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忘れられない恋の事情03

松川からの招集がかかって予定を合わせたところ、5月4日に集まることになった。というわけで、俺は指定された店に夜の7時頃に到着し、先に来ていた岩泉、松川と合流した。及川はこんな日も仕事らしく、少し遅れるらしい。サラリーマンってのはこれだから大変だ。どれぐらい遅れるか分からないので、先に乾杯しようということになり、俺達は3人でジョッキを合わせる。
俺達4人の中で酒に1番強いのは松川だ。飲んでも飲んでも表情ひとつ変わらない。本人曰く、それなりに飲んだらそれなりに酔ってる、とのことだが、テンションまで変わらないものだから酔っているとは到底思えない。
逆に1番弱いのは、たぶん岩泉。本人にもその自覚があるのか、いつもきちんとペース配分をして飲み進めているところが、岩泉らしいなと思う。そのおかげで、岩泉を介抱しなければならなくなったことはほとんどない。酔ったとしても、岩泉は眠くなるタイプだから面倒臭くなくて助かる。
そしてその岩泉とは逆に、好きなように好きなだけ飲むのが及川だ。こういうタイプは1番タチが悪くて、そこまで強いってわけでもないくせに嫌なことやイライラすることがあると飲み過ぎて、結果、酔いまくる。しかも及川の場合、ウザ絡みしてくるか、人の幸せを羨むような発言をネチネチぶつぶつ言ってくるかのどちらかなので、非常に対応に苦労する。
そんな俺はどうなのかというと、酒に強くも弱くもない。酔ってきたらテンションが上がって饒舌になる、とは松川の発言である。及川よりは全然マシだから大丈夫、と言われたから、一般的な酔い方なのだろう。


「なあ…そろそろグループ設定するの復活させてもいんじゃね?」
「そういえば社会人成り立ての頃はグループあったよな」
「及川がやたら仕事の愚痴送りつけてきてウザいからグループ廃止したんだっけ」
「でも及川もいい大人じゃん?社会人成り立ての頃より成長してんじゃねーの?いちいち個別で声かけんのめんどくね?」
「松川がそれ言うなら分かるけど、花巻、お前は声かけねぇだろ」
「はは、同感」


岩泉にごもっともな指摘をされて、俺は押し黙る。松川だけでなく、及川や岩泉もたまに声をかけてくるが、そういえば俺からは1度も招集をかけたことはない。幹事的なことは日程調整やら店選びやら、考えるだけで面倒臭い。それがたとえ、気心の知れた友達との飲み会であっても、だ。こんな俺が同窓会を企画しようとしているのだから、名前が俺に与える影響とは凄まじい。
お互いの近況報告をしていると、店の入り口の方からいらっしゃいませー!という声が聞こえてきて、間もなく及川が現れた。時刻は7時過ぎ。どうやら仕事はそこまで長引かずに済んだらしい。お堅いスーツに身を包んだその姿は、見た目だけでいうなら立派な大人の男だ。
及川が来たということで、幹事の松川の音頭で改めて乾杯する。注文したばかりのおつまみをもそもそと食べながら、俺は向かいに座る岩泉がぼんやりしていることに気付いた。結構前から、岩泉は彼女との結婚をいつ切り出そうかと悩んでいる節がある。もしかしたら今も、そういうことを考えているのかもしれない。俺はなかば興味本位で、岩泉に話を振ってみることにした。


「岩泉、そろそろ結婚すんの?」
「は?なんでだよ」
「俺らってアラサーじゃん?そろそろ身を固める時期なのかなーって」
「まあ岩泉のところは長いもんな」
「岩ちゃん、プロポーズのシチュエーションとか考えてんの?」


俺の発言を合図に、他の2人もぐいぐいと岩泉にツっこむ。すると岩泉は、バツが悪そうにジョッキに残っていたビールを飲み干した。照れ隠しというより、ヤケ酒に近いその飲みっぷりに、俺は一抹の不安を覚える。もしかして、地雷踏んだ?
そんな俺の不安は見事に的中してしまい、岩泉は大きく息を吐いた後、重たい口を開いて衝撃的な言葉を吐き出した。


「浮気、されたかもしんねぇ」
「は?」
「うそだろ」
「なんで?理由は?」
「知らねぇよ……俺がききたい…」


項垂れる岩泉を見て、やってしまったと後悔したが、もう取り返しはつかない。冗談でそんなことを言うタイプじゃないことぐらい分かっているし、岩泉の様子を見る限り、事態はかなり深刻なようだ。
つい最近まで結婚云々の話をしていたのに、なぜそんなことになったのだろう。俺達は渋る岩泉を説得して話を聞き出した。


「それってさあ…映画観た後の岩ちゃんの発言に彼女さんが傷付いちゃったってことでしょ?」
「そんなにおかしいこと言ったつもりはねぇけどな…」
「映画みたいな展開期待してたとか?」
「え、」
「それを岩泉に真っ向から否定されて傷付いたってこと?だとしても、浮気していい理由にはなんなくね?」


及川と松川は彼女の気持ちを汲もうとしているのか、岩泉にアドバイスするつもりで言っているのか、随分と生易しいことを言っているが、俺は納得できなかった。どんな考えがあったのかは知らないが、話し合いもなく他の男と2人で出かける彼女の気が知れない。
岩泉は、まだ浮気とは決まってねぇから…と呟き、ゴールデンウィーク明けに直接彼女と会って話してみるようなことを言っていたが、一体どうなるのだろう。この歳になって5年も付き合っていた彼女に裏切られた岩泉が、不憫でならない。


