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浮遊病


繋心は少し前から、母校である烏野高校男子バレー部のコーチをやることになったらしい。最初は、あんなに渋っていたのにどういう風の吹き回しかと思ったけれど、なんだかんだで楽しそうに高校に行っている繋心を見ると、やっぱりバレーが好きなんだろうなあと微笑ましく思った。
私は繋心の幼馴染み兼彼女だ。だから高校時代のこともそれ以降のこともよく知っている。あんな身なりだし口調もぶっきらぼうなところがあるから、初対面の人には怖そうな人だと思われがちだけれど、繋心は意外にも優しいし面倒見がいい。だからバレーのコーチは、案外むいているのかもしれない。
今日も今日とて、繋心はバレー部の方に行っているためお店を留守にしていて、私が代わりに店番をしている。いつもというわけではないのだけれど、今日はたまたま仕事が休みだったのでお手伝いに来てあげたのだ。繋心のお母さんとは昔から親同士も仲が良くて半分家族みたいなものである。


「名前ちゃん、いつもありがとね」
「いいのいいの。いつも夜ご飯ご馳走になって、こっちこそありがとー」
「繋心、最近バレーばっかりでしょ?名前ちゃんとの時間も大切にしなさいよって言ってるんだけどねぇ…」
「大丈夫ー。昔からずっと一緒だもん。おばちゃんも世話の焼ける息子もって大変だねー」
「誰が世話の焼ける息子だ」


おばちゃんと話している間にいつの間にか帰ってきたらしい繋心が、私の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でながら口を挟んできた。だるだるのジャージ姿に煙草を咥えているその姿は、時代遅れのヤンキーのようだ。我が彼氏ながら、よくこれで高校生のコーチなんか務まってるな、と思う。
私は繋心によって掻き乱された髪の毛を手櫛で整えながら、おかえりー、と間延びしたセリフを投げかける。おう、とだけ返事した繋心は、そそくさと家の中に入ってしまった。
店番やってあげてるんだからもう少し感謝しなさいよねー、とは思ったが、毎回のことなので特に気にはしない。おばちゃんに、今日はもういいから名前ちゃんも家に入って、と言われて、私も繋心の後を追うように家にお邪魔する。おばちゃんはもう少し店番やら後片付けやら戸締りやらをするはずなので、夜ご飯の準備でもしておこうと台所に行った私は、まるで自分の家であるかのように食器や箸などを用意し始めた。


「今晩の飯、何?」
「わ、びっくりしたー…ていうか繋心、シャツぐらい着なよ」
「あっちーんだよ」


味噌汁の薬味となるネギを切っていると、背後から突然繋心に声をかけられ肩が跳ねた。振り返ると、お風呂上がりの繋心が上半身裸でタオルを首に引っ掛けたスタイルで立っていて、思わずふいっと目を逸らす。
いい大人だし、私達だってそれなりにやることはやっている。だから、繋心の身体なんて何度も見ているというのに、お風呂上がりだからだろうか、しっとり水気を含んだ髪の毛とか火照った顔とかが無駄に色気を感じさせて心臓に悪い。照れ隠しにシャツを着ろと言ってみたものの、繋心は言うことをきいてくれなさそうだ。
私はネギを切ることだけに集中することにして繋心に背中を向けると、今日の晩御飯のメニューを伝えた。ふーん、と。自分からきいてきたくせに興味のなさそうな返事をする繋心は、やることもないくせにずっと台所に居座っている。
シャツ、着てくれないかな。意識すればするほど無駄にドキドキしてしまって、繋心の方を向くことができない。故意に視線を逸らしているのがバレてしまったのか、繋心が私の方に近付いてきて目の前に立つ。チラリと視線を上に向ければ、ほんの少し不機嫌そうな繋心と目が合ってしまった。


