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真っ赤な林檎はいかが?


昨日、私にはめでたく彼氏ができた。バスケ部キャプテンの光田くんだ。3年生になって初めて同じクラスになっただけでまともに話したことすらないのに、私に一目惚れしたという。
最初は何かの罰ゲームかと思って疑いの目を向けていたけど、あまりにも必死な顔で告白してくる光田くんを見て本気だということが分かった。そこそこイケメンだし優しそうだし断る理由も見つからなかったから、私はすんなりOKした。
それにしても光田くん、私のどこを見て好きになったんだろう。


「名字ー、光田と付き合ってるってマジー?」
「もう知ってんの?なんで?」
「え、マジなの?」
「…マジだよ」


朝一番、おはようの挨拶より先にそんなことをきいてきたのは、高校3年間ずっと同じクラスの黒尾鉄朗だ。今日もいつも通り変な寝癖。
それにしても、昨日の今日でよくもまあそんな情報を手に入れたな、この男。どんな情報網だ。
どうせいつかは知られることだし、と思って素直に答えると、黒尾はひどく驚いた顔をした。なんだその反応は。私に彼氏ができちゃ悪いか!


「光田と仲良かったっけ?」
「ほぼ初対面。でも私に一目惚れしたんだってー。光田くん優しそうだし、私幸せになれるかもー!」
「………光田、見る目ねーな」
「ちょ、黒尾マジ失礼!」


一目惚れされたことをちょっと自慢気に話したらこの反応。ニヤニヤ笑いながら、愛想尽かされないようにしろよ、なんて言ってくるし。ほんとムカつく!こうなったら意地でも長続きさせてやるわ!そう意気込んで何か言い返してやろうと黒尾を見ると、意地悪そうに弧を描いていたはずの口元がほんの少し歪んでいた。


「良かったな」


歪んだ口元とは裏腹に、さっきまでとは違う優しい声色でそんなことを言いながら私の頭をポンと一撫でした黒尾は、自分の席へ向かって歩いて行った。意味が分からない。いつもの黒尾じゃない。
撫でられた頭がなぜか熱くて、私は机に突っ伏した。


◇ ◇ ◇



それから授業中も休憩時間もずっと、頭の中はなぜか黒尾のことでいっぱいだった。気付けばもう放課後。いつもなら何かと絡んでくるはずの黒尾が今日に限って朝から全く声をかけてこない。
彼氏ができたから気にしてる?避けられてる?なんだかモヤモヤした。
思えば黒尾とは1年生の頃からずっと一緒だった。普段はすぐに人をからかってくるし馬鹿にしてくるしイケ好かない奴だけど、誰よりもバレーが好きでいい奴だってことを私は知っている。
毎日、黒尾と他愛ない話をするのが当たり前だったから、たった半日話ができなかっただけで心にぽっかり穴があいたみたいだ。黒尾は彼氏じゃない。彼氏じゃないけど、隣にいてくれないと嫌だ。何これ、そんなのまるで、黒尾のことが好きみたいじゃないか。…え、好き?私が?黒尾のことを?
半信半疑で浮かび上がった言葉は、思いのほかじんわりと私の心に染み込んでいった。うそ。どうしよう。


「名字さん…?どうしたの…?」


気付けば騒がしかったはずの教室に1人取り残されていて、そんな私に優しく声をかけてくれたのは彼氏の光田くん。すごく心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
私、そんなにひどい顔してるのかな。
先ほど黒尾のことばかり考えていたこともあって、まともに光田くんのことが見られない。こんな感情のまま付き合うのが駄目だってことは分かっていた。昨日の今日なのに、私って最低。でも、言わなきゃ。


「ごめん光田くん……私…」
「…やっぱり、付き合えない?」
「えっ」


彼氏の光田くんより黒尾のことばっかり考えてる私が、このまま光田くんと付き合うわけにはいかない。そう思って別れを切り出そうとしたのは私のはずなのに、光田くんの口から出た言葉は私が今まさに言おうとしていたそれで、思わず固まってしまう。
なんで私が言いたいことが分かったんだろう。
困惑している私を見て、光田くんは困ったように、けれどとても穏やかに笑った。


「俺、名字さんが笑ってるところを見て一目惚れしたんだ。でも名字さんが笑ってるのって、黒尾と一緒の時ばっかりだからさ。最初から分かってたんだけど…今日元気なかったのも、黒尾と一緒にいられなかったからじゃないの?」


言われるまで気付かなかった。私、黒尾といる時ってそんなに笑ってたんだ。
恥ずかしい気持ちもあったけど、それ以上に、光田くんはすごいと感心してしまった。私より私のことが分かっているみたい。ごめんね、と謝罪の言葉を繰り返すことしかできない私に、光田くんは最後まで優しい。
俺は大丈夫だから黒尾のところに行ったら?なんて、好きな女の子に言うセリフじゃないよ。でも。


「ありがとう…私、行ってくる!」


光田くんのことが嫌いになったわけじゃない。むしろ、昨日より好きになったかもしれない。でも、自分の本当の気持ちに気付いてしまったからにはもう、嘘をつくことなんてできなかった。
光田くんとは結局ほぼ付き合ってないけど、それを許してくれた彼はなんて優しいんだろう。私はお礼の言葉を残して黒尾の元に向かった。


