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あいまであと3歩


効果音にするとキラキラ。そんな表現がよく似合う彼は、私とは別世界に住んでいる人だと常々思っている。
いつも明るくて元気で友達に囲まれていて、クラスのムードメーカー的存在。そんな彼のことは遠くから眺めているだけで十分だったのに。つい最近おこなわれた席替えで、私の後ろの席になったのは、なんと彼だった。
別に私のことなんて見てはいないと思うけれど、授業中も背後に彼がいるのだと思うとそれだけで妙にドキドキしてしまう。それに加えて、プリントを後ろに回す時、ほんの少し手が触れるという小さなハプニングが何度も起こって、私は気が気じゃなかった。
クラスの中で、どちらかと言うと目立たないグループに属す私が、彼…西谷君のような人の近くにいること自体、おこがましいのではないか。憧れと、少しの淡い想いを抱いていることも大概おこがましいとは思うのだけれど、この気持ちは誰にも伝えず胸にしまっておくから許してもらいたい。


「名字、次の英語の宿題やった?」
「え!あ、うん…やってるけど…」
「一生のお願い!今回だけ教えて!」


そんな西谷君に名前を呼ばれて戸惑っていたのも束の間、顔の目の前でパン!と手を合わせて頭を下げながらそんなことを言われてしまった私は、慌てて顔を上げるよう促す。
宿題ごとき、いくらでも見せてあげるのに、一生のお願いを使い切ってしまうのは勿体ないのではなかろうか。いや、私に対するお願いなんてこの先する予定はないのだろうからここで使い切ってしまっても問題ないのかな。
そんなどうでもいいことを考えながらそそくさと宿題のノートを渡して前に向き直ると、名字?と肩を突かれた。あれ?ちゃんと英語のノート渡したよね?他に何か用事ある?恐る恐る振り返れば、キョトンとしたクリクリ眼と視線がぶつかって慌てて逸らした。見つめ合うなんて、たとえ一瞬でも心臓に悪すぎる。


「教えてくれねーの?」
「えっ…答え写すだけじゃないの?」
「そんなことしたら大地さんに怒られるだろ!」
「だいちさん?」
「うちの部活の主将!」
「ああ…そうなんだ」


そんなの、私が言わなければバレないのに。こういう真っ直ぐで曲がったことをしない西谷君だからこそ惹かれているのだろうと、改めて再認識。私なんかで良いのかと思いながらも、それから私はノートを見ながら西谷君に解き方を教えてあげた。
全ての問題が終わってから、教え方は下手じゃなかったかと気になった私が口を開くより先に、西谷君はぱあっと顔を輝かせて私を見つめていて、名字って教え方上手いんだな!と褒めてくれるものだから、嬉しさが込み上げてきて口元が緩んでしまう。


「名字っていつも授業中寝てねーし、ノートも綺麗に書いてあるし、すげーよな!」
「私は西谷君みたいに部活してるわけじゃないから…勉強ぐらいは真面目にしなくちゃ」
「それって勉強頑張ってるってことだろ?」
「え?まあ…そう、かなあ…」
「何かひとつ頑張ってるって、すげーことじゃん!」


親にだってそんな風に褒めてもらえたことはなかった。勉強なんて頑張るのが当たり前だと、私以上に頑張っている人なんてたくさんいるだろうから、褒められるようなことでもないと、そう思っていた。
西谷君はすごい。部活で私なんかよりずっと頑張っているはずなのに、その努力をひけらかすこともなく、人のことを褒めて認めることができる。ニッと爽やかに笑う姿は、やっぱりキラキラしていた。ああ、眩しいなあ。


「西谷君、あの、空き時間とか、テスト期間中とか、私で良かったら勉強教えようか?」
「え!」
「あんまり勉強得意じゃなさそうかなって…思って…あ、でも他に教えてくれる人がいるかな…」
「いねーから!すげー嬉しい!」


じゃあ頼むな!と破顔する西谷君は、心の底から喜んでくれているようでホッとした。私でも西谷君の役に立てる。近くに居てもいい理由ができた。邪な考えを孕んでいる私の気持ちになど、西谷君は気付いていない。
その日から、私は西谷君が空いている時間に少しずつ勉強を教えることになった。西谷君はやはり勉強が得意ではない様子だったけれど、いつも私の説明を真剣に聞いてくれるから、それなりに理解してくれているようで教えている身としては嬉しい。何より、些細なことでも西谷君と会話ができるようになったことは、私にとって喜び以外のなにものでもなかった。
そしてもうひとつの変化。西谷君に教えてあげるようになってから、私自身も勉強時間が増えた。人に教えると理解力が増すときいたことはあるけれど、なるほど、私は身をもってそれを感じている。


