて、書いてある文章を確認。さらさらと読みやすい綺麗な文字で書かれたそれは、嫌じゃないよ。嬉しいよ。というシンプルなものだったけれど、胸のあたりがふわりと温かくなった。こういうところがやっぱり好きなんだよなあ、なんて。
授業にちっとも集中せずにこんな浮ついたことを考えていることが誰かにバレたら、それこそ冷やかされてしまう。まあ俺は名前との関係ならどれだけ冷やかされてもどうってことないのだけれど。
授業が終わり、ざわつく化学室。クラスメイト達が出て行く中、名前の手を引いて2人きりになれるのをそれとなく待つよう促す。それに抵抗はなく、先生も生徒もいなくなって2人きりになったことを確認した俺は、名前の耳元に口を寄せた。


「これからも、名前の素顔は俺だけに見せてな」
「…人見知りは直したいと思ってたけど、そういうことならこのままでも良いかなあ…」


ふふ、と嬉しそうに笑う名前の表情を誰にも見られないように。俺はそっと、その柔らかな身体を自分の胸に抱き寄せて、幸せを身体に染み込ませた。
only my sweet lover

梨穂様より「人見知りな彼女をからかいつつも可愛がるお話」というリクエストでした。人見知りの度合いや可愛がり方に迷いましたが、瀬見は彼女のことを堂々と、とても大切にしてくれそうだなと思って書きました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!
2017.11.11


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