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おとどけものです


※社会人設定


出会いは突然だった。…なんてナレーションを入れられるほど、ロマンチックでも劇的でもない、平凡な邂逅だった。
一人暮らしをしている私のマンションに彼が初めてやって来たのは、2ヶ月ほど前だっただろうか。その日、私は仕事が休みだったので買い物にでも行こうかなあと出かける支度をしていた。そんな時、ピンポーンと鳴ったチャイム。セキュリティ万全のマンションに住んでいるので、誰が来たのかはテレビインターホンの画面を見れば一目瞭然だ。
そこに映し出されていたのは、有名な大手運送会社の配達員の制服を身に纏った彼で。お届け物でーす、というお決まりのセリフを言ってのけたのだった。
それまでうちのマンションを担当していた配達員さんは、どうやら他の地区の担当になってしまったらしい。初めて見るその黒い髪と、少し胡散臭くも感じる笑顔を確認して開錠ボタンを押した私は、誰からの荷物かなあと、それ以外考えもしなかった。


「どーも。サインお願いしまーす」
「はーい」


所定の場所にさらさらとサインをして荷物を受け取る。たったそれだけのやり取りの中、なぜか気になった視線。一般的な男性よりも随分と背の高い彼を見上げてみれば、やっぱり最初に感じた時と同様、胡散臭い笑顔を張り付けていた。
荷物は受け取ったし、もう用事は済んだはずなのに、彼は立ち去らなくて。私の方もなぜか玄関の扉を閉めることはしなかった。


「あの…何か?」
「いーえ?ありがとうございましたー」


それが彼との出会い。いちいち覚えておく必要もないほど些細な邂逅なのに、私の脳裏には彼の胡散臭い笑顔がこびり付いていた。


◇ ◇ ◇



うちのマンションの担当になったのだから、私の元に荷物が届く時は必然的に彼と会うことになるわけで。私と彼は何度か荷物を受け取るうちに、短いながらも世間話をする程度の関係になった。
元々、彼は社交的なタイプなのだろう。私より少し若いか、もしくは同い年ぐらい。詳しいことは何も分からないけれど、会話を重ねれば重ねるほど、女の人の扱いに慣れていそうだなあと感じた。


「はい、荷物どーぞ」
「いつもありがとうございます」
「あ、そういえば名字サン」
「はい?」
「髪切りました?前より似合ってる」
「…ど、どーも…」


ほら、こういうところ。あなたは配達員であってホストじゃないんだから、そんな口説き文句みたいなこと言う必要ないでしょ。そう思う反面、褒められて嬉しいと思っているなんて、認めたくない。けれど、会う回数が増えていくたびに、彼に対する特別な感情が大きくなっていくことからは目を背けられなかった。
買い物に行って、これがほしいな、と思ってもわざわざインターネットで注文するのは、彼が届けてくれると分かっているから。時間指定をしているのは、不在だったら荷物をマンション下のボックスに入れられてしまって彼に会えないから。こんなのもう、自分の気持ちに気付かないフリをしろと言う方が無理な話だ。
ただ口が上手いだけ。ちょっと雰囲気が好みなだけ。それでも列記とした恋心を抱いていることには変わりなくて。少しでも可愛く見られたい、けれど気合いを入れまくっているとは思われたくない。だからいつも、絶妙なメイクと服装で玄関先に立つのに。


「どー……も?」
「サインします、ペン貸してください」
「……今日スッピンなんですね?」
「サインしました。荷物もらいます」


うっかり寝坊してしまったのだ。だからメイクする時間なんてなかったし服を選ぶ時間もなかった。別にデートに行くわけじゃないし、なんなら彼はただの配達員さんであって彼氏でもなんでもないのだから、気に病む必要はないのに。
そんなに見ないで。何も言わないで。早く行って。羞恥心が芽生えてしまうのは、私が彼に好意を抱いてしまっている証拠。ほんと、一方的すぎて嫌になる。