「名字ってやっぱり教えるの上手いよな」
「そう?」
「俺、バレー部で勉強会しても大抵分かんねーけど、名字の説明なら分かる」
「良かった。嬉しい」


ストレートで裏表のない西谷君からの言葉には、素直に喜ぶことができる。だからつい、表情を緩めてしまったらしい。ポカンと、少し驚いた様子で固まる西谷君に気付いて、慌てて口元を引き締めた。


「名字のそういう顔、初めて見た」
「ご、ごめん…つい嬉しくて…」
「なんで謝んの?笑ってる方が俺は好きだけど」


好き、というたった2文字が西谷君の口から発せられたことに、ひどく動揺してしまった。特別な意味ではなく、例えば犬や猫が好き、と同じカテゴリーの意味だということは理解している。けれども、勝手に心臓が鼓動を速めてしまうのだからどうしようもない。
ありがと、と呟いた声は果たして届いただろうか。その後はなんとなくドギマギしてしまって、勉強が捗らなかったような気がする。次の日もその次の日も、私は西谷君を前にするたびにドキドキが止まらなくて、それまでのように勉強を続けることはできなくなってしまった。
せっかく西谷君と仲良くなれたのに。変に意識してしまう自分が憎い。そんな私の様子に西谷君も気付いたのだろう。ある日の昼休み、私は西谷君に、話があるんだけど、と声をかけられた。その声のトーンから、勉強を教えてほしいとか、そういう内容ではないことぐらい察することができる。


「俺、なんかした?」
「西谷君は…何も、してないよ」
「でも最近おかしい」
「ごめん…それは私の問題で…」
「名字が元気ねぇの気になるから、俺にできることあったら言えよ!」


優しい。真っ直ぐ。明るくてキラキラ。ああ、私やっぱり、西谷君のこと、


「好きだなあ…」
「へ?」
「え」
「今、名字、」
「っ!ごめん!忘れて!」


心の声が漏れてしまった。恥ずかしい。どうしよう。そういう意味じゃないよって、うまくはぐらかすことはできなかった。そんな余裕なんてなかった。それぐらい好きって気持ちが溢れてしまった。
脱兎のごとく駆け出した私が息を切らして立ち止まったのは屋上に続く階段の踊り場。滅多に人が来ないここなら、昼休憩中ずっと1人で考え事をすることができる。そう思ったのに。


「名字!なんで逃げんだよ!」
「にし、のや…くん、」


なんで追いかけて来ちゃうんだ。こういう時は優しくしなくていいんだよ。ずんずんと近付いてくる西谷君から逃げる場所はなくて、背後には壁。目の前の、さほど遠くない位置にあるのは西谷君の顔。俯いていても、西谷君の息遣いが聞こえる。
逃げたことは確かに失礼だったと思うけれど、それを謝ったところで許してくれそうな雰囲気はない。ごめんなさい、と呟いても返事がないことがその証拠だ。


「なんで謝んの?」
「急に変なこと言って、逃げちゃったから…」
「さっき言ったこと、俺は変なことだと思ってない」
「あ、え、でも、」
「嘘じゃねーんだろ?」


怒気は感じられなくなって、むしろ落ち着いたトーンで尋ねられたことにより、私は自分でも驚くほどすんなりと頷いていた。そっか、良かった。その言葉には、どんな意味が込められているのだろう。ポンと頭に置かれた手はゴツゴツしていて、西谷君が男の子なんだなあということを嫌でも思い知らされる。


「ありがとな」
「う…ん、」
「今はバレーのことしか考えらんねーけど、名字に勉強教えてもらえなくなんのは困るから、もう少し待っててほしい」


もう少し待ったら、どうなるの?不安が渦巻く中、チラリと上げた視線。そこには、顔を赤く染めた西谷君がいてこちらまで顔に熱が集まるのが分かった。
なんで西谷君がそんな顔してるの?まさか、って。期待だけが膨らんじゃうよ。西谷君に触れられた箇所が今更思い出したように熱くなっていく。


「とにかく!俺のこと避けたら許さねーからな!勉強も!ちゃんと教えてもらうからな!」
「…うん」


今まで通りに、とはいかないかもしれないけれど。もう少し先の未来に、期待しちゃってもいいのかな。教室までの帰り道、逃げられたら困るから、と引っ張られた腕は、燃えるように熱かった。