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トロイメライはもう終わり


俺はどちらかというと効率的に、できるだけ自分が疲れない手段を選んで生きていけるタイプの人間だと自負していたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。まあ確かに、木兎さんのお目付け役になっている時点で、俺は自分に対する認識を間違えていたのかもしれないとも思う。勘違いしてほしくないのだけれど、俺は決して面倒見がいい人間ではない。ただ、気付いたら面倒事に巻き込まれていて、仕方がなくそれを引き受けるハメになっているだけなのだ。
木兎さんの面倒を見るだけでも大変だというのに、俺は一体何をしているのか。いや、でもこれは嫌々引き受けているわけではないし、面倒と言えば面倒だけれど、楽しみと言えば楽しみな時間ではある。
同じクラス。俺の前の席に座っている彼女は、今日もその身体をこちらに向けて人生相談を持ち掛けてきた。人生相談、というか恋愛相談か。皮肉なことに、彼女のことが好きだと自覚した時には、彼女には彼氏ができていた。しかも、あまり評判の宜しくない彼氏が。そんな彼氏の愚痴というか、今後の対策なるものを相談されたのはかれこれ数ヶ月前になる。他校の年上だというその彼氏は、見た目は、随分と彼女好みらしい。
なぜ彼女が俺に相談を持ち掛けてきたのかは分からない。最初は確か、席が隣になって世間話をするぐらいだった。それがいつからか、彼氏ができないどうしよう、合コンに行って好みの人を見つけた、告白されて付き合い始めた、という報告を受けるまでになっていたのだから不思議である。ちなみに、俺が彼女のことを好きになったのはこのやり取りの過程のどこかからで、気持ちの始まりはひどく曖昧だ。


「ねぇ赤葦、どう思う?」
「どうってきかれても」
「やっぱり浮気かなあ…」
「気になるなら直接確かめるしかないんじゃない?」


今日の相談はいつもより幾分か深刻だった。俺の机に頬杖を突きながらぼーっと呟く彼女に、俺は些か辛辣な言葉を返してしまったかもしれない。けれど、片想い中の相手に毎回恋愛相談をされるこちらの身にもなってほしい。やり取りできることは嬉しいけれど、その内容は非常に好ましくないのだ。きいているだけでも有難いと思ってほしいレベルである。
今日の昼休憩は珍しくミーティングがないので昼ご飯は先輩達と別々で食べることになっていて、久し振りにクラスの友達と食べようかと思っていたのだけれど、どうやら話が長引きそうなのでこのままおにぎりを齧るしかなさそうだ。俺は徐に昼食用のおにぎりを取り出すと、それをぱくりと齧りながら話に耳を傾ける。


「他の女の子と2人きりで手を繋いで歩いてる時点でアウトだよね?」
「まあ…そうかな」
「あー…結構ショックだなあ…」


首を垂れて落ち込む彼女を見て、思う。俺ならこんな風に苦しませたりしないのに、と。けれども彼女には今、浮気をしているかもしれない彼氏がいて、俺には手が出せない。とても、イライラする。もっと早く行動を起こさなかった自分にも、浮気をしているかもしれないのに顔がタイプというだけで(それだけじゃないのかもしれないけれど)その彼氏に心を奪われている彼女にも。
それでも俺は今日も、嫌な顔ひとつせずに淡々と、彼女の相談役に徹する。そうすることでしか、彼女の傍にいられないことが分かっているから。俺は狡猾だ。


「赤葦、」
「なに?」
「私、傷心中なの。慰めてよ」
「どうやって?」
「んー…わかんない」
「…悪いけど、そういうのは向いてないんだ」


いいよ、慰めてあげるよ。そう言って抱き締めでもしたら、驚いて拒絶するくせに。俺も狡猾だけれど彼女も狡猾だ。項垂れたまま昼食の準備をしようともしない彼女と、その様子を眺めながらおにぎりを貪る俺は、第三者から見てどう映っているのだろうか。咀嚼しているおにぎりは、なんだかいつもより塩辛いような気がした。