「俺のことより、お前らはどうなんだよ」


どんよりとした空気を察知したのか、岩泉がそんなことを言ってきた。2人が何も反応せずにポカンとしているので、俺は適当に流そうと口を開く。


「俺らはまあ…なあ?」
「なあ?って何?マッキーなんかあったの?」
「ねーよ」
「ほんとにー?」
「最近元カノと会ったぐらい」
「え。それって元サヤ狙いとか?」
「んー…分かんね」


流すはずだったのに、うっかり口が滑って自分の恋愛事情を暴露してしまった。元サヤ狙い?という松川のドンピシャな疑問には、曖昧な返答をして誤魔化す。それでも、及川と松川のニヤニヤした笑いは消えなくて、どうにも居心地が悪い。
なんで俺ばっかり話してんだよ。そんな思いを込めて及川に話を振ると、なんと意外なことにあのモテモテで女関係では苦労知らずの及川が反省するものだから驚いた。驚いたのは俺だけではないようで、残りの2人も思わずツっこんでいる。
どうやらお目当ての子にすごくよそよそしい態度を取られてヘコんでいるようだが、そんな及川を想像すると自然と口角が上がってしまった。高校時代も、女子バレー部からはぞんざいな扱いをされていたが、意中の子にそういう対応をされるのは、たぶん初めてのことだろう。


「そんなに警戒されてるとかウケるんですけど」
「マッキー…自分がちょっと良い感じだからって馬鹿にするのやめてくれる?」
「でも確かに、想像したらウケる」


お酒のせいか、今日の俺は失言が多いらしい。けれど、今回の発言に関しては反省するつもりはない。松川だってニヤけてるし。そんな俺達を見て面白くないのか、及川はまだ何も暴露していない松川に話を振った。


「そういうまっつんはどうなの?気になる子と進展あった?」
「そういえばそんなこと言ってたよな」
「あー。とりあえず連絡先ゲットした」
「しれっと順調そう!ずるい!」
「ずるいってなんだよ…」


以前の飲み会の時、いいなーって子はいるけどたぶん無理、って言ってたくせに、いつの間にか松川は意中の子に随分と接近しているようだ。及川の子どもみたいな発言に呆れながらビールを飲む姿は、ほんの少し優越感に浸っているように見える。
俺達3人がわちゃわちゃと盛り上がる中、岩泉は時々口を挟むもののいつにも増して口数が少なく酒を飲むペースがはやい。こりゃまずい、と気付いたのは隣の松川も同じようで、さりげなく水をすすめている。なんとできたヤツだろう。昔から松川は、さりげなく鋭いし周りがよく見えるヤツなのだ。もしかしたら及川なんかより、ずっと女をたぶらかす才能があるかもしれない。
そんな失礼なことを考えながら、飲み食いしつつ他愛ない会話に花を咲かせていると、ふと、及川が真顔になった。何を考えているのかは知らないが、どことなく遠い目をしている。


「及川ー酔った?顔死んでる」
「ううん、ちょっと考え事。大人になるってヤだなーって思ってただけ」
「及川がそんなマジメなこと考えてる間に、隣の岩泉、本気で死んでるけど」
「えっ!わ!岩ちゃん!飲みすぎだってさっきまっつんが水渡してたじゃん…」


松川の指摘に隣へ目を向けた及川は、机に突っ伏す岩泉を認めてギョッとしている。彼女の浮気騒動で溜まっていたものがあったのだろう。これはもう、仕方がない。


「岩泉潰れてるし、そろそろ帰るか」
「及川ー岩泉送ってやれよ」
「えー…」
「この前、会社の愚痴言いながらベロベロに酔っ払ったお前を送ってくれたのって誰だったっけ?」
「岩泉じゃね?」
「………分かったよ…送ればいいんでしょ、送れば…」


松川の巧みな策略により、及川は岩泉を送ることを余儀なくされた。会計を済ませて店を出た俺と松川は、ふらつきながらも意外としっかり歩く岩泉とその隣をのろのろ歩く及川に別れを告げて、早々に帰路につく。まだ終電までには時間があるし、俺も松川も最寄駅から2駅ほどのところに住んでいるので、そこまで急いで帰る必要もない。
何を話すでもなくのんびり歩いていると、まるで高校時代に戻ったかのようで懐かしい。昔はよく、こうして並んで歩いたものだ。


「岩泉があんな風になるの、相当だな」
「そりゃそうだろ…結婚秒読みっぽかったんだから…」
「結婚かあ…花巻は結婚したい?」
「は?なんで?」
「いや。なんとなく」


松川の口から結婚なんて言葉が出てくるとは思わず、つい立ち止まってしまった。結婚なんて、彼女のいない俺にとっては夢のまた夢で、したいかどうか考えるところまでいっていないというのが正直な感想だ。
再び歩を進めながら俺が素直にそう伝えると、だよな、と同意した風の相槌をうったくせに、松川は更に質問を投げかけてきた。今日の松川は、いつもより少しお喋りかもしれない。


「結婚するならどんな相手がいい?」
「考えたことねーわ。松川は?理想とかあんの?」
「あるよ」
「え」


意外すぎて反応が遅れてしまった。松川は何でもなさそうな顔をしてスタスタ歩いているが、一体何を考えているのだろう。試しに、どんな相手が理想?と尋ねてみると、ニヤリと笑った松川から衝撃的な答えが返ってきた。


「今気になってる子」
「…は?」
「付き合ってもないくせにおかしいんだけど、なんかビビビッときちゃったんだよな」
「マジで…?」
「…はは、冗談」


結婚とか現実味ないよなー。そう言って茶化す松川の目は、口調とは裏腹にちっとも笑っていなかった。