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10分が紡ぐ春


後ろの席の川西君は2年生になってから初めて同じクラスになったのだけれど、とてもフレンドリーな性格らしく私によく話しかけてきてくれる。1年生の時に仲が良かった友達と違うクラスになってしまい心細かった私は、川西君の方から声をかけてきてくれて凄く嬉しかった。そんなわけでクラスに他の友達ができた今でも、川西君とはよく話す。
私はあまりよく知らないのだけれど、川西君は2年生にして全国大会常連の男子バレー部のレギュラーらしい。川西君は自分からそういうことを言ってくれないので、この情報は同じクラスの女子にきいた。川西君に、凄いね!とその話題を振ると、そうでもないよ、と謙遜していたけれど、その時の川西君はちょっと照れたように笑っていたから、たぶん嬉しかったのだと思う。実はその時の笑顔を見て、胸がきゅんとしてしまったのは秘密だ。でもこれは、たぶん犬や猫を可愛いなと感じる類のそれだと思うので、恋愛感情とかではない…と思う。
今日も川西君は、たった10分の休憩時間の度に私に話しかけてきてくれる。よくもまあそんなに話題があるものだと思うけれど、テレビ番組の話や授業の話、先生の話なんかをしていると共感することも多く、意外と盛り上がるのだ。


「そういえば名字さん、今日って何の日か知ってる?」
「今日?えーっと…何だろう。……あ!分かった!あの遊園地の開園日だ!」


私は今日が某ネズミのキャラクターで有名なテーマパークの開園日であることを唐突に思い出し、勝ち誇ったかのように川西君に笑いかける。そのネズミのキャラクターが大好きな友達が、聞いてもいないのにペラペラ話していたウンチクが、まさかこんなところで役に立つとは思いも寄らなかった。
ポカンと口を開けて固まっているところを見ると、川西君はどうやら私が答えられるとは思っていなかったらしい。そりゃあ普通の人は知らないよね。私だって尋ねられなければそんなことすっかり忘れていたと思う。


「そうなの?」
「え?川西君、知っててきいてきたんじゃなかったの?」
「全然。知らない」
「じゃあ答え、違うってこと?」


川西君の呆けた表情は、私の回答が自分の知らない情報だったことによる驚きからくるものだったらしい。名字さんの答えも正解なんだろうけど、と笑いながらも、川西君は他に答えがあると言う。うーん。分からない。バレーにでも関係のある特別な日なのだろうか。
いくら考えても分からないので、私は川西君に降参を告げる。すると川西君は、ほんの少し寂しそうな顔をした。


「今日、俺の誕生日」
「えっ!そうなの?ごめん…知らなかった…」
「いいよ。言ったことないし。4月生まれってみんなと仲良くなる前だから祝われずにスルーされがちだし」


なんということだろう。始業式の日から今日まで散々色んな話をしてきたというのに、そういえばお互いの誕生日とか血液型とか、そういうプライベートな話は一切してこなかったから、全然知らなかった。今更後悔しても遅いけれど、折角の誕生日なら何か用意してあげたかったな、と残念な気持ちになってしまう。
そんな私の様子に目敏く気付いたのか、川西君は、ほんとに気にしないで、と笑っていて、それがまた申し訳なさを駆り立てる。そうだ。売店で買えるものなら今からプレゼントできるし、何がいいかきいてみよう。


「川西君、好きな食べ物って何?」
「え?んーとね、すき焼き」
「…それはさすがに買えないかな…売店にあるものだったら?」
「もしかして今から何か用意しようとしてくれてる?」


図星を突かれて頷くと、川西君はまた笑った。今日はやけによく笑うなあ、なんて思いながら、その笑顔を見つめていると、私と視線を交わらせた川西君がずいっと近付いてきた。私はいつも机に対して平行に座って顔だけ川西君の方に向けて話をしているのだけれど、こんなに顔と顔の距離が近付いたことはなくてドギマギしてしまう。
なんだか見つめているのが恥ずかしくなった私は、顔を逸らして自分の膝の辺りをじっと見つめる。すると、耳元でいつもより低い川西君の声が聞こえた。


「プレゼント、名字さんとのデートがいいな」
「えっ!」
「あ、こっち向いた」
「…っ!」


予想だにしない発言に、ついぐりんと川西君の方に顔を向けてしまった私は、目の前にある川西君の端正な顔を認めて、一瞬息が止まる。ち、近い。そう思ったのとほぼ同時に、私は反射的に川西君の顔をぐいっと押し退けてしまった。


