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初めて落ちた恋の事情07

俺は名字さんの本当の姿を目の当たりにしてからというもの、開き直って猛アタックを続けていた。ご飯の誘いは勿論のこと、休日に映画を観に行かないかとか、ドライブしないかとか、所謂デートのお誘いをしてみたりもしたけれど、名字さんからの反応は芳しくない。
及川さんなら私みたいな女にこだわる必要ないでしょう、と。いつもそんなことを言われるものだから、その度に、自分から好きになったのは名字さんだけなんだと伝えてはいる。が、あんまり信じてもらえていないようだ。
どうすれば名字さんに振り向いてもらえるだろう。そんなことを考えていたある日、本当に偶然、とある居酒屋でマッキーに出会った。その居酒屋は以前にも4人で訪れたことがあって、店内の作りだとかカウンターの雰囲気だとかが結構気に入っているので、俺は考え事をしたい時に1人でよく訪れている。マッキーも俺と同じように1人で食事をしたい時には訪れることがあるらしく、今まで出会わなかったのが逆に不思議だなあなんて思う。
俺は一応断りを入れてからマッキーの隣の席に座ると、ビールとおつまみを注文してからスマホを取り出した。昼休憩に送った名字さん宛てのメッセージは、既読にはなっているものの返事は来ていない。思わず、はあ、と溜息が出てしまう。


「何?なんかあったの?」
「…ありすぎて、及川さん心折れそう」
「へー…そりゃ奇遇。俺も絶賛傷心中だから」


隣に座るマッキーは言葉の通り本当に弱っているようで、いつもの軽い口調にもどことなく元気がない。マッキーがそこまで思い悩んでいるのを見たことがなかった俺は、少なからず驚いてしまう。
ビールが届いたので、とりあえずマッキーと乾杯はしたものの、俺達らしからぬ淀んだ空気に、自然とまた、溜息が零れた。学生時代は馬鹿やって悩むことなんか知らなかった俺達が、今はこの有様なのがなんとなくおかしくて、笑いすら出てきてしまう。


「なんだよ。人の不幸を喜ぶなっつーの」
「違う違う。俺達、いつからこんなに悩んだりするようになったのかなーって思ってさ。昔はやりたいことやりたいようにやってただけだったのに…それがなんかおかしくって」
「…それが大人になるってことじゃねーの」
「……あの頃の自分に戻れたら、うまくいくのかなあ…」


俺の呟きに、マッキーは驚いている様子だった。こう見えて、俺が本気で弱音を吐いたことはあまりない。理由は簡単。弱音を吐くような事態に陥ったことがほとんどないからだ。岩ちゃんにはたまに本気の愚痴を零すことがあったし、高校時代にはバレーのことで躓いたことがあるけれど、そういえばマッキーやまっつん相手に吐露したことはないかもしれない。


「及川がそんなこと言うの珍しいじゃん。そんなに心折れそうなの?」
「んー…折れそうっていうか、もうバッキバキに折れてるんだけど何度も継ぎ足ししてて、修復が追い付かない感じ?」
「そっちのがヤバくね?」


だよねー、と。自嘲気味に笑った俺に、マッキーは控えめながらも、何があったの?と尋ねてくる。まあこの際だから誰かに相談したい気持ちではあったし、マッキーになら言ってみても良いかなと思った俺は、名字さんとの一件を、順を追って説明した。


「…で、猛アタックの甲斐も虚しく、本気だって信じてもらえなくて心折れてんだ?」
「言葉にすると余計ヘコむからやめてくれる…?」
「……及川はすげーよな」
「え?なにが?」
「そんなに脈なしっぽいのにぶつかれるメンタルが」
「それ褒めてないよね?」


一瞬表情を曇らせて、けれどすぐに、褒めてんだってーと笑うマッキーに妙な違和感を覚える。そういえばマッキーは絶賛傷心中だと言っていた。そのことと何か関係があるのだろうか。


「傷心中って言ってたけど、マッキーも何かあったの?」
「あー…俺は……戦う前から負けた感じ」
「何それ」


言いたくないこともあるだろうし、元々無理に聞き出すつもりはなかったのでそれ以上追求せずに追加のビールとおつまみを注文していると、マッキーがぽつりぽつりと最近の出来事について話し始めた。
要約すると、マッキーは再会した元カノと良い感じかなって思ってたんだけど、その元カノには最近彼氏ができちゃって、その彼氏がなんと職場の同僚で。数合わせの合コンに参加したら元カノに会っちゃうし、もう最悪!ってところだろう。
なんというか、マッキーもマッキーで不憫としか言いようがない。大学時代に別れた彼女に固執する辺り、かなりその子のことが好きなんだろうに。まさか同僚に先を越されてしまうなんて夢にも思っていなかっただろう。


