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交差点で待ち合わせしましょ


※大学生設定


認めたくない。あんな男に惹かれているなんて。女たらしだと有名なだけあって常にヘラヘラした笑顔を振り撒いて女の子に話しかけているし、無駄に高身長でイケメンだから自分はモテると自信満々で、常に上から目線だし。私だって一応生物学上は女なのに、最近では随分と酷い扱いを受けているし。これだけ悪いところを並べても尚、あの男は、宮侑という男は、私の心を掴んで離さない。その事実をどうしても認めたくなかった。
最初は本当に見た目がタイプだっただけ。本当に見た目だけで言うならドストライクなのだ。そういえば最初はあの宮も、私に対して周りの女の子達と変わらぬ接し方をしてくれていたように思う。それがいつからか私の扱いだけが雑になり、女として認識してもらえなくなった。少なからずショックは受けたしヘコみもした。けれども私ときたら、そこで落ち込んで終わることはなく、元々の性格が負けず嫌いなものだから、つい突っかかってしまったのだ。


「なんで宮は私にだけそういう態度なの?」
「…そんなんも分からへんの?」
「いや、急に態度変えられて、分かるわけないでしょ」
「察し悪いわぁ…」


私好みの綺麗な顔が歪むのを見て、嫌われたということは理解した。何が原因で嫌われたのかは全く分からないけれど、とにかく宮侑は私のことが嫌いになった。だから態度を変えた。はっきりとは言われなかったけれど、つまりはそういうことなのだろう。そうして自ら傷を深くした私は、もうこの男には関わらないようにしようと決めた、のに。


「なぁなぁ、自分、あの講義受講しとったやんなぁ?」
「……それが何?」
「ノート貸してくれへん?」
「はぁ?なんで私が宮に貸さなきゃいけないの?」
「ええやん。昼飯奢ったるから。な?」


この男は、自分の顔面の使い方をよく心得ている。綺麗な笑みを浮かべて頼まれたら、そりゃあ断ることはできないわけで。決してお昼ご飯が目当てだったわけではないけれど、約束だからね、と言ってノートを手渡したのは1度や2度ではない。優しくはされない。きっといいように利用されているだけ。それが分かっていても、私はあの宮の微笑みに負けてしまう。勿論、その笑みを傾けるのは私に対してだけではないと知っているのだけれど、抗うことができないのが悔しい。
今日も今日とて、私は宮にまんまと絆されてノートを貸してしまった。実は昼ご飯を一緒に食べることを密かな楽しみにしているなんて、宮には絶対に気付かれてはならない。もし気付かれて、俺のこと好きなん?なんて尋ねられたあかつきには、上手に誤魔化せる自信がないから。


「自分、女やんな?」
「そうだけど」
「カツ丼貪りながらよぉ言うわ」


だってお腹すいてるし。食べたいものなんでも奢ってくれるって約束だし。そもそも女の子がカツ丼を貪っちゃいけないなんて偏見じゃないか。確かに、意中の異性を前に選んで食べるものじゃないかもしれないけれど、宮は私が好意を寄せていることになんて微塵も気付いていないのだから問題はないはずだ。
私の目の前でカレーライスを咀嚼している宮は私を呆れたように眺めている。もういいのだ。こうして友達として接することができているだけで十分じゃないか。片想いを続けることによって宮に振り回されっぱなしの私は、最近、無理やりそう思い込んでどうにかこの恋心に終止符を打とうと努力している。特別は望まない。だからせめて、このまま。


「ノート貸してあげてる友達にそういうこと言うの失礼だと思わない?」
「は?友達?誰が?」
「え…、」


宮が本気で首を傾げているのを見て、私はカツ丼を食べる手を止めて固まってしまった。そうか。私は宮の中で友達という位置づけにも満たなかったのか。憎まれ口ばかり叩かれるけれど、女の中ではそこそこ仲が良い方だと思っていたのは、私だけの勘違いだったんだ。恥ずかしい。


「ごめん、なんかお腹いっぱいになっちゃった」
「は?急にどないしたん?」
「ご馳走様。じゃあね」
「ちょ、名字!」


呑気に昼食を取っていられるような状況ではなくなってしまったので、勿体ないし申し訳ないけれどカツ丼は残飯として破棄した。そういえば宮って他の女の子のことは名字にちゃん付けで呼んでたのに、私のことはちゃん付けなんて可愛らしい呼び方してくれたことないよなあ、なんてどうでもいいことに気付いて、また気分が沈む。
今日の講義が午前中だけで良かった。さっさと帰って早く夜ご飯を食べてお風呂に入って寝よう。寝たらすっきりするかもしれない。寝て起きたら、今はこんなにぐちゃぐちゃになっている胸の中も、少しは整理できているかもしれない。大学を出て家に着くまでの道中、私はじわじわと熱くなる目元に気付かないフリをして、ひたすら歩き続けた。


◇ ◇ ◇



当初の予定とは違って、私は家に帰るなりベッドに倒れ込んで寝てしまっていたらしい。目を覚ますと外はすっかり暗くなっていた。気分はちっとも晴れないけれど、こんな時でもお腹が空いたと感じる私は割とタフなのかもしれない。
冷蔵庫の中にろくなものがないことを思い出して最寄りのコンビニに行き、安いカップラーメンを買う。こういう時にパスタとか選ばないから女として認めてもらえないのかなあ。コンビニから帰りながらぼんやり考えていたら、ふと、背後に人の気配がした。振り返ってみても人の姿はない。気のせいかと思ったのだけれど、やっぱり足音がする。
一人暮らしを始めてから今日に至るまで、こんなことは1度もなかった。ツイていない日というのはとことんツイていないのか。不審者に付き纏われるなんて最悪すぎる。怖いけれど辺りは住宅街で助けを呼べるような状況ではない。家まで走ろうか。ポケットに入れているスマホをぎゅっと握り、何かあったら110番しようと決心して駆け出そうとした時だった。