「ここまで拒絶されると俺だってヘコむんだけど…、」
「ごめん…あの、でも、川西君が変なこと言ってくるから…顔近かったし…」
「変なことって?デートのこと?」
「で、デートは、恋人同士でするものなんだよ!」


私は尚もあっけらかんとしている川西君に、珍しくも声を荒げてしまった。私と川西君はただのちょっと仲の良いクラスメイトで、決して恋人なんかじゃない。詳しくは分からないがバレー部の男子は女子から人気らしいし、川西君ならきっと恋人になれそうな子がいるんじゃないだろうか。
そんなことを考えて、胸がチクリと痛んだ。川西君が誰かと付き合い始めちゃったら、こうして話しかけてくれることもなくなるのかな。今までみたいにくだらない話もできなくなっちゃうのかな。それは、なんか嫌だなあ。


「名字さん?……なんでそんな泣きそうな顔してんの?デートのことなら冗談だから…、」
「違うの、なんか、川西君に彼女ができちゃったら、こうやって話すこともできなくなるのかなって思ったら寂しくて…」


誤解させてしまったようなので慌てて弁解すると、川西君はまたもや先ほどのように口を開けたまま固まってしまった。あれ?私、もしかしてとんでもないこと言っちゃった?そうか。よくよく考えてみれば、そんなことを言われたら、川西君は彼女を作りにくくなってしまうじゃないか。
ごめん!今のも違う!
再び何か言い訳しようとした私を見て、それまで固まっていた川西君は、はああああと大きく息を吐きながら机に突っ伏す。そして少しだけ顔を上向かせると視線だけをこちらに向けて、私の服の裾を引っ張ってきた。


「名字さんズルすぎるんだけど…」
「何が?」
「……色々」
「なんか、ごめん?」
「んー……ごめんって思ってるならプレゼントちょーだい」


まるで駄々っ子みたいに私の服の裾をくいくいと引っ張り続ける川西君は、いつもと明らかに様子が違う。普段の川西君は、もっとこう…落ち着いてるというか、穏やかで大人っぽいというか、そんな感じなのに、今日は一体どうしたのだろう。誕生日だから甘えたい気分なのかな。実は祝ってもらえなくて拗ねてるとか?
プレゼントを用意しているわけじゃないしどうしたら良いものかと悩んだ挙句、私は机に突っ伏したままの川西君の頭をよしよしと撫でてあげた。だって、機嫌の悪い子どもってこうすると喜ぶよね?川西君は子どもじゃないけど。


「……名字さんってさあ、鈍感って言われない?」
「言われたことないよ」
「思わせぶりとか」
「何それ」
「俺さあ、実は1年生の頃から名字さんのこと知ってるんだよね」


誰も真面目に手入れなんかしてない花壇の花に毎日水やりしながら笑ってるところ、体育館から見てた。優しい子なんだろうなあ、話してみたいなあってずっと思ってたから、同じクラスになれたの嬉しくてすぐ声かけたんだけど、やっぱり思った通りの子だった。
視線だけこちらに向けてそんなことを言う川西君に、私は驚きを隠せない。そんなの、ちっとも知らなかった。なんだか見られていたんだと思うと無性に恥ずかしさが込み上げてくる。


「俺頑張るから」
「うん?部活のこと?」
「………来年の誕生日には、2人でデート行けるように頑張るから」
「え…、」
「今年のプレゼントは、名字さんの連絡先でいいよ」


川西君はそう言ってから身体を起こすと、ポケットからスマホを取り出して照れ臭そうに笑った。きゅん。また、胸が締め付けられる。しかしその胸の締め付けはそれまでと違って心臓が鷲掴みにされたような感覚で。私はほんの少し震える手で自分のスマホを取り出すと、川西君と連絡先の交換をした。


「やっぱり、来年の誕生日はデートじゃなくて違うことお願いする」
「え?あ、う、うん…」
「デートはもっと早く一緒に行こ」
「………え、と、」
「ちゃんと俺のこと、意識してね?」


川西君の発言を聞いた直後に鳴るチャイムの音。先生が教室に入って来たことで私は前を向かざるを得なくなってしまったけれど、授業どころの騒ぎではない。それまでは何とも思っていなかったのに、あんなことを言われたてしまったら、背後に川西君がいると思うだけで勝手に心臓がどくどく脈打つ。
ズルいのも思わせぶりなのも、全部川西君の方だ。私はチャイムが鳴る直前の川西君のニヤリとした笑みを思い出して胸をきゅんとときめかせながら、早く休憩時間にならないかなあと時計を見つめるのだった。