◇ ◇ ◇



結局あの後、辛気臭い顔をした彼女は売店で買ってきたらしいパンを食べていた。元々が明るい彼女なだけに、落ち込んだ様子で帰って行く姿を見て心配にはなったけれど、どうすることもできず。それからの1週間は珍しく、前の席に座る彼女が俺の方に身体を向けてくることはなかった。相談役の任すらも不要になったということだろうか。
そんな、我ながら女々しいことを考えていた矢先。部活がオフの今日、彼女に、放課後少し時間をくれと言われた。わざわざ放課後に?とは思ったけれど、周りに人がいたら言いにくいことでもあるのかもしれない。そんな内容を俺に相談してくれるなら、まだ相談役の任は解けていなかったのだなと、妙に安心している自分が浅ましかった。


「ごめんね、部活が休みなのに残らせちゃって」
「いや、それは良いけど」
「最近ほぼ話してなかったから変な感じだね」
「あれから彼氏と話したの?」


ちらほらと教室に残っていたクラスメイト達はいなくなり、普段は喧しい教室内には俺と彼女の声しか響かない。廊下にもほとんど人はいなくなってしまったようで、昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
俺の質問に、彼女は笑うだけ。何かされたのか。傷付くようなことを言われたのか、はたまたされたのか。俺は彼女の親でもなんでもないけれど、そんなことが心配になる。


「赤葦はさ、」
「うん」
「なんでそんなに私に優しくしてくれるの」


優しく?俺が?彼女に?いつ?彼女の言葉を、上手く理解することができなかった。
だって俺は、彼女のためを思って相談に乗っていたわけじゃない。そうすることで、彼女の傍にいられるから。彼女に必要とされるから。全部、自分のためにしていたことだ。それを彼女は優しさだと言う。これが優しさだったなら、どんなに良かっただろう。俺の気持ちなど知る由もない彼女は、黙って返答を待っている。本当に、俺って報われないなあ。


「それを言ってどうなるっていうの?」


答えられなかった。適当にはぐらかすことも、嘘を吐くこともできたのに、拗ねたようにただ、それだけしか言えなかった。俺は、必死に大人ぶって余裕ぶって見せていたけれど、結局のところ子どもだ。肝心な時に感情のコントロールができない。試合中は上手にできるのに。恋愛ってのは難しい。バレーよりも、ずっと。


「…どうにも、ならないよ」
「だろうね」
「ただ、特別な意味があったら良かったのになって、思っただけ」


彼氏がいるくせに随分と思わせぶりなことを言う彼女に、思わず顔を顰める。そんな俺を見て、彼女は尚も言うのだ。


「赤葦が彼氏だったら良かったのかなあ」


そんなことを言われて、俺はどう反応したら良いのだろう。そうだね?そんなこと言うな?肯定しても否定しても間違いな気がする。
構図はいつもと同じ。彼女が俺の席の方を向いて、机の上に頬杖をついている。その視線はどこに向けられているか分からなくて、ただ、時折ほんの少しだけ視線が合う。その度にふっと表情を緩ませるのは、果たしてわざとなのか。


「名字には彼氏がいるだろ」
「…もういないよ」
「え」
「別れた」
「…そう、なんだ」
「フラれちゃった。それをね、ちゃんと赤葦には報告しておかなきゃって思って」


ふふ、と。おどけたように笑う名字に、胸の奥が疼く。弱っているところにつけこむのは最低だと思う。けれど。


「私、傷心中なの。慰めてよ」


つい最近も同じことを言われた。その時は何もできなかった。名字には彼氏がいて、教室には沢山の人がいたから。でも今はどうだろう。彼氏と別れて、都合よく2人きりで。そういえば慰めるのは向いてないんだったね、とおどける名字の頭を撫でることぐらい、許してはもらえないだろうか。


「名字はもう少し男を見る目を養った方が良いよ」
「…そう言う赤葦も、見る目ない気がする」
「そうかな…そうかもね」


頭を撫でる俺の手を嫌がる素振りはなく、ありがとう、と笑った名字を、俺はやっぱり好きだと思った。俺って見る目、ないのかな。