「でも同窓会するんじゃないの?」
「この状況で何食わぬ顔して幹事できるようなメンタル持ち合わせてねーわ」
「ですよねー…」
「あー…遠回りするんじゃなかった」
「遠回り?」
「顔色窺いながら連絡してみたり、同窓会の幹事一緒にやりながら距離縮めようとしてみたり。そんなことせずに、自分の気持ちに気付いた時点で、お前みたいに好きって言っときゃ良かったってこと」


一思いにそう言ってビールを飲み干したマッキーは、本当に後悔しているようだった。俺みたいにアタックしまくって相手にされないのも辛いけれど、好きだと再認識した相手にアタックもできぬまま、同僚である想い人の彼氏にアドバイスを求められるのも、相当辛いものがあるだろう。
学生時代の俺達は、こんなに恋愛で悩むことなんてなかった。来るもの拒まず去る者追わず。俺とマッキーの恋愛に対するスタイルは、結構似ていたと思う。だから岩ちゃんやまっつんには分からない感情も、マッキーは何となくわかってくれているんじゃないかと思っていたりした。
まさかこの歳になってそのツケが回ってくるとは思っていなかったけれど、適当に遊んでいた俺達が本気の恋に悩むことになるのは必然といえば必然かもしれない。だって、誠実に攻めるのって凄くエネルギーを使うし、何よりどうしたらいいのか分からない。ストレスも半端じゃないし、報われないなら尚更だ。


「…少し引いてみれば?」
「へ?何のこと?」
「今お前が猛アタックしてる子のこと。押してもダメなら引いてみなってよく言うじゃん」
「えー…引いたらそれで終わるような気がする…」
「どうせなら色々やってみりゃ良いんじゃね?相手はフリーなんだからさ」


それは暗に、俺はやりたくてもできないんだからお前はなりふり構わずやってみろよ、と言われているようだった。マッキーの表情は相変わらず浮かないままで、なんだからしくない。
ああ、もしかしたら俺も今のマッキーみたいな顔をしていたのかな。だから、アドバイスしてくれたんだろうか。そうだとしてもそうじゃないとしても、マッキーの発言は今の俺にとって目から鱗の提案だったので有り難かった。


「じゃあ今度はその作戦で頑張ってみようかなあ」
「及川が連絡しない状態を続ける根気がねーとダメだけど」
「……頑張るよ」
「それでうまくいったら、ラーメン奢りな」
「いーよ」


良い報告待ってるわー、なんて笑うマッキーの、なんと痛々しいことか。ラーメンなんかでこの片想いが成就するなら安いもんだ。
俺も何かマッキーにアドバイスできないかなあ。元気出して、なんて軽々しく言える問題じゃないと思うし、元カノちゃんには彼氏いるんだもんね。
俺は自分のことよりも真剣にマッキーの恋愛を成就させる術を考える。そして、あるひとつの考えに思い至った。なかば賭けみたいなものではあるけれど、全く望みがないってわけでもないと思う。


「……マッキーもさ、諦めるのは早いんじゃないの」
「は?相手には彼氏がいんだぞ」
「でもまだお試し期間中なんでしょ。その子が同僚のサトウさん?のこと好きかなんて分かんないじゃん」
「…でもなあ……付き合ってることに変わりはねーし」


難色を示すマッキーに、俺は更に続ける。


「気持ち伝えなかったこと、後悔してるんでしょ?」
「……そりゃまあな」
「伝えたら何か変わるかもしんないよ?」
「ンなこと言ったって…」
「ダメ元で告白しちゃいなよ。略奪愛ってやつ。それでうまくいったら、ラーメン奢りね」


先ほどのマッキーの言葉をそっくりそのままお返しすると、マッキーは、そう簡単に言うなよなー、と言いながら笑った。
俺達はたぶん、はたから見たら凄くみっともない恋愛をしているんだと思う。報われない恋にうつつを抜かして時間を無駄にしてるって思われても、いい歳して何やってんだって笑われても、仕方がないと思う。
それでも、さ。この歳になって初めて本気になれる相手を見つけたんだから、みっともなくたって良いじゃないか。大人になりきれてなくたって良いじゃないか。


「お互い、頑張りますか」
「…だね」


マッキーの方から合わせてきたジョッキは、バレーで必死に汗を流していたあの頃に合わせた拳の代わりのようで。飲み干したビールは、渋い苦味を残して口の中で溶けていった。