「もう飯の準備終わったろ」
「あー…あとはコップにお茶いれたりとか…」
「そんなの後でいい」


繋心はそう言って私の手を掴むと、スタスタと歩き始めて自分の部屋に私を連れ込んだ。掴まれた手は、お風呂上がりのせいなのか、はたまた別の理由でなのか、いつもより熱いような気がする。
部屋に入るなり私を座らせた繋心は自分も隣に座って、で?と、顔を覗き込んできた。で?と言われても。何も話すことないんですけど。


「なんかあったんだろ」
「え?ないよ。何も」
「うそつけ。元気ないだろ」


いまだに上半身裸の繋心にドキドキしているのは相変わらずだが、そんなことよりも繋心が言ったセリフに、私は驚きを隠せなかった。
確かに、私は昨日、仕事でちょっとしたミスをしてしまって上司にこっ酷く叱られヘコみまくっていたのだけれど、そんな素振りや表情は一度も見せていないはずだ。どうして分かったんだろう。


「あのなあ…何年傍にいると思ってんだ。そんなの、雰囲気で分かる」
「繋心は私のこと、よく見てるんだね」


投げかけた疑問に、さも当たり前かのように答えてくれた繋心にキュンとしてそんなことを言ってみれば、別にそんなに見てねぇよ…と、バツが悪そうに口元を手で覆った。これは繋心が照れている時の癖で、たぶん本人は気付いていない。
私は昨日あったことを繋心に話した。そんなに引き摺るつもりはなかったのだけれど、思っていたよりも重くのしかかっていた出来事は、繋心に話すだけで随分と軽くなった。
私が話し終えると繋心は、そうか、と呟くように零した後、おもむろに私の頭を撫でてくれた。先ほどとは違って子どもの頭を撫でるみたいに優しい手つきに、胸がじんわり温かくなる。


「よく頑張ったな」
「…うん」


自覚がないと思うが、繋心は甘やかすのが上手だ。私が落ち込んだり辛いことがあったり泣きそうになったりしている時は、いつもこうして頭を撫でてくれる。これも一種の癖みたいなものなのだろうか。私はいつも、この大きな手に救われる。
私は繋心が上半身裸だとかそんなことは気にせず、その広い胸の中に飛び込んで背中に手を回してぎゅっとしがみつく。繋心は一瞬驚いたようだったけれど、私の背中をポンポンと叩きながら緩く抱き締めてくれた。


「繋心……」
「ん?」
「すき」
「は?急にどうした?」
「なんとなく。言いたくなって」
「……おう、」


繋心の表情なんて見なくても分かる。だって耳を寄せた胸からきこえてくる心臓の音が、明らかに速くなったもん。


「今度、練習見に行っていい?」
「なんでだよ…」
「繋心のカッコいいコーチっぷりを見たくなったから」
「……やめとけ」
「生徒に冷やかされるのが嫌だから?…だよねー…」


私としては、いつか繋心の彼女として堂々と練習や試合を見に行きたいと思っている。けれど、私が行ったら繋心は彼女ですかー?とか冷やかされちゃうよなあ。それはやっぱり嫌か。バレないようにこっそり行こうかなあ。
私は繋心からゆっくりと離れながらそんなことを考えつつ、そろそろ夜ご飯の準備に戻ろうと立ち上がりかけた。が、繋心が手を引いたものだから、私は再び繋心の胸の中にダイブしてしまった。


「…彼女のうちは、やめとけ」
「え?」
「変な虫が寄り付いたら困る…」
「ふふ…大丈夫なのに」
「そのうち、連れてってやるから」
「……うん」


彼女のうちは、ってことは、その先があるって期待しても良いってことでしょうか。繋心はたぶん、照れている表情を見られたくないのだろう。私の頭を胸に押し付けているけれど、それって逆効果だよ。心臓の音、丸聞こえだもん。
優しくて不器用で、ちょっぴり照れ屋な繋心が、私は大好きだ。これからも離れないからね、という思いを込めて、私は繋心にぎゅっと抱き付いた。