×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

彼女持ち黒尾×同僚女子


※社会人設定、ちょっと不健全


最初からダメだって分かってたんだ。彼のことを好きになっちゃいけないって。でも、どうしようもなかった。ダメだって思えば思うほど好きって気持ちが膨れ上がっていって、気付いたら自分ではどうにもならないところまできてしまっていたのだ。今更、後戻りなんてできない。したところで、もう遅いし。


「いいの?」
「何が」
「彼女は」
「それきいちゃう?」


彼には彼女がいる。私が好きになるより少し前から、美人らしいって噂の彼女ができたことは人伝にきいていた。彼女がいる男の人なんて絶対に好きになったりしない。そんなの有り得ないって思っていた。のに、蓋を開けてみれば私はまんまと彼に落ちていた。
特別なきっかけなんてない。一緒に仕事をして、時々ご飯を食べに行って、くだらない話をしたり愚痴を言い合ったりした。本当にそれだけ。けれどもそれだけの中で、私は彼に惹かれてしまった。例えば、私が疲れ切っている時にお疲れって飲み物を差し入れしてくれる気遣いとか、ああもう猫の手も借りたいぐらい忙しい!って時に、これは俺がやっとくわって仕事を奪ってくれる気の利くところとか、彼氏にフラれた私を飲みに誘ってくれて慰めてくれる優しさとか、なんていうかもう挙げだしたらキリがないのだけれど、兎に角そういう小さなことが少しずつ積み重なっていった結果、私は彼が好きになってしまっていた。
こんな気持ちは彼女がいる彼に言うべきではない。言ってはいけない。そんなこと分かっていた。でも、彼は私の気持ちを知らないからこそ、いつも通り私の心を揺さぶるようなことを平気でしてくる。それに耐えられなくなった私は、言ってしまった。
ごめん、好きになっちゃったの。だから優しくしないで。
私だって必死に突っぱねたのだ。好きだけど、ちゃんと諦めるからって。これ以上好きになったりしないからって。それなのに、彼はそんな私の努力を一瞬で無駄にする。なんとなく分かっててそういう態度取ってた、ごめん、って。逆に謝られてしまった時の私の気持ちと言ったら。それはそれはもう、腹が立った。けれどもそれ以上に、期待した。私の気持ちが分かっていてそういうことをしてきていたのだとしたら、私の方になびいてくれるんじゃないかって。
でも現実はそう甘くない。彼は今も彼女と別れていないし、私との関係は宙ぶらりん。ただの同僚に戻ることもできず、かといって恋人同士みたいな甘い関係にもなれない。でも、たまに2人きりで過ごす。彼女が知ったら大激怒に違いない。私が彼女だったら絶対に怒る。それでも私は、今日も彼と一緒だった。ほんと、自分って最低。でも、さあ。それは彼も同じじゃないかな、なんて。彼を共犯者にしようとしている私は、やっぱり最低だ。


「つーかさ、彼氏つくんないの」
「つくりたくてもつくれない」
「なんで」
「それきく?」
「やっぱ俺のせい?」
「黒尾より好きになれる人いないんだもん」
「なにそれ、俺めっちゃ愛されてるみたいじゃん」


そうだよ、私はアンタのこと愛しちゃってんの。分かってないんだ。伝わってないんだ。悲しいなあ。辛いなあ。でも、それで良い。そうじゃなきゃいけない。
彼はへらりと笑って煙草を咥えた。ゆらゆら、煙草の煙が揺れるのをぼんやり見つめながら、私は優越感に浸る。彼は普段、煙草を吸わない。仕事中も、会社での飲みの席でも、彼女の前でも。それなのに、私の前でだけは吸う。理由は知らない。けど、そんなのなんだって良かった。彼のこのシルエットを私だけが知っているという、ただその事実だけあれば私は満足できるから。
彼がふぅーっと、白い煙を吐き出した。2人きりの室内にむわりと煙草の香りが充満する。服ににおいがついちゃうな、なんて思っていたのは最初だけ。一緒に過ごすうちに、このにおいが彼と私を繋ぐ細い細い糸みたいなものだから、消すのは嫌だと思うようになった。


