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パティシエ花巻×一般人彼女


煌びやかなケーキが並ぶショーケース。どれにしようかな、と悩む時間はあまりない。というのも、このお店はテレビで取り上げられるほどの有名店で、私の後ろには待っているお客さんが沢山いるからだ。
このお店がテレビで取り上げられるようになった理由。それは、勿論、ケーキやシュークリームが美味しいからなのだけれど、それだけではない。それらを作っているパティシエがなかなか整った顔立ちをしているので、イケメンパティシエとして取り上げられているから、というのも大きな要因だったりする。
今日もそのイケメンともてはやされているパティシエは、厨房で作業をしつつ、時々ショーケースの向こう側に現れては人懐こい笑みを浮かべて接客中。若い女の子から年配の女性まで、スイーツの味とパティシエの笑顔にメロメロのようだ。


「…シュークリーム2つ…、」
「以上で宜しいですか?」
「えっと…はい」
「本日のオススメも2つ、どうですか?」
「へ、」


元々、ケーキではなくシュークリームが目当てだった。だから、それ以外のものは買うつもりなかったのに。本日のオススメのケーキをすすめてきた話題のパティシエは、私に笑みを傾ける。このピンク頭め。買って帰れということか。


「…じゃあ、それも」
「ありがとうございまーす」


何がありがとうございます、だ。シュークリームも本日のオススメのケーキも、1つは貴大が食べるくせに。それらの心の声が音になることは勿論なくて、私は代わりにピンク頭のパティシエをじろりと睨んでやった。
お会計を済ませてお店を出る間際、店内を見回してみたけれど貴大の姿はなく、もう厨房に戻ってしまったのかと少し残念に思う。今日の帰りは一体何時だろう。私は沢山の女性で賑わう店内を抜けて外に出ると、家を目指してゆっくりと歩き出した。


◇ ◇ ◇



「ただいま〜」
「おかえり。今日はちょっと早いね」


すっかり日も暮れた夜。昼間にお店で愛想よく微笑んでいたピンク頭のパティシエがうちに帰ってきた。そう。私のフィアンセは今話題のパティシエ、花巻貴大なのだ。
プロポーズされたのは半年ほど前。その頃から少しずつ準備を進めて、漸く引越しを終えたのが先週のこと。リビングやキッチンなど、人目につくところはそれなりに片付けることができたけれど、寝室などにはまだダンボールが積み上げられている状態だ。
私は夜ご飯を温め直すべく、カウンターキッチンの向こう側へと移動する。貴大はその間に部屋着に着替えていて、お店で見るような煌びやかな姿からは想像もできないようなだらしないスウェット姿で椅子に座った。


「夜ご飯何?」
「チキンソテーと野菜スープ。それからポテトサラダ」
「良いねぇ。デザートに合わせて洋食?」
「そんなこと言い出したら毎日洋食にしなくちゃいけないでしょ」


鶏肉を焼きながら、私は苦笑した。付き合っている時から、貴大がお土産にお店の商品を持って帰ることはよくあった。けれど、一緒に暮らし始めてからのここ1週間は毎日夜ご飯の後にデザートが待っている。
今日みたいに私が買いに行くこともあれば、貴大が持って帰ってくることもあるのだけれど、こうも毎日、夜ご飯の後に甘いものを食べていたら太ってしまう。近々ウェディングドレスの試着に行こうと話をしているのに、こんなことではいけない。今日で最後にしよう。そう決心して、わざわざお店に出向いたのだ。
出来上がった夜ご飯をテーブルの上に並べて2人で食べながら、なんとなくつけたテレビ番組。話題のスイーツ食べに行ってみました!と芸能人がリポートするのは、貴大のお店ではなかった。


「ここ、最近すげぇ流行ってんね」
「そうなの?」
「んー…よく見る」
「へぇ」


ライバル店が気になるのか貴大の視線はテレビに釘付けで、映し出されたケーキを食い入るように見つめている。私は正直そんなに舌が肥えているわけではないから、プロの人が作ったもの何でも美味しいと感じてしまう。きっとこのケーキも美味しいんだろうなあ。そんな漠然とした感想を抱きながらテレビを見つめていた。
どうやらこのお店のパティシエもイケメンらしく、にこやかに微笑む姿は確かに爽やかだ。最近のパティシエは顔も良くなくちゃダメなのか。大変だなあ、などと、貴大のことを棚に上げて感心しながら眺める。