「待って」
「や、だ…!」
「ずっと見てたんだよ」


走り出そうとしたタイミングが遅かったらしく、私はスマホを握っていた方の手を掴まれてしまった。誰、この人。怖い。声も出せない。抵抗もできなくて泣きそうになっている私の背後から、今度は誰かにふわりと抱き竦められた。また不審者?と思ったのは僅かな時間のみ。


「この子、俺のやねんけど」
「な…、誰だ!お前は!」
「名前の彼氏」


聞き覚えのある声。私に彼氏はいないし、誰かのものになった記憶もないけれど、今は否定の言葉さえも出てこなかった。背後の彼が、宮が、どんな表情をしているのかは見えないけれど。その声だけで、ひどく冷めた表情をしていることが容易に想像できた。その凄味に負けたのだろう。見知らぬ男は走り去って行った。途端、全身から力が抜ける。


「危な。自分、隙ありすぎやねん」
「…ごめん。ありがと」
「は?そない素直でしおらしいん気持ち悪いわぁ」
「うん…そうだよね…そう、だよ、ね…」


ぽたぽたと勝手に目から溢れ出して冷たいコンクリートにシミをつくる涙は、危機的状況を脱して安心したことによるものなのか、助けてもらえた嬉しさによるものなのか、宮に気持ち悪いと言われて傷付いたことによるものなのか。それら全てによるものなのかもしれない。止めようとしても次から次へと流れ出てくるので、ゴシゴシと目を擦っても意味はなかった。ただ、いつもより不細工になっただけである。


「冗談やん。いつもなら、うっさい!て怒るとこやろ?どないしたん?」
「…宮には、私の気持ちなんて分かんないよ」
「そら分からへんわ。俺、エスパーちゃうし。名字やって俺の気持ちなんか分からへんやろ?」
「宮は、私のこと、嫌い、なんでしょ…?」


きいてしまった。直接的に嫌いと言われたら、もっと傷付くと分かっていて。それでも尚、これを機に、綺麗さっぱり片想いを終わらせたかったのだ。最後に知り合いのよしみで不審者から助けてもらえただけでも、ありがたいことではないか。そうやって、自分で自分を慰める。
宮は私の問いかけを、否定も肯定しなかった。さすがにこれ以上泣かせるのはまずいという良心的な気持ちが働いていて、何と答えるべきか迷っているのかもしれない。私って面倒な女だなあ。


「助けてくれてありがとう。私、帰るね」
「ストーップ。今度は逃さへんよ」
「…っ、離して。今度お礼に何か奢るから、」
「そんなんいらん」


宮から逃げたい一心で踏み出しかけた足は、腕を掴まれたことにより止まらざるを得なくなった。初めて知る宮の体温は、服越しに私の腕をじわじわと熱くさせる。


「やっぱり名字、なーんも分かってへんわ」
「何を…、」
「俺が他の子と態度変えとる意味も、毎回名字にノート借りる意味も、ここに“たまたま”おった意味も、ぜーんぶ。ほんま、アホやな」
「どうせアホだもん…アホだし、夜のコンビニでカップラーメン選んで1人で食べようとしてたような女らしくないヤツだもん」
「せやなぁ。でもそんなお前が好きや言うたらどないする?」


言葉を失って、ついでに呼吸の仕方も忘れた。それも、冗談?恐る恐る見上げた宮の顔は、いつもよりほんの少し真剣だった。


「宮は、物好きだね」
「せやろ?もーっと可愛い子おんのに」
「宮のこと見返してみせるから」
「そら楽しみやなぁ」
「宮にお似合いの女の子になるまで、待っててよ」
「何年かかんねん」


私も宮のこと好きだよ。そう言ったらハッピーエンドなのだろう。でも、それじゃあきっとダメ。うーんと可愛くなって、宮がちゃんと私を女の子として大切にしたいって思えるようにならなくちゃ。離したくないって思われるぐらいステキな女の子になって、その時まだ宮が今と同じ気持ちを抱いてくれていたら。また、好きだって言ってよ。
ほんの数時間前までは友達とすら思われていないのかと凹んでいたくせに、いざ好きだと言われてみれば、待っててと我儘を言う。こんな身勝手な私を、宮は怒らない。呆れているのか、大袈裟に大きな溜息は吐いたけれど。


「名字のそういうとこ、ほんまアホやと思うわ」
「うん。自分でもそう思う」
「しゃーないから気ぃ済むまで待っとったるけど」
「ひゃ、」
「他の男んとこ行ったら許さへんで」


そろりと頬に滑らされた手と耳元で囁かれたセリフに、私は頷くことだけで精一杯。とりあえず、今日の夜ご飯のカップラーメンを食べ終わったら、明日からは女子力アップを目指そう。美容院に行って、化粧の仕方も勉強しよう。
翌週、もう待ちくたびれたわ、と言って宮が2度目の告白をしてくることなんて、この時の私はまだ知らない。