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日常はクラシックで踊る


「あ」
「…あ、」


なんて言うんだっけ、こういうの。ジャジャジャジャーン、ってやつ。そう、運命。あちらが私と同じように思ってくれたかどうかは分からないけれど、少なくとも私はそう思った。
それは昨日の夕方のこと。高校2年生の3学期という途轍もなく微妙な時期に親の都合で転校することになってしまった私は、自分の新しい進学先である青葉城西高校を目指して歩いていた、のだけれど。携帯アプリのナビを頼りに歩いているというのに、どうやっても辿り着けずに彷徨うこと10分。
登校初日に道に迷って遅刻したらいけないからと下見をしておいて正解だった。まさか本当に迷うことになるとは思っていなかったけれど。私は携帯をポケットに仕舞い、誰かに道を尋ねることにした。元々地図を見るのは苦手なのだ。
そうして、誰に道を尋ねようかと道行く人を観察している時だった。視線の先に派手なピンク色の頭が飛び込んできて、思わず目を奪われる。そしてその人物は、なんと青葉城西高校のジャージを着ているではないか。私は偶然の出会いに感謝しつつ、ピンク頭の彼に声をかけた。


「すみません、」
「ん?俺?」
「はい。えっと、青葉城西高校の人ですよね?」
「そーだけど」
「あの、私、その青葉城西高校に行きたくて…」
「もしかして迷子?」
「はい…なので、道を教えていただけないかなと思いまして…」


近付いてみてぎょっとしたのは、その背の高さ。日曜日の夕方にジャージ姿で歩いているということは、何か部活をしているのだろう。そう思ってちらりとエナメルバッグを見てみればVBCの文字。VBC?何の略だろうか。まあ彼が何部であっても今の私には関係のないことなので深入りはしない。雰囲気的には年上っぽいような気がするけれど、3年生だったらこの時期はもう部活を引退しているはずだし、そうなると同級生?まさか1年生?それに関しても、それほど今の私には重要なことではなかったので尋ねることはしなかった。そう、今の私が必要としている情報は青葉城西高校への行き方。ただそれだけである。
彼は私の発言を聞いて、ちょっと待ってね、と言うと、携帯を取り出して誰かと話をし始めた。その電話を待つことほんの1分程度。電話を終えた彼は、じゃあ行こっか、と。今来た道の方へと歩みを進めた。え、もしかして、帰ろうとしていたというのに、私への道案内のためだけに引き返そうとしてくれているのだろうか。もしそうだとしたら申し訳なさすぎる。


「道、教えてもらうだけで大丈夫です」
「いーのいーの、ちょうど部室に忘れモンしちゃったの思い出したから」
「本当ですか…?」
「ほんと。ほら、行こ」


ちょいちょいと手招きをされた私は、忘れ物の事実が嘘か本当かも分からぬまま、彼について行くこととなった。道中、彼は花巻貴大と名乗り、バレー部に所属していること(VBCはバレーボールクラブの略だったらしい)、私と同じ2年生であることも話してくれた。その流れで私の方もこの時期に転校してきたことを言うと、早く友達出来ると良いね、と言ってくれた。とても話しやすい人だなあと思った。そして、なんとなくだけれど、友達が多そうでクラスでも人気がありそうだなあとも思った。
学校に着いてからお礼を言った時も、帰り迷わないようにね、と一声かけてから手を振ってくれたし、彼はきっと良い人なんだと思った。だから同じ学年なら、また会えたらいいなあって。会いたいなあって。そう思っていたら、まさかの同じクラス。しかも私の前の席。これを運命と呼ばずして何と呼ぶのか。私の頭の中では再び、ジャジャジャジャーン、という音楽が流れていた。


「昨日はありがとう」
「どーいたしまして。あの後ちゃんと帰れた?」
「大丈夫。今日も迷わずに来れました」
「そりゃ良かった」


休憩時間、彼と他愛ない会話をした。やっぱり話しやすい雰囲気で、こういう空気は好きだなあと思った。その後は、彼のおかげなのか、このクラスには気さくな人が多いからなのか。それはよく分からないけれど、私の周りに色んな人が集まってきてくれたおかげで友達もすぐにできた。非常に順風満帆だ。
けれどもこの席で困ったことが1つ。彼は背が高い。比べて私は女子の平均並みの身長か、それよりも少し低いかもしれないサイズ。つまり、黒板がとても見え辛いのだ。ただ、彼が悪いわけではないし全く見えないというほどでもないので、私は毎時間どうにかこうにか身体を動かして板書をしていたのだけれど。
1月下旬。ついに板書のスピードが間に合わないという事態が勃発してしまった。幸いにも事情を話せば友達がノートを貸してくれたので、私は休憩時間、借りたノートを広げてせっせと自分のノートへと書き写す作業に没頭する。次からはこんなことにならないように頑張らなければ。そんな決意を固めていた私の頭上から、さっきの授業寝てたの?と。不本意な問いかけが降ってきて顔を上げた。
声の主は、この事態を招いた張本人であると言っても過言ではないピンク頭の彼。けれども、あなたのせいで黒板が見え辛くて板書が間に合わなかったんです、と言うのは嫌味ったらしすぎるかなと思い、寝てないよ、と返すだけに留める。