「スッピンっていいっすよね〜。俺、好きですよ」
「気を遣ってもらわなくていいです」
「…あの、」
「っ、」
「今更ですけど、俺、黒尾って言います。黒尾鉄朗」


開け放した玄関の扉に手をついて、いつもより少し近い距離で、本当に今更ながらに自己紹介してきた彼の考えていることなんて分かるはずもない。ドキドキとうるさい心臓と使いものにならない頭。それでもちゃんと覚えた。彼は、黒尾鉄朗さん。


「じゃあまた…名前サン」


初めて呼ばれた名前に、また心臓が跳ねた。


◇ ◇ ◇



それからまた数週間が経過して、相変わらず時々荷物を受け取っては短い会話を交わすだけの状態が続いていた。何の進展も見込めない相手にうつつを抜かしてなんかいないで現実を見ればいいものを、私はいまだに黒尾さんに会うたびに胸を高鳴らせている。
そもそも彼には彼女がいるかもしれないし、私に特別な感情なんて抱いていないだろう。それが分かっていても諦めきれないのは、それほどまでに私の気持ちが本気ということなのか。


「今日は名前サンにお知らせがあります」
「なんですか?」
「来月から、ここら辺の担当は俺じゃなくなります」
「え…、」
「どーもお世話になりました」


出会いが突然なら、別れも突然だった。至極あっさりと。いつもと同じトーンで告げられた事実に、目の前が暗くなっていく。そうか、そうだよね。仕事でうちに来てるんだもんね。今までが夢みたいなものだったんだよね。
無理矢理自分に言い聞かせてみたけれど、納得はできない。来月って、あと1週間ぐらいしかないじゃないか。あと1週間後には、会えなくなっちゃう。でも、だからってどうしたらいい?考えに考えて、私が辿り着いた答えは。


「いつもありがとうございま…す…、」
「こちらこそ。いつもお疲れ様です」


初めて、彼に真正面から向き合って微笑みかけた。いつもよりすごく気合いをいれたメイク、ほんの少しだけ香るようにつけた香水、今からどこかに行くわけでもないのにひらりと翻すお気に入りのワンピース。
どうせ最後ならと、なりふり構わず精一杯おめかししてみた。少しでも彼の記憶に残りたくて。ちょっといい女だったなって思われたくて。
黒尾さんは目を数回瞬かせて私を見つめているから、驚いてくれてはいるのだと思う。それが良い意味か悪い意味かは分からないけれど。
さらさらといつもと同じように振る舞ってサインをする。この荷物を受け取ったら、きっと彼に会うことは二度とない。


「いつもと違いますね」
「そうですか?」
「似合わない」
「……、」
「うそ。ちょっと見惚れた」


彼はいつも思わせぶりだ。仕事中に女をたぶらかすなんて最低な人だと、そう思いたいのに。さらりと落とされる甘いセリフに、私はいつも酔いしれる。


「それってもしかして、俺のため?」
「……そうだと言ったらどうするんですか?」


だって最後だもん。心の中で呟いて、なかばヤケクソ気味に言い放った言葉。余裕ぶってにこりと笑ってみたつもりだけれど、果たして表情はうまく作れているだろうか。
沈黙。そして、ふっと笑う黒尾さん。ああ、きっと適当にあしらわれちゃうんだろうなあ。強気を貫いていた私が目を伏せたのと、黒尾さんが一歩距離を縮めてきたのがほぼ同時だった。


「ズルいヒトだなぁ」
「な、」
「本気にしちゃうよ?」


落とされた影と耳を擽る吐息。ダイレクトに鼓膜を振動させる低い声。ぞわりと背中が粟立つ。大きな身を屈めて耳元で囁いてくる彼を、ズルいと言わずして何と言うのか。ズルいのは、完全に黒尾さんの方だ。
もうまともに彼を見ることなんてできないし、取り繕った強気な女を演じることもできない。バクバクと壊れそうな心臓の動きを鎮めようとしている私に、すっと差し出されたのは携帯電話。


「今度は仕事じゃない時に来ていいですか?」
「は…?」
「俺、わりと本気だけど?」


上がった口角。胡散臭さは初めて会った時と変わらない。
そういえば、欲しい化粧品があったな。今度はインターネットじゃなくて、店頭に買いに行こう。できれば、彼と一緒に。