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教師及川×生徒彼女


※社会人設定


「ほんとに好きな人いないの?」
「いないってば!」
「え〜…私達女子高生だよ?恋愛してないの?」
「大きなお世話です〜!私のことは良いから、彼氏とは上手くいってるの?」
「そう!それがさぁ!きいてよ!」


女友達の粘着質な質問責めになんとか耐え切った私は、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。これ以上追求されたら逃げ切るのは相当苦労しそうだと思っていたので、愚痴をきく側に回ることができて本当に良かった。
友達には言えないだけで、私だってちゃんと恋をしている。問題は、恋をしている相手が特別な存在だということ。だから、すごく仲の良い友達にも頑なに自分の気持ちを内緒にし続けているのだ。


「あー、いたいた」
「及川せんせー!どうしたのー?」
「お前ね、俺は先生なんだから敬語使いなよって何回も言ってるでしょ」


私と友達の座る席に近付いてきたのは、女子生徒に大人気の及川先生。見た目は勿論のこと、気さくで人当たりの良い性格も人気の理由。ケラケラと笑いながら話す友達とは逆に、私は窓の向こうに広がるグラウンドへと視線を送る。
今日も天気が良いなあ。暖かいというより時々暑いと感じるぐらいの気温になってきたし、すっかり春だなあ、なんて。普段は考えもしないことを無理やり考えようとしているのは、そうでもしないと平静を装っていられないからだ。そんな私の努力の甲斐も虚しく、そういえば、と私の名字を呼んだ及川先生の声に、僅かながら肩が揺れた。


「資料整理、手伝ってってお願いしてたよね?」
「え…そんなお願いされた覚えないんですけど…」
「忘れっぽいなあ。ほら、今からやっちゃうから。ちょっと借りて行くね」
「はいはいどうぞ。頑張ってね〜」


無情にも友達は私を助けてくれず、ヒラヒラと手を振って見送られてしまった。私の腕を引っ張って引き摺るように教室を出た先生は、そのまま真っ直ぐに資料室を目指しているようだ。資料整理なんて、本当に頼まれた覚えはない。だとすれば、これは。
私がある考えに辿り着いたのと資料室の鍵が閉まる音が響いたのは、ほぼ同時だった。もう逃げ場なんてないのに、及川先生は私の腕を離してくれない。埃っぽい空気のせいか、それとも別の要因があってか。なんとなく息苦しさを感じる。
先生。そう呼びかけた私に、違うだろ、と間髪入れずに返してきたのは、勿論、及川先生だ。


「今は2人っきりだから先生じゃないよ」
「でもここ、学校です」
「敬語もやめなって言ってるのに。ほんと、お前は強情だよね…」
「資料整理なんて、頼まれてないです」
「うん。頼んでないもん」
「じゃあどうして…、」
「そんなの、2人っきりになるための口実に決まってるじゃん」


掴まれていた腕が解放されて、代わりに頬をするりと撫でられた。この温度が好きで、感覚も好きで、だから私は一瞬にしてふにゃりと溶けてしまいそうになる。
けれども、忘れてはいけない。ここは、学校なのだ。いくら滅多に人が来ない資料室で鍵をかけているとは言え、誰かに見られてしまったら大変なことになる。
そう、私の好きな人は及川先生。好きな人であり、たぶん、恋人。たぶん、と言ったのは、私達の関係がひどく曖昧なものだからだ。こんなことをしているのだから恋人という認識は恐らく間違っていないのだろうけれど、恋人である前に先生と私は教師と生徒。遊ばれている可能性だって十分にあり得る。それが及川先生ほどの人であれば尚更。
頬を撫でた手は、次に私の頭をくしゃりと撫でる。また余計なこと考えてるね、なんて、私の心を見透かすのはやめてほしい。


「教室、戻ってもいいですか」
「だーめ」
「そうやって私で遊ぶの、やめてください」
「ただでさえ2人でいられる時間少なくて寂しいのに、そう思ってるのは俺だけなんだ?へぇ…ふーん…」
「だから、からかうのやめてくださ…っ、」


