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キミの瞳に完敗


「絶対ないわ!」
「こっちだって頼まれても願い下げやし!」


教室のど真ん中で言い合う私達を、クラスメイト達は「またやっとるわ」という、冷ややかなのにどこか生温かい目で見ていた。冷ややかに、はわかるとしても、なぜ生温かい眼差しをむけられなければならないのか。毎度のことではあるけれども意味がわからない。
私だって、好きでこんなに無意味で不毛な言い合いをしているわけではないのだ。悪いのはどう考えても目の前の金髪男。そして金髪男の方は間違いなく私の方が悪いと思っている。つまり私達は正反対の考えを持っているのだから、毎日何度も言い合いをするのは仕方がないことなのだ。
言い合いの内容は、まあ、大体がどうでもいいこと。本来なら言い合いにまで至らず「はいはい、勝手に言っておきなさい」と受け流すことができる程度の内容なのに、彼に突っかかられるとどうも受け流すことができず言い返してしまう。
本日の言い合いの発端は彼の友達の一言から始まった。「そんなに仲ええなら付き合えば?」という驚くべき発言に、私も彼も数秒固まった。そして最初に意識を取り戻したのは彼の方で、冒頭のやりとりに至る。
付き合う?私と侑が?冗談じゃない。そもそも仲良いって、どこをどう見て思ったんだミヤモトくん。自慢じゃないけど、私達毎日何度も口喧嘩しまくってるのに。これで付き合い始めたら学校外でも彼と喧嘩をするハメになってしまう。それは御免だ。
そう。私が彼と付き合うなんて有り得ない。私だってそう思っているはずなのに、彼の「絶対ないわ!」を聞いた時胸がズキンと痛んだのはなぜだろう。
絶対ない。そりゃそうだとは思うけど。ムカつく、とは別のもやもやした感情で自分の身体の中がいっぱいになっていく。しかしこのよくわからない感情をぶつけるわけにはいかない。だからつい、売り言葉に買い言葉の返しとなってしまったのである。


「もう少し女らしくならんと一生1人やで!」
「大きなお世話や!これでも彼氏おったことぐらいあるし!」
「は?」
「何その反応。失礼やな」
「いつ?」
「は?なんでそんなこと侑に教えなあかんの?」
「いつやねん彼氏おったの。何人と付き合うた?」


突然声のトーンを変えてやけに真剣な顔をして尋ねてくるものだから調子が狂う。いつものようにぎゃーぎゃー言ってきてくれたらぎゃーぎゃー言い返せるのに、こんなに普通の(なんならいつもより落ち着いた)テンションで詰め寄られたら、どんな風に反応したら良いかわからない。
大体、どうして急に私の恋愛遍歴に興味を持ち始めたのだろう。自分の方が早く彼女ができた、とか、多く付き合ったことがある、とか、そういうマウントを取るため?だとしたらこんなに真面目な顔はしないような気がするけれど。
何にせよ教室のど真ん中で暴露することじゃないのは確かなので、私は「そんなん教えるわけないやろ!」とだけ言い残して教室を飛び出した。昼休みはあと15分ほど残っているから、5時間目の予鈴が鳴るまではどこかで適当に時間を潰そう。
そう思っていたのに「待てや!」という声が背後から聞こえてきて、私の計画は脆くも崩れ去った。振り返れば彼が走って追いかけてきているのが見えて、条件反射で走り出す。追いかけられたら逃げたくなるのは、たぶん人間の本能なのではないかと思う。


「なんで逃げんねん!」
「侑が追いかけてくるからやろ!」
「止まれや!」
「それはなんか嫌!」
「なんか嫌ってなんやねん!」


昼休みの廊下を走りながら大声でこんなやりとりをしていたら、そりゃあもう目立つ。じろじろ見られていることに気付いてからは何を言われても口を噤んで走ることに集中していたけれど、普段から馬鹿みたいに運動している彼と女子高生の平均値ぐらいしか体力がない私ではスタミナに大きな差があるのは明白。教室から離れた特別棟まで来たところで、私は遂に腕を掴まれてしまった。
ハアハアと乱れた呼吸を繰り返す私を見下ろす彼は、ふう、と息を吐いただけでほとんど息が弾んでいない。当然と言えば当然だけれど、それでもなんとなく腹立たしい。