◇ ◇ ◇



バレー部の練習が終わるのを待つ間、黒尾に何と言うべきか必死に考えた。
本当に今更だけど私と黒尾は今まで友達として過ごしてきたわけで、自分の気持ちに気付いたところで黒尾にその気持ちを伝えて気まずくなったら、それこそ今後会わせる顔がない。でも、ここで何も伝えずに帰ってしまったら、応援してくれた光田くんの気持ちを踏みにじることになってしまう。それは駄目だ。
自分に喝を入れて、もう一度考えを練り直そうと思った時だった。


「名字…?お前、こんな時間まで何やってんの?」
「くっ、黒尾…!」


今一番会いたくて、でも会いたくなかった人物がそこにはいた。気付けば部活は終わっていたようで、他のバレー部員達も着替えを終えてぞろぞろと部室から出てきている。
やばい。こんな大勢いる前で告白とか、そんな勇気はない。そんな私の思いが通じたのか、黒尾が他の部員達に、先行っといてー、と声をかけてくれていた。
よ、良かった…これで2人きり……2人きり?え、待って、緊張してきた。何言うんだったっけ。私の馬鹿ー!


「……で、どした?早速光田に愛想尽かされて泣きそう、とか?」


いつもみたいに憎まれ口を叩く黒尾がなんだか懐かしく感じた。
良かった、避けられてたわけじゃないみたい。朝から口をきいてもらえなかったから不安だったけど、いつもの黒尾だ。
そう思って安心したら急に目頭が熱くなってきて、私はポロポロと泣き出していた。これにはさすがの黒尾も狼狽えているのが分かったけど、涙は止まりそうにない。
一体私はどうしちゃったんだろう。


「ちょ、おま…っ、悪かったって。話きいてやっから…泣くなっつーの。…な?」
「違う…っ、違うの、黒尾…っ、」


自分の発言で泣き出したと思ったのだろう。バツが悪そうに言いながら今まで見たこともないような柔らかい微笑みを浮かべて頭を撫でてくれる黒尾を見て、頭が真っ白になった。
違う、違うんだよ黒尾。私、気付いちゃったの。
それまで考えていたことだとか恥ずかしいだとか、そんなことはどこへやら。泣きながらもすんなりと、その言葉は出てきた。


「私、っ…く、黒尾のこと、す…好き、なの…っ」
「…………は?」


意を決して伝えたのに、目の前の男はポカンと口を開けてフリーズしているみたいだった。勢い任せで言ってしまって今更どうしようなんて思うけど、もう遅い。
どうしよう、黒尾、どんな反応するかな。嘘だろって笑い飛ばすかな。ドッキリだと勘違いされるかな。
恐らく時間にして数秒のことだったけど、私には何時間にも感じられた沈黙。そしてその沈黙の後、黒尾はしゃがみこんだ。


「ったく…なんだよそれ…。あー、もー…」
「ご、ごめん…そんなこと言われても困るよね、そうだよね!今の、じ、冗だ…「冗談、とか言わねーよな?」


しゃがみこんだまま下から私の顔を覗き込んでくる黒尾の口元はいつものように弧を描いていて。
あ、やばい。何がやばいのか自分でもよく分からないまま反射的に逃げようとしたけど、いつの間にか黒尾が私の左手を握っているから、逃げたくても逃げられない。


「俺ずっとお前のこと好きだったのに光田と付き合い始めたとか言い出すし。お前のこと諦めてやろうと思って距離置いたらすっげー寂しそうな顔するし。急に来るから何かと思えば俺のこと好きとか言うし。ほんと…ふざけんなよなーマジで」
「えっ、えっ、待って、黒尾、」
「…なーに?名前ちゃん?」


わざとらしく私の名前を呼ぶ黒尾は、心底楽しそう。私の手を握ったままゆっくり立ち上がってニヤニヤと見下ろしてくる。
先ほどの黒尾の発言を理解することはなかなかできなくて、驚きのあまり涙も止まっていた。残るのは自分の発言に対する羞恥心ばかりだ。じわじわと顔が熱くなっていくのが分かる。


「今更自分で言ったこと思い出して恥ずかしくなっちゃったの?かわいーねー名前ちゃん」
「う、うるさい!黒尾だって私のこと、すっ、…すきっ…、なんでしょっ…!」
「好きですけど何か?」
「〜っ…」


恥ずかしげもなく好きと言う黒尾に私は何も言い返せない。可愛いとかどうせ冗談でしょ。憎たらしい。でもさらに憎たらしいことに、私はそんな黒尾が好きなのだ。
いまだに1人で恥ずかしさを隠せない私に追い打ちをかけるように、黒尾はイヤらしく笑って問いかけてきた。


「優しい光田くんはいいの?」
「…私は、黒尾がいいんだもん」


恥ずかしさついでに素直にそう返せば、黒尾は目を大きく見開いた後、あーもー…と言いながら大きな手で自らの顔を隠した。
え、何?私、何か変なこと言った?どうしたの?


「そーゆーカワイイこと言われると抑え効かないからヤメテ」


先ほどのからかい混じりの可愛い、のニュアンスとは明らかに違うトーンで落とされた言葉に、これでもかと顔が火照っていくのが分かった。
そんなこと、真面目な顔で言うな馬鹿。
でも、大きな手の隙間からちらりと見えた黒尾の顔も赤いような気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。暗いからよく見えないはずなのに、なぜか分からないけど、お互い顔を赤く染めていることだけは分かってしまった。