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恋愛モラトリアム


女ってものは総じて面倒な生き物だと思っていた。何かにつけて群れたがったり、くだらない世間話で延々と喋り続けたり、人の色恋沙汰に首を突っ込んだり。高校に入学して隣の席の女子に真っ先に聞かれたのは、月島君って彼女いる?だったのだが、なるほど、高校生になっても女ってのはそういうことばっかり考える人種なんだとインプットした。
ところがどうも、その括りには属さないタイプの女もいるということに気付いたのは、1ヶ月ほど前のこと。名字名前は、休憩時間でも1人でぼーっと外を眺めていたり机に突っ伏して寝ていたりと、他の女子達と過ごしているところをあまり見たことがない。さすがに弁当は誰かと食べているようだったが、それでも他の女子達がきゃっきゃと猿みたいに笑っているのをつまらなそうに眺めている姿が妙に印象的だった。
名字名前とはどんな女なのだろう。ほんの少し、そんな風に興味を抱いただけだった。それ以上でもそれ以下でもなく、ただの興味本位。たまたま席替えで隣の席になったのをいいことに、僕は珍しくも自分から声をかけた。


「名字サンってほんとに女?」
「は?生物学的には一応女だけど。初めて話かける内容がそれってどうなの?」
「ふーん…ま、そうだよね。見た目は一応女だし」
「人の話きいてる?失礼だなって思わない?」


名字さんは無駄に声のトーンを上げたり、分かりやすいほどの作り笑いを浮かべたりすることなく、不愉快極まりないという表情を浮かべている。こういうところも、他の女子達とは違う。
僕がどれだけ冷たくあしらおうが、月島君ってクールだよね〜などとふざけたことを宣う女子達には、正直うんざりだった。だからだろうか。素の反応を見せる名字さんに、少なからず好感を抱いてしまったのは。
それから何度か会話を交わす内に、僕と名字さんはお互いを名字で気軽に呼び合う程度の仲になった。そんなに多くの会話をしたわけではない。むしろ隣同士でもお互い無言のことが多い。それが逆に心地良かった。
無駄に話しかけてくるわけではないけれど、気が向いた時に話すのも苦ではない。くだらない問い掛けをされることもないし、こんな女子は初めてで。こんな関係なら悪くないと柄にもないことを思っていた矢先、クラスメイトに尋ねられた。


「月島と名字って付き合ってんの?」
「は?」
「何それ。初耳なんだけど」


僕の不機嫌さを露わにした反応と名字の抑揚のない切り返しに、自分が検討違いな質問をしてしまったことに気付いたのだろう。そのクラスメイトは、違うみたいだな、と1人で納得して僕達の元を去って行った。


「そんな風に見えるようなこと、したっけ?」
「してないでしょ」
「だよねー。変なの」


この出来事についてのやり取りは、たったそれだけ。しかし不思議なことに、それからも他のクラスメイト達に同様の質問を投げかけられることが増えてきて、僕達は首を傾げるばかりだ。
なぜそんな勘違いが生まれるのか。付き合っているのか、と尋ねてきた女子に質問し返すと、その女子はキョトンとして。


「仲良さそうっていうか…そういう雰囲気が出てるから、かな」


なんとも曖昧な返答をしてくる。僕も、恐らく名字も、そういう雰囲気ってものがよく分からなくて、へぇ、という興味なさそうな感嘆しか漏れなかった。
付き合うということがどういうことなのか、僕はよく分からない。ついでに、好きという感情の抱き方も不明だ。ただひとつ言えることがあるとすれば、僕の中で名字は、他の女子達とは明らかに違うポジションに位置しているということ。それだけだった。


「そういえば次のHRで席替えするらしいよ」
「あ、そう」
「月島と時々話すの楽しかった。ありがと」
「別に。大したこと話してないけど」


その会話を最後に、僕達は隣の席のクラスメイトから、ただのクラスメイトに戻った。窓際の1番後ろというベストポジションを引き当てることができたというのに、僕の気分はなんとなく上がらない。
隣には女子という生き物を絵に描いたようなクラスメイトが座っていて、ほんの少し目が合うだけで、よろしく、と言って微笑みかけられた。何の感情も生まれないがとりあえず、どうも、とだけ返しておく。
ふと教室内を見渡すと、名字は廊下側の真ん中らへんの席にいた。隣の席の男子と何やら話をしている姿を見て、イラっとしてしまったのはなぜなのか。気のせいだろうか。自分でも分からぬ感情には気付かぬフリをして、僕は名字から目を逸らすように窓の外へと視線を移した。


◇ ◇ ◇



席替えをしてから1週間。僕のイライラは募るばかりだった。隣の女子が無駄に話しかけてくることに対するストレスもさることながら、名字が隣の男子と楽しそうに話しているのを見ると尋常じゃないほどのモヤモヤした感情が込み上げてくるのだ。
ここまできてこの感情の正体に気付かないほど、僕は馬鹿じゃない。認めたくはないけれど、僕もあちらこちらで見かける浮かれ気分の恋愛馬鹿の仲間入りを果たしてしまったらしい。全く不本意だ。
それでも感情と直結してしまった身体とは素直なもので、昼休みになると同時に名字の席に近付いて行った僕は、話があるんだけど、とだけ伝えてその手を掴み、教室から連れ出した。
月島?と動揺している様子の名字を無視してぐいぐいと引っ張って辿り着いたのは、昼休憩は誰も立ち寄らないであろう特別教室。


「月島?急にどうしたの?」
「自分でも信じられないし認めたくないんだけど」
「…うん?」
「他の奴と話してんの、腹立つ」
「はぁ?」


突然わけの分からないことを言われたのだから間抜け面になるのは仕方のないことかもしれないが、それにしたって色気のない顔だ。けれどこんな女に翻弄されているのは他ならぬ自分なのだから情けない。


「腹立つから、今日から名字と付き合ってるってことにする」
「え…月島、私のこと好きなの?」
「……知らない」
「えぇ…そこは嘘でも好きって言おうよ…」


戸惑うというより呆れたようにそう言った名字は、何がおかしいのか、ふふっと笑いを零す。眉を顰める僕を見上げてきた名字の表情に僅かドキッとしたのは、気のせいだと思いたい。


「私は月島のこと好きだと思う」
「…は?」
「少なくとも嫌いじゃないから。そんなに話したことないし月島のことまだあんまり知らないけど、付き合うってどんなもんかやってみよ」
「何それ」


不覚にも緩んだ口元。付き合いだしたからどうなんだって話だけれど、まあとりあえず、試しに恋人らしいことでもやってみようか。
ちょっとした出来心で思い付いた行動。身を屈めて自分の唇を名字の唇にそっと押し当てる。時間にすると数秒のことだ。


「な、なにして…!」
「付き合うってことはこういうことするもんじゃない?ていうか、」
「今度は、何っ…」
「名字でもそんな顔するんだ?」


初めて見た、名字の女の顔。思っていたよりも悪くない。だから今度はもう少しだけ恋人っぽいやつをしておこうか。
そう思って頬に滑らせた手を嫌がられることはなく、名字も満更でもないんじゃないかと思ったりして。馬鹿になるのも良いかもしれないなどと血迷ったことを考えてしまったのは、案外僕が大人になったってことだったりしないだろうか。