「なんで逃げんねん」
「追いかけられたら逃げたくなるやん」
「質問に答えたら追いかけたりせぇへんかった」
「なんで追いかけてきてまで私の元カレのことなんかききたいん……」


答えに渋るほど大それた恋愛はしてきていない。中学3年生の時に1人。それもほんの1ヶ月程度のお付き合いだった。手を繋いで、ハグをして、キスは未遂に終わった。だから、ここまで勿体ぶったのが恥ずかしくなるぐらい薄っぺらい恋愛遍歴なのだ。
素直に答えたら笑われるに違いない。そんなん付き合ったうちに入らんわ!と勝ち誇ったような顔で言ってくる姿が目に浮かぶ。どうせ彼は何人もの女の子と付き合ったことがあって、それなりの経験を重ねているのだろう。今からその自慢話を聞くことになるのだと思うと苦痛でならない。
しかし、ここで答えを渋っても彼は離してくれないだろう。昼休みが終わるまでこのままでいるのも耐えられないし、適当に嘘を吐いて見栄を張ろうか。でも私、嘘吐くの下手らしいしなあ。笑われてもいいからさっさと本当のことを言って逃げるのが1番いいかもしれない。


「中3の時に1人だけ」
「ほんまに?」
「ほんまやけど。文句ある?」
「どんぐらい?」
「……1ヶ月」
「ほんまに?」
「嘘吐くなら1年とかもうちょい見栄張るわ」
「なんやびっくりするやん……高校入ってからずっと男避けしとったのにいつの間に、て……」
「男避けしとったって何?」
「あ」


あきらかに「しまった」という顔をしている彼に、今度は私が詰め寄る番だった。高校に入ってからずっと男避けしとったってどういうこと?確かに1年生の時から同じクラスで今みたいな関係を続けてきたけれど、それは彼の策略だった?どうして?何のために?もしかして嫌がらせ?そんなに私のことが嫌いなん?
答えない彼をじっと見つめる…というより睨みつける。こちらにちらりと視線を寄越してもすぐに逸らす彼は、つい先ほどまで私と言い合いをしていた宮侑と同一人物なのだろうか。こんなにそわそわ落ち着きのない彼は見たことがない。
いつも憎たらしいぐらい自信満々で横柄で自分の言動は絶対に間違っていないと確信をもっている。そんな男が、バツが悪そうに目を泳がせているのだ。悪いことをしていたという自覚はあるのだろう。けれど、謝ってくる様子はないし自分がしていたことの理由を話してくれそうな雰囲気もない。


「私に彼氏ができんようにしとったってこと?」
「……まあ」
「まあ、じゃないやろ!ひっど!どんな嫌がらせなん!?」
「嫌がらせちゃう!俺はただ、」
「ただ、何?」


せっかく言いかけたのに、止まる。どんな言いわけを考えているのか知らないけれど、もっともらしい理由だったとしても絶対に許してやるもんか。私の大事な高校生活の約半分を台無しにした罪は重い。といっても、彼がどんな男避けをしていたのか、それがなかったらどんな高校生活になっていたのかはわからないから、台無しにされたのかどうかは判断できないのだけれど。
私が明らかに怒りを含んだ視線を送り続けていたからだろうか。彼は「あー!くそ!」と謎の叫び声をあげた後、意を決したように私を見つめてきた。その眼光の鋭さに思わず怯みそうになったけれど、ここで目を逸らすわけにはいかない。私はぐっと堪えて見つめ返す。


「俺はただ、名字のことが好きなだけやねん」
「……は?」
「絶対聞こえとったやろ!」
「聞こえたけど、でも、え?すきって、そんな、まさか……え?」
「そういう反応されるのわかっとったからまだ言うつもりなかったんやぞ……どうしてくれんねん……」


