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花巻と喧嘩


私は今、とても複雑な心境で教室の入り口に立ち尽くしていた。それもそのはず。一緒に昼ご飯を食べようと言ってきた貴大のクラスに行くと、貴大の席を取り囲むようにして男子達が集まっており、ちらりと見えた机の上にはいかがわしい女性が表紙の、所謂エロ本が数冊、無造作に置かれていたからだ。時折聞こえてくる会話も、どうやら下ネタというか、そういった類の内容っぽい。
別にエロ本を見るなとか、そんなことは思っていない。健全な男子高校生なら、そういう話で盛り上がるのは仕方のないことだろう。女子が恋バナに花を咲かせるのと、きっと同じ感覚なんだと思う。
けれど、そういう話はこんな人が大勢いるような教室でしてほしくなかった。やっぱりお前では役不足なんだ、と。そう、言われているような気がするから。


「花巻は彼女いるじゃん。ぶっちゃけどうなの?そっちの方は」
「はー?何?気になんの?」
「そりゃまあな。ちょっとぐらい教えろって」
「んー…そうだなぁ…アイツは…、」


ドサ。手元から、コンビニ袋が音を立てて滑り落ちた。貴大はそこで漸く私の存在に気付いたようで、明らかに、ヤバい、といった表情をしている。周りに集まっていた男子達もさすがにまずいと思ったのか、私の姿を確認するやいなや蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ行ってしまった。
ガタリと音を立てて立ち上がった貴大が私の方に近付いてくるのを見た私は、急いでコンビニ袋を拾い上げると一目散に駆け出した。だって、どんな顔して貴大と話せば良いのか分からない。
あんな風に、簡単に、私とのあれやこれやを友達に暴露しているのだろうか。2人きりでの出来事を、面白おかしくネタにしているのだろうか。今までのこと、全部?あの男子達はどこまで私のことを知ってるの?考えれば考えるほど貴大のことが信じられなくて、自然と涙が滲む。
ちょっと軽いところはあるけど、肝心なところでいつも優しくて私を大切にしてくれる貴大だから、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。私、もしかして話のネタにするために遊ばれてたのかな。考えたくはないけれど、そんなことを思ってしまう。


「待てって!頼むから!」
「や、だ…!離して!」
「話きいて」
「……話って…何……?私のことネタにして、そんなに楽しかった…?」


強く握られた手はほんの少し震えていた。昼休憩。人の行き交う教室前の廊下で私と貴大の存在は明らかに浮いていて、そのことに気付いた貴大は無言で私の手を引いて歩き出す。場所を変えて話そう、と。そういうことなのだろう。
ここで逃げてもいつかは話さなければならないことだからと、私は腹を括って貴大の後を付いて行った。そしてやって来たのは、滅多なことでは人が立ち寄らない、特別校舎の裏。昼間なのに少しひんやりとして薄暗いそこで、貴大は私の手を離した。


「……ごめん」
「いつもああやって、私のこと、面白おかしく話してたんだ?」
「それは違う!」


必死に否定する貴大に一瞬絆されそうになったけれど、今回ばかりは許すことができない。何が違うのだろう。先ほどの光景を見る限り、貴大は私のことを何か言おうとしていた。普通ああいう時は、教えない、というのがセオリーなんじゃないだろうか。


「私と付き合ってるのって、ネタ集めのためなの?」
「だから、違うんだって…」
「何が違うの?私には貴大の考えてることが分かんないよ…」


ついに堪えていた涙が溢れ出してきて、私はそれを必死に手の甲で拭う。貴大の表情は涙で滲んでよく分からないが、すごく申し訳なさそうにしていることだけは分かった。


「いつもああいう話してるってわけじゃねぇし、お前のことネタにしようなんて思ったことは一度もない」
「でも、さっき…」
「あれは!なんつーか…あー……」


うまい言い訳が見つからないのだろう。貴大は言葉を詰まらせる。ほら。私の言ったこと、図星なんでしょ。だからそんなにしどろもどろになってるんだよね。怒りを通り越して悲しくなってきた私は、返答に悩んでいる貴大を真っ直ぐ見据えた。


「もう、いい」
「は?」
「もういいけど…、嫌、だったな…貴大にしか見せてないこと、他の人に知られるの」


貴大だから、いいやって思った。貴大だから、どんな恥ずかしい姿もみっともないところも見せてきた。それなのに、貴大にとってそれは特別なことじゃなかったということが、何より悲しかった。
言った後で再び俯くと、貴大はまた、ごめんと呟くように零してから、私の身体をこれでもかというほど強く抱き締めてきた。それは、なんだか縋り付いているようにも感じられて。こうなったら許すしかないのかなあなんて思ってしまう。


「別にそういうこと言おうとしてたわけじゃなくて。ただ…自慢したかったんだ。俺の彼女はこんなにいい女なんだぞって」
「……貴大、」
「でも、もう言うのやめる。だからごめん。許して」


やっぱり貴大は優しくて、私のことを大切に思ってくれている。それが分かっただけで落ち込んでいた気持ちが急浮上するのだから、私は相当貴大のことが好きだ。
しかし、ここで簡単に許してしまうのも面白くないかな、と悪戯心が働いた私は、貴大のことを見つめながら首を傾げた。


「さっきみんなに、何って言おうとしたの?」
「は?」
「アイツは……、の続き。教えてくれたら許してあげる」


それは言う必要ねーだろ、とバツが悪そうに言う貴大は少し照れているようだ。思わずクスクス笑ってしまった私の頬を摘んで、笑うな、と不貞腐れている表情も可愛く見えて仕方がない。
貴大の珍しい表情を見れただけでも十分なので、そろそろ許してあげようかな、なんて思っていると、何やら思いついたらしい貴大が怪しげな笑みを浮かべていることに気付いた。


「アイツは、お前らが思ってるよりずっと可愛いぞ」
「…へ、」
「そう言おうとしたんだよ」
「かわいい、って…、」
「あら?照れてんの?教えてって言ったのそっちなのに?」


してやったりの顔をした貴大に屈するのが癪だった私は、苦し紛れに話題を逸らそうとエロ本のことについて尋ねてみる。机に広げてあったエロ本。どんな子がタイプだった?私の問いかけにまたも笑った貴大は私の唇にひとつ軽く口付けを落として。


「お前よりタイプの女なんていねーよ」


私はついに撃沈した。元はと言えば貴大に怒っていたはずなのに、なんでこんなことになってしまったんだろう。気付けばいつの間にか貴大のペースになっていて納得できない。
けれど、まあ、私のこと、相当好きみたいだし。とりあえず教室に戻って仲良くシュークリームでも食べようかな。
カサリ。手に持っていたコンビニ袋の中で、2つのシュークリームが音を立てて寄り添った。