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大学生赤葦×社会人女子


※大学生設定


彼女はひどく大人びた外見とは裏腹に甘党らしい。優雅にブラックコーヒーを啜る姿が似合いそうなのに、ぽとりぽとり、おまけにもう1つぽとりと、角砂糖を3つも放り込んで、その上ミルクまでたっぷり入れて、もはやコーヒーではなくカフェオレを頼んだ方が良いのではないかと思うほど白っぽく染まった液体を美味しそうに飲んでいるところを見たのは、一度や二度ではない。毎回のことだった。
大学生である俺のバイト先の喫茶店に定期的にやってくる彼女は、確実に俺より年上。バリバリのキャリアウーマン風の容姿で仕事をしている様子だから、社会人であることはまず間違いないだろう。時々うちの店に来ては、かつてコーヒーだったカフェオレもどきを飲みながら、難しい顔をしてノートパソコンの画面や手元の書類と睨めっこしている。
俺が名前も知らない彼女のことを観察してしまっている理由はただひとつ。単純に、その見た目がタイプだったからだ。所謂、一目惚れというやつである。年上好きとか、そういうわけではないと思うけれど、大人の女性というのはまだ学生の身分である俺にとって魅力的な存在に思えたのだ。
とは言え、バイト中である以上、俺は彼女に店員として声をかけることしかできないし、俺がバイトを終えた時には彼女は店内にいないから距離を縮める術はなかった。一目惚れなんてそんなものだ。憧れや淡い気持ちを胸に秘めて、いつか音もなく消える。きっと、そういうもの。
そう思っていた俺に転機が訪れたのは、彼女と出会ってから半年が過ぎようとしている頃。大学からの帰り道、バイトが休みだったのでスーパーで買い物をしてから帰ろうと思い、いつもとは違う道を歩いている時のことだった。
カツカツとヒールの音を響かせて颯爽と歩いてきた女性が、俺の前で見事に足を挫いて転ける。それはそれはもう、漫画の中から飛び出てきたんじゃないかと思うほど、そしてとてもじゃないが見て見ぬフリはできないほど素晴らしく豪快な転けっぷりだったので、俺は吸い寄せられるようにその女性に近付いて、大丈夫ですか?と声をかけた。その女性というのが、なんと、俺の勝手な片想い相手の彼女だったのだ。恐ろしいまでの偶然。それゆえに、俺の頭の中には「運命」という柄にもない単語が思い浮かんでしまい、軽く頭を横に振った。
大丈夫です…、という答えとは裏腹に、立ち上がると苦顔を呈す彼女。きっと足を捻ってしまったのだろう。軽い捻挫ぐらいなら俺でも応急処置ができる。下心が全くなかったわけではないけれど、そのまま放っておくことができなかったのも本当。というわけで、俺は渋る彼女を説得して背中に担ぐと、勤務日でもないのにバイト先に向かったのだった。


◇ ◇ ◇



「あの時は本当にありがとね」
「いえ。またコーヒーですか?」
「うん」


そんなことがあって以来、俺と彼女の距離は