どうしてくれんねん、と言われても。そんなの、私の方が言いたかった。本気にしても良いのかどうかわからないレベルの衝撃的なカミングアウトに反応できない。ほんま、どうしてくれんねん。
本気か冗談か。彼の項垂れている様子を見る限り前者のようだけれど、だとしたら、彼は好きな人相手にひどい態度を取りすぎだと思う。好きなら好きで、もう少し優しくするとか、紳士的な態度を見せるとか、女の子に好かれそうな行動をとれば良かったのに。全然理解できない。


「あの、えーと、つまり侑は私のことが好きで他の男を寄せ付けたくなかったから邪魔しとった、ってことでええん?」
「…………おん」
「なんでそんな不満そうなん」
「俺めっちゃカッコ悪いやん」
「まあカッコ良くはないな」
「はっきり言うなや!」
「カッコ良くはないけど、なんか、こう、私のことめっちゃ好きなんかな、って……今思い始めた……」


言いながら、体温が上がっていくのがわかった。私は何を急に自惚れているのか。侑にめちゃくちゃ好かれてるかも、なんて、ファンの女の子が聞いたら発狂するだろう。
でも、だって、男避けするほど好きって、自惚れたくもなるやんか。しかも高校1年生の時からってことは1年以上も気持ちが変わってないってことやし。え、まって、何それ、だとしたら侑めっちゃ一途やん。なんかちょっと可愛く思えてきた。
私の発言に対して「自惚れんな!」とか「めっちゃ、は言いすぎや!」とか反論じみたことは言わず、逆に「やっと気ぃ付いたんかアホ」と不貞腐れたようにこぼす姿も、やっぱりちょっと可愛い。あれ、私の目おかしくなったんかな。
目だけじゃない。心も。だって私、あんなに言い合いばかりしていたくせに、侑に好きと言われたことを不快だと思ってない。それどころか、今更になってドキドキし始めている。こんなの絶対におかしい。おかしい、のに。
私を逃すまいと握っている手はいまだに離れぬまま。そこから伝わる熱が、私の身体を熱くさせていく。ついでにバレーの試合中さながらの真剣な瞳をこちらに向けて「本気やからな」なんて言われたら、意識するなと言う方が無理な話だ。こんなはずじゃなかったのに。
あれ?でも待って。さっき教室で私と付き合うのは「絶対ない!」って豪語してなかった?それが原因で言い合いになって私は教室を飛び出したはずなんだけど。好きなのに「絶対ない」とか言う?矛盾してない?


「あそこで、せやな付き合お、て言うても絶対フラれるやん。負け戦はせぇへん主義やねん」
「でも、絶対ない、は言いすぎやろ」
「まさかショックやったん?」
「別にそんなこと!……ない、こともないこともないこともない」
「どっちやねん」


侑が笑いながら緩くツッコミをいれてきたところで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。あと5分で5時間目が始まってしまうから教室に戻らなければ。


「戻ろ」
「せやな」
「手、そろそろ離して」
「返事聞いたら離す」
「は?今?教室戻らなあかんのに?」
「戻りながらでも返事はできるやんか」
「そんなすぐには無理」
「ほないつ聞かせてくれるん?」
「……1週間後とか?」
「長っ!」
「こっちも真剣に考えとんねん!男なら黙って待っときぃや!」


いつもの調子で言った私に対して、彼は目をパチクリさせて「おん」と素直に返事をしただけに終わった。手も離してくれて、怖くなるぐらい大人しい。それを喜ぶべきなのに、どうにも物足りなさを感じてしまうのだから私は変わり者なのかもしれない。
真剣に考える。そう言った手前、真面目に返事をしなければならない。どうしよう。先を歩く彼の後頭部を眺めながら思い出すのは、あの真剣な眼差し。悔しいけれど、ドキドキした。今も思い出すだけでドキドキしている。つまり、きっと、私の中で答えはもう決まっているのかもしれないけれど、とりあえず彼が大人しく待っていたくれるというのなら、1週間は考える猶予をいただくことにしよう。