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さようならフィリア


※大学生設定


成人したら真っ先にやってみたいと思っていたこと。何の後ろめたさも感じずに酒を飲む。大学生になってから、未成年にもかかわらず酒を飲まされたことは何回かある。勿論、そんなに大量に、ってわけじゃない。先輩達のごり押しに負けて飲まされた数口程度のものだ。けれども、たとえ数口であっても罪悪感には駆られるもので、どうせだったら成人してから胸を張って飲んでやりたいと思ったのだ。
去年はそうやって誕生日に特別な酒を味わった。そして今年は酒が解禁になって2度目の俺の誕生日。友達数人で集まって飯を食い、酒も飲んだ。前から思っていることだけれど、何度飲んでも思う。酒はそんなに美味くない。でも、その場の雰囲気を3割増しぐらいで楽しめる程度には気分が高揚するものだと思った。そして、判断力を低下させるにはもってこいのシロモノだ、とも。


「いつも意外と綺麗にしてるよね」
「意外と、ってのは余計だろ」
「買ってきたお酒、冷蔵庫に入れちゃっていい〜?」
「おう」


俺の家にある一人暮らし用の小さな冷蔵庫を、まるで自分の家のものみたいに開けて缶チューハイやらビールやらを入れているのは、同じ大学の同じ学部に通う名字だ。名字は女だけれど、そこら辺の男よりよっぽどサバサバした性格で非常に付き合いやすい奴だった。俺が気を遣っていないのと同じように、むこうも俺に気を遣ったりはしていないようで、今も俺の家で自宅のようにくつろいでいる。
名字の発言から分かると思うけれど、うちに来るのもこれが初めてではない。今までにも何回か来たことがあるし、2人きりにもなった。正直なところ、俺としては名字と2人きりというのは少し、否、かなり問題があるのだけれど、名字の方はそう思っていないらしい。問題、というのは俺の心の問題のことで、名字は友達だけれど、それ以上の何かとして意識してしまっているというのが現状だ。友達以上恋人未満。俺にとってこれほど残酷な現実はない。が、俺には現状を打破する勇気などなかった。
今日の飲み会の後、2次会に行くかどうかという話が出たのだけれど、明日1限目から講義がある奴らもいたのでお開きになり、まだ飲み足りないから2次会をしようと言い出したのが名字だ。結局メンバーは俺と名字だけ。お店に行くと高くつくから家飲みにしようという話になり買い出しを終えて今に至るのだけれど、意識がはっきりしているとは言え多少酔っ払っている男女で家飲みって。よく考えたらまずかったかもしれない。まあ名字の方は何の意識もしていないのだから、まずいと思うことはないのだろうけれど。


「じゃあ改めて、誕生日おめでとー!」
「サンキュ」


安っぽい缶をぶつけあって乾杯。ぐびぐびと飲んだビールは、やっぱりそれほど美味しいとは思えなかった。コンビニで買ってきたつまみを開けながら、今日の飲み会のことや大学でのことについて話をする。テレビはつけているけれどほとんど見ていなくてBGM。俺よりもハイペースで缶を空けていく名字は、確かそんなに酒に強くなかったような気がするけれど大丈夫だろうか。
飲みすぎじゃねぇか?と一応声をかけてはみたけれど、だいじょうぶだいじょうぶ〜と陽気な返事をされて、またぐびぐびと缶チューハイを流し込む名字。こいつ、帰る気ねぇな。


「ねぇねぇ」
「なんだよ」
「好きな人とかいないの〜?」
「はあ?なんで急にそんな話になるんだよ」
「いいじゃ〜ん。たまには色気のある話しようよ」


よりにもよって自分の誕生日というめでたい日に、なんで意中の相手からそんなことをきかれなければならないのだ。心中穏やかではないが、俺は平静を装ってビールを口に含む。ああ苦い。


「いたとしても言わねぇって」
「なんで〜?私と英太くんの仲なのに〜?」
「だから言わねぇの」
「どういう意味?」
「からかわれたりすんの嫌だろ。つーか英太くんってなんだよ」
「え?だって名前、瀬見英太だよね?」
「いつもそんな呼び方しねぇだろ」