「次、いつ会えるかな」
「明日仕事で会えるじゃん」
「そうじゃなくて」
「ああ、んー、いつがいい?」
「そっちが決めてよ。彼女のこととか、あるんだから」


自分で言っていて惨めだった。私はどんなに頑張っても2番目の女でしかないということを自ら主張しているみたいで。でも、それが現実。こういう道を選んだのは私自身だ。
彼が煙草を灰皿に押し付けて火を消した。そうして、私と彼の間にあった少しの距離をいとも簡単に埋めて、頭をくしゃりと撫でてくる。そんなに拗ねんなよって言われても。これが拗ねずにいられるか。毎回毎回、好きを重ねるたびにどれだけ苦しんでると思ってんだ。自業自得だけど、でも、辛いものは辛いんだぞ。
いつもは押しとどめている熱いものがじわじわと目頭に溜まっていくのが分かった。なんで今日はいつもみたいに振る舞えないんだろう。2番目の女でも別にいいよって、そんなの全然平気よって、そういう顔ができないんだろう。理由は分かっていた。彼への好きって気持ちがまた膨れ上がって、ぎゅうぎゅうに押し込んでいた気持ちが溢れてきてしまったからだって。


「実はさあ」
「うん」
「言ってなかったんだけど」
「うん」
「彼女と別れたんだよね」
「……え?」
「2週間ぐらい前に」
「なんで?私のせい?」
「違う違う。単純に俺らの問題で」
「ほんとに?」
「ほんと」
「じゃあなんでそんな前のこと今言うの」


ひゅうん、と。目頭の熱が引っ込んでいく。その代わりに戸惑いと期待が湧き出てきて、俯きがちだった視線は自然と彼の方へ向いていた。彼は私をちらりと見て、でもすぐに明後日の方向を向く。珍しい。彼が視線を逸らすなんて。


「いくら二股かけてたとは言えさ、そういう気持ちがないと相手にしてないわけですよ」
「…うん」
「でも彼女と別れてすぐに、彼女と別れたんではいじゃあ付き合いましょって言うの、なんかすげぇ軽い男みたいじゃん?」
「まあ実際軽いよね」
「それは否定できませんけども」
「で、つまり、どういうこと?」
「俺の彼女になりませんか?ってこと」


それまでやけに遠回しな言い方をしていたくせに、最後は至極あっさりと、ド直球なセリフを投げつけてきた彼に面食らう。
散々振り回された。彼女が呼んでるからって、誘いを断られた回数は数知れず。一緒に会う時も知り合いに会わないようにって気を遣ってこそこそして、ホテルから出る時も時間をずらしたりして、堂々とデートなんてできるはずもなかった。それが当たり前だった。そうしなければならなかった。私がそれで良いと言ったから。でも本当は、ちゃんと、彼の隣を歩きたいと思っていた。昼時に2人でランチを食べたり、最近できたばかりのテーマパークに行ったり、そういうありふれたことができたらって夢見ていた。それが、叶う。こんなにも簡単に。


「私だってさあ、生半可な気持ちで2番目で良いって言ったわけじゃないよ」
「ですよね」
「本気で好きだから、彼女がいても諦められないぐらい好きだから、そういう関係を続けてきたの」
「知ってる」
「知ってるなら、俺の彼女になりませんか?なんて、きいてこないでよ」


私に委ねないで。全部分かってるんだったら、私の気持ち知ってるって言うんだったら、もっと強引に奪ってよ。


「じゃあさ」
「うん、んっ、」


彼と唇を重ねたのはこれが初めて。情事中でさえもその行為だけはしなかった。お互いに、求めちゃいけないって思っていたんだと思う。それが今、重なった。重ねられた。そうして離れた後、至近距離で彼は言う。今日から俺のもんね、って。違うよ黒尾。私はもう随分と前からあなたのものだったもん。折角カッコつけたくせに、待たせてごめんな、って言っちゃうあなたが、私はやっぱり好きだよ。
この気持ちを伝えたくて自分から唇を重ねれば、煙草の香りと一緒に彼の香りに包まれた。