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密かに燃える愛の事情01

桜咲く4月…とは言っても、もう桜が散りつつある4月半ば。今年もお花見なんか行けなかったな、と思いながら、俺は目の前の男性に視線を移す。30代後半のその男性は、ひどく肩を落としていた。そりゃあそうだ。ここ2ヶ月、必死で就職先を探しているにもかかわらず、ことごとく良い仕事に巡り会えないのだから。


「もう少し条件を広げてみますか?」
「そうですね…」


こんなやり取りを、俺はここ数年延々と続けている。よくもまあ、こちらのメンタルがもつな、と我ながら感心するほど、この仕事は結構キツい。
俺はキャリアコンサルタントという仕事をしている。求職者に仕事を紹介するだけでしょ?と思われるかもしれないが、このご時世、そう簡単に条件に見合った職など見つかるはずがない。ゆえに、求職者の焦りとストレスの捌け口となるのは俺達だ。そりゃあもう心労もハンパじゃない。
それに、キャリアコンサルタントは企業ともうまくやっていかなければならないのだ。誰でも彼でも適当に企業を紹介していたら、企業側からの信頼を失ってしまう。だから紹介する時にも細心の注意を払っていて、なかなか神経を使う。新しく契約してくれる企業も開拓しなければならないし、これはこれで結構大変なのである。
なんでそんな大変な思いをしてまで働いているのかというと、それはまあ、大学卒業後に就職したのがここだからというだけで、特別な理由はない。大変なら辞めれば良いのだろうけれど、この仕事をしていると再就職の大変さが嫌というほど分かるので、そう簡単には辞められないし辞めたくない。どんな仕事でも大変だったり辛い部分は必ずある。きっと今更再就職したって同じだろう。そう思うから、俺はこの仕事を続けている。
さて、そんなわけでこの仕事はなかなか忙しい。それを言い訳にするつもりはないが、俺は半年前、1年ほど付き合っていた彼女と別れた。どうやら彼女は、仕事ばかりの俺に愛想を尽かしてしまったようだ。そこで、別れたくない、と言えば何か変わったのかもしれないが、残念ながら俺は別れ話をあっさり受け入れてしまった。
たぶん、最初からそこまで好きじゃなかったのだろう。アパレル関係の仕事をしていた彼女は元々俺のタイプじゃなかったし、なんとなく押せ押せムードに飲まれて付き合い出してからは流れに身を任せていたので、恐らく物足りなかったと思う。よくもそんな状態で1年も続いたと、逆に自分を褒めてやりたい。


「あの…また来ます」
「ああ、はい。こちらも条件に見合った企業はないか探してみますので…気を落とさず」
「はい。ありがとうございます…」


30代後半の男性は背中を丸めて帰って行った。なんだかこちらまで落ち込んでしまうが、いちいち感情移入していたらこの仕事は務まらない。元々感情が表に出ないらしい俺は、そういう意味ではこの仕事に向いていると思う。
さて、次は誰が来るかな…と、椅子に座り直した時だった。1人の女性が現れて、良いですか?と俺に声をかけてきた。俺は、どうぞ、と何食わぬ顔で目の前の椅子に座るよう促す。
その女性は2ヶ月ほど前から現れるようになった名字名前さん。話すのはこれで2度目だ。彼女は俺の2歳年下で、話を聞く限り相当なブラック企業に勤めていたらしい。それでも頑張って辞めない努力をしてきたが、あまりの疲労で身体を壊してしまったのを機に、親に退職を勧められて今に至るそうだ。
初めて出会った時から、なんとなくふんわりしていて良い子っぽいなという印象はあった。そして話してみるとその印象は更に良くなって、こういう子だったら一緒にいても落ち着くんだろうな、なんて考えるようになった。所謂、一目惚れというやつかもしれない。
しかし、彼女は俺が勝手に好意を抱いていることなど知る由もないので、俺はどう攻めるべきかと考えあぐねていた。突然距離を縮めるのはおかしいし、かといってこのまま求職者とキャリアコンサルタントの関係を続けるのは正直辛い。さて、どうするべきか。


「どうしましょう…」
「え?ああ…仕事の話ね。えーと、こんなのどうでしょうか?」
「そうですね…頑張ってみようかな…」
「名字さん、印象良いから大丈夫」


個人的な感想が含まれているかもしれないが、俺は落ち込み気味の名字さんを明るいトーンで励ます。すると、ふわり、と。名字さんが微笑んだ。あ、やばい。可愛い。仕事中にもかかわらず、不覚にもときめいてしまった。


「ありがとうございます」
「いや、お礼を言われるようなこと何もしてないから」


照れ隠しとも取れるような発言をして、俺はできるだけ自然にパソコンの画面へと視線を逸らす。危ない危ない、もう少しでニヤけてしまうところだった。チラリと横目で名字さんの方を窺うと、特に俺の方を気にする素振りはない。良かったような、残念なような。非常に複雑な心境である。
俺はたぶん、結構な慎重派だ。だから自分からアプローチする時には、脈ありっぽいな、と確信が持ててから動く場合が多い。つまり逆を言うと、脈ありだな、と思うことがなければ一生動かないということになる。今年…いや、俺の場合は来年で29歳になろうかというアラサー男が、こんな奥手ではそりゃあ彼女なんてなかなかできないだろう。
こんな時、及川や花巻だったら攻めるだろうなあ、と高校時代の友人達のことを思い出す。花巻は微妙なところかもしれないが、及川はほぼ間違いなく、好意を持っていることを存分にアピールすると思う。それは生まれ持って恵まれた容姿があってこその芸当だとは思うが、そのハートの強さには正直少し憧れる。
そういえば、1番奥手っぽかった岩泉は、ちゃっかり5年も付き合い続けている彼女がいるんだったと、唐突に思い出した。あの岩泉が、一体どうやってアプローチを仕掛けたのだろう。俺としてはそっちの方が気になるし参考にできそうだ。あー…俺、何やってんだろ。


「あの、松川さん」
「うん?何でしょう?」
「私、この企業の面接に行ってみても良いでしょうか」
「勿論」


ふわり。また、不意打ちで笑う名字さん。深い意味がないことぐらい分かっている。が、それでも心臓が少し鼓動を速めるぐらいには、俺は名字さんのことが気になっているようだ。


「また来ます」
「あんまり来ちゃいけないところだけどね」
「え?あ、そうですよね、」
「でも、名字さんなら歓迎しますよ?」
「え、」


我ながら攻めたことを言ったと思う。名字さんは俺の言葉の意味を図りかねているのか、戸惑っている様子だ。そんなところも、ちょっと、否、だいぶ可愛い。俺がゆるりと微笑むと名字さんは目をパチパチさせた後、ほんのり頬をピンク色に染め、慌ててお辞儀をして帰って行った。
え。あれ?何、今の反応。これってもしかして、もしかするんじゃない?俺は名字さんの後ろ姿をぼんやり見つめながら、緩む口元を隠すように手で覆った。桜はほとんど散ってしまった4月。俺には、遅めの春が来たかもしれない。