ガタガタと古びた本棚が悲鳴をあげた。私の背中がぶつかったせいで少しばかり埃が宙を舞って、やっぱり息苦しいのは埃のせいなんだと言い聞かせる。両手首を拘束され張り付け状態になっている私の顔をじっと見つめる大きな瞳は、珍しく怒気と焦燥を含んでいるような気がした。
穏やかで、優しくて、ふわふわしていて。そんな及川先生は、今ここにいない。


「俺がいつ、お前との関係で茶化すようなこと言った?」
「それは…」
「いい加減…信じてよ。俺のこと」
「せん、せ、…」


ぎりぎり。手首が、痛い。うそ。痛くない。私が痛いと感じるギリギリ一歩手前の力で掴まれているから。だから、痛い、なんて言えない。振り切れない。
懇願するみたいに私の肩に乗ってきた重みも、首筋を擽る柔らかい髪の毛も、私は拒絶できなかった。ここは、学校なのに。誰かに見られたら駄目だって分かってるのに。身体はちっとも動いてくれなかった。


「だって、私はまだ子どもで、先生は大人で、だからちゃんと、覚悟しなきゃって、思うじゃん…っ、とおるさんの、ばか、」
「…お前が覚悟しなきゃいけないことなんてひとつしかないでしょ」
「いつでも、別れられる覚悟?」
「なんでそういうこと言うかなぁ…」


お前の方がよっぽどばかだね。
そう言って顔を上げて私を見つめる徹さんの表情は、ゆるりとしたものだった。


「俺に愛される覚悟だよ」


そうして私を包み隠すように上手に抱き締めてくれた徹さんを、受け入れないという選択肢はなくて。どうにでもなれ、という投げやりな気持ちと、その温度に身を委ねたい気持ちをぐちゃぐちゃにして、大きな背中に手を回した。
私が卒業したら、堂々とデートしよう。手を繋いで、人が沢山いるショッピングモールをうろうろして、話題になっているお店でご飯を食べて、普通の恋人がしているデートを、心置きなく楽しもう。だからその時まで、2人だけの秘密だよ。
この関係が始まった時、約束をした。私は頷いて、徹さんは笑った。その時に、覚悟はできていたはずだ。愛される覚悟じゃなくて、愛す覚悟は。


「笑わないでね」
「うん」
「私、ちゃんと覚悟してるよ。愛す覚悟」
「…はは、」
「笑わないでって言ったのに」
「ごめんごめん」
「子どものくせにって思ってるんでしょ」
「思ってないよ。可愛いこと言ってくれるんだなって感心したの」
「ほら、ばかにしてる」
「…ごめんね、」


馬鹿にしてごめんね、と言っているわけではなさそうなトーンだった。けれど、何が?と尋ねるのは違うような気がして、私は何に対してのごめんね、なのかは分からないけれど、いいよ、と言った。


「たぶん俺の方が子どもだからさ」
「そうかなあ」
「どうしても、手放せないんだ」


ぎゅう、と。また抱き締められた。その心地良さに浸る間もなく、休憩終了を告げるチャイムが鳴り響く。このチャイムの音が、徹さんと私を教師と生徒に戻す合図。まるでシンデレラみたい。勿論、そんなにロマンチックなものではないのだけれど。
チャイムの音が鳴り止んだと同時に、先生が離れていく。授業遅れないようにね、と何事もなかったかのように資料室の鍵を開ける後姿は、ひどく遠い。
やっぱりね、私の方が子どもだと思うんだ。今この瞬間に抱いた切なさとか、また暫く触れられないんだって落ち込んでしまう気持ちとか、どう考えたって子どもでしょう?それでも。


「先生、またお手伝いしますね」
「…うん。助かるよ」


少しでもあなたに相応しい人になれるように。私は生徒を演じ続けるのだ。卒業という約束の期限が訪れるその日まで。