「寝てなかったのにノート写せなかったの?」
「…まあね」
「なんで?」
「私、書くの遅いから」
「ふーん…」


そこで話は終了した、はずだった。けれどもここで思わぬ人物が、違うだろ、と口を挟んできた。隣の席のタナベ君だ。そして、花巻が邪魔で黒板見えにくいから毎回苦労してるって言えば良いのに、と。なんともストレートに事実を伝えてしまった。それに対して私は、そんなに苦労してないよ!と、フォローになっているかどうかも分からないことを言うだけで精一杯。邪魔だなんて言い方をされて、彼は嫌な気持ちになっていないだろうか。


「あー…ごめん。全然気にしてなかったわ」
「良いよ。全く見えないってわけじゃないし」
「席変わろっか?」
「ううん、大丈夫」
「そう?」
「もうすぐ席替えあるかもって言ってたし」


花巻君の後姿を眺めるの好きだし、とは言わなかった。初めて見た時から、派手な、というか、綺麗なピンク色の髪が目に焼き付いていて、実はこの席になってからずっと見ていたのだ。広い背中も、授業中に時々カクンと首をもたげる瞬間も、毎日眺めているだけで楽しくて。だから黒板が見え辛いことなんて、私にとっては大したことじゃなくなっていた。けれどもそんなことを伝えたら、そんなに俺のこと見てんの?ってドン引きされかねないので内緒。せめて次の席替えまでは、このままでいさせてほしい。私のちっぽけな願いはどうやら聞き入れられたらしく、結局席はこのままでいくことになった。
それからの授業では、彼が少し猫背になってくれたり、机に頬杖をついてくれたり、椅子に浅めに腰かけて背もたれに寄りかかるようにして座ってくれたりと、私に随分と配慮してくれるようになったおかげで視界が開けたのだけれど、なんだか気を遣わせっぱなしで申し訳なさが募る。そんな矢先に、席替えが行われることとなった。これで彼に気を遣わせなくて済むと思えばホッとしたけれど、もうあの後姿を堪能することはできなくなるのかと思うと寂しくもあったりして。私の心境は非常に複雑。
そうしてくじを引き、近くの席だった人に、ばいばーい、なんて言ってから席を移動した私は驚いた。花巻君がいる。しかも今度は私の後ろの席に。また一緒じゃん、って笑う彼に、宜しく…と言ったは良いものの、私の脳内で響くのは例の音楽。ジャジャジャジャーン。これで3回目。こんなに偶然って続くもの?なんて思いながら妙にドキドキしつつ席に座り荷物の整理をしていた私の肩を、背後からちょんちょんと突くのは間違いなく彼だ。なあに?振り向けばニィっと笑われて、元々速めだった鼓動が更にテンポアップする。


「今度は俺が見る番ね」
「へ?」
「約1ヶ月ずっと見られっぱなしだったから、お返し」
「えっ、うそ、もしかして、」
「気付くよそりゃ。視線めっちゃ感じるもん」


なんということだろう。私が彼を眺めていたことがバレていたなんて。恥ずかしい。ていうか、気持ち悪いよね。ごめんなさい、と謝れば、何が?とけろりとした表情で尋ねてくる彼は、私に見られていたことを何とも思っていないのだろうか。ニシシ、とまた楽しそうに口元を緩ませる。


「名字さんって今時珍しく髪染めてないよね」
「え?あ、うん、お金勿体ないから…」
「めっちゃ綺麗」
「へ、え、」
「俺、黒髪の子がタイプだから」


そこんとこ宜しく、って言われても。どう宜しくすれば良いんでしょうか。前向けよー、という先生の声で前を向いたけれど、背後からの視線が気になって仕方がない。どうしよう。次の席替えまで、私の心臓もつかな。ていうか、これは彼からアプローチされたと思って自惚れちゃっても良いのかな。お互い髪の色に惹かれ合ったんだとしたら、それってまたまた、例の音楽の出番じゃない?ジャジャジャジャーン。