「あっちの方が良い?」
「え?」
「真面目に見てるから」
「この人も貴大みたいに忙しくなるなら大変そうだなあって思ってただけだよ」
「へぇ…」


不服そうに呟いた貴大はポテトサラダを口の中に放り込んでチキンソテーを貪った。何と答えたら正解だったのだろう。貴大のケーキの方が美味しそうだよ、とか言ってあげた方が良かったのかな。後になって考えてみても答えは分からず、私は何も言えなかった。
そうしてなんとなく微妙な空気のまま夜ご飯を終え、さてデザートを出そうと冷蔵庫を開けたところで、待って、と制止の声がかかった。いつもなら夜ご飯の後すぐに食べるのに、と思いつつ、その言葉に従って私は冷蔵庫の扉を閉める。


「食べないの?」
「先に風呂入る」
「そっか…いってらっしゃい」
「一緒に入ろ」
「えぇ…狭いじゃん…」
「いいから」


まだ食器洗いもしていないのに、と思いながらも、私は連れられるまま脱衣所に向かった。ぽいぽいと服を脱ぎ捨てていく貴大を尻目に、私はゆっくりと服を脱ぐ。先に入った貴大がシャワーを浴びる音が聞こえ始めてから数分、タイミングを見計らって中に入ればむわりと熱気が立ち込めた。
湯船に浸かる貴大からの視線を感じつつもシャワーを浴び、髪と身体を洗う。全て洗い終えてから、さてどうしたものかと悩むこと数秒。入んねーの?と手を伸ばされたので断るのもおかしいかと思って湯船にお邪魔した。ざぶりとお湯が流れていって、なんだか自分が太っていると言われているような感覚に陥る。


「私、今日で貴大の作ったデザートを夜に食べるのは最後にしようと思う」
「は?なんで?」
「…なんでも」
「俺の作ったもんに飽きたとか?」
「それは違うよ」
「他のやつが作ったもんの方が良くなった?」
「だから、そういうのじゃないの」


私の腰回りに回されていた手にぎゅうっと力が入る。背中にぴとりと張り付いた貴大の胸からはどくどくと速めの心音が聞こえてきて、恐る恐る顔だけ背後に向けてみれば、ちょっぴり不安そうな貴大と目が合った。
先ほどのテレビのことをまだ引き摺っているのだろうか。だとしたら、きちんと気持ちを伝えきれなかった私にも責任がある。


「ダイエットしようと思って」
「なんで?」
「……ドレス、試着しに行くでしょ?」
「ああ…そういうことか」
「貴大の作ったものは何でも美味しいから毎日食べたいよ。でも、結婚式までは頑張りたい」
「そういうことなら…分かった」


漸く誤解が解けたようで一安心。これで心置きなく、2人で仲良くお風呂上がりにデザートを食べることができる。そんなことを考えていた私は甘かった。
ここはお風呂で、つまり、お互い裸なわけで。腰の辺りをするする撫でる手付きがイヤらしくなってきたことに気付いた私は、貴大の手を抓る。いってー!と大袈裟に喚いているけれど、自業自得だ。


「もう出る!」
「ごめんって!でも食べたぶん消費すれば良くね?」
「そんなの毎日できないでしょ!ばか!」
「えー…たまには良いじゃん」


たまに、ってどれぐらいの頻度のことを指すのだろうか。確認するのはなんとなく憚られたのでその話題はスルーして、私は湯船から脱出した。少しショゲていたと思ったらすぐに立ち直るのだから切り替えの早さは天下一品だ。
お風呂上がり、2人揃ってシュークリームとケーキを頬張る。明日から暫くはオアズケだと思うと非常に辛いけれど、これも幸せな結婚式のため。最後の一口を食べ終えた私に、貴大はニヤリと笑いかけてきた。なんだか嫌な予感がするぞ。


「新作のケーキ、来週あたり試食してもらおうと思ってたのにな〜残念だな〜」
「えっ……その日だけは特別に食べる」
「完成までほぼ毎日試食あるんだけど?」
「……何それそんなのずるい」
「つまり、ダイエットしなくて良いってこと。そのままで十分イイオンナだから」


結局、貴大に上手く丸め込まれた私は、翌日からも美味しいデザートに舌鼓をうつことになるのだった。パティシエの旦那様をもつと苦労するな、なんて。こんな贅沢な悩み、ただの惚気になっちゃうかな。