完全なる酔っ払いと化した名字は、ふふふ、と楽しそうにふにゃりと笑っていて、うっかり手を出してしまいそうになるのを必死に堪えた。友達の境界を越えてはならない。酒を飲んでいるわりに、俺の理性はしっかり仕事をしてくれているようで助かる。そんな俺の葛藤など知る由もなく、名字は上機嫌なままでチータラをむしゃむしゃと食べながらとんでもないことを口走った。


「私はね、いるよ」
「…好きな人?」
「そう」
「………誰?」
「ふふ、内緒」
「なんだよ。俺とお前の仲じゃねぇの?」
「だからだよ」


俺の言ったことをそっくりそのまま真似ておどけている名字が言ったことは果たして本当なのだろうか。そりゃあ20歳を過ぎて好きな異性の1人や2人いてもおかしくはないけれど、名字の口からその手の話が飛び出したのは初めてのことで動揺してしまう。酔っ払いの言うことは大体が嘘だったり冗談だったりするから、名字の場合もそうなのだろうか。
悶々としている俺に、名字は更に追い打ちをかけてくる。今度はへらへらした様子から一変、急に艶やかな雰囲気を纏ったかと思ったら、ねぇねぇ英太くん、と。先ほどと同じように名前を呼んできた。いつもは瀬見、って名字で呼ぶくせに。これも酒の力なのだろうか。


「だからその呼び方は、」
「好きって言って」
「は?」
「私も言うから」
「なんでそんなこと…」
「英太くん、好き」
「…っ、」


嘘だとしても、冗談だとしても、これは心臓に悪すぎる。脈絡なくとんでもないことを言ってきた名字の意図は全く読めない。ただ、ちょっと潤んだ瞳で女らしく微笑んで見つめてくる名字は、とんでもなく良い女だと思った。
元々そういう気持ちがあったのと、酒の勢いと。ついでにいつもとは違う名字の雰囲気と。色んなものの相乗効果で、俺はするりと求められていた言葉を口にしていた。


「名前、」
「いつもそんな風に呼ばないくせに」
「…好きだ」


この上なく真剣に言ったつもりだった。たとえ酒が入っているとしても、この気持ちに嘘はない。そう伝えたくて。すると名字は、良かった、と呟いて。なんと、ぱたりと机に突っ伏して寝始めたではないか。だから飲み過ぎじゃないかと忠告したのに。これは朝起きてから記憶がないパターンだなと溜息を吐く。
いや、まあ、その方が良いのかもしれない。そもそも俺は真剣でも名字の方はどうなのか分からないし、覚えていない方が有難いような気がする。まったく、とんだ誕生日になったものだ。だらしない顔で幸せそうに眠る名字を一瞥して、もう1度深く息を吐く。ああ、布団かけてやらねぇと風邪ひくな。俺は立ち上がって布団を取りに寝室に向かった。


◇ ◇ ◇



翌朝、9時すぎに自然と目が覚める。ぼーっと辺りを見回せば名字は既に起きていて、おはよー、などと普通に朝の挨拶をしてきた。この様子を見る限り、やはり昨日のことは覚えていないようだ。がっかりしている自分とホッとしている自分。とりあえず複雑な心境であることは間違いない。
まあ良い。とりあえず顔でも洗ってくるか。俺はいまだにぼーっとしている頭を覚醒させるべく立ち上がる。すると名字も、なぜか俺に倣うようにして立ち上がった。一体なんだ。


「今日3限からで良かったね」
「え?ああ…そうだな」
「二日酔いじゃない?」
「それはこっちのセリフだっつーの。寝落ちやがって」
「ごめんごめん」
「飲むのもほどほどにしろよ」


まるで親のようだなと思いながらも苦言を呈せば、もう1度、ごめん、と謝ってきた名字。ちっとも反省した様子はなく、むしろなぜかニヤニヤしているような気がするのは気のせいだろうか。訝しむ俺に、名字は昨日の夜を彷彿とさせる笑みを浮かべてきた。どきり。もしかして。


「1回家に帰って支度してくるからさ、ランチデートしようよ英太くん」
「もしかして覚えてんのか……?」
「もう1回、好きって言って?」
「お前なあ…」


悪戯っぽくはにかむ名字にお手上げ。でもとりあえず、どうやら名字、もとい、名前は今日から俺の彼女ということでいいらしい。これは随分と良い誕生日プレゼントをいただいたものだ。俺はお返しと言わんばかりに、昨日と同じく名前がお望みの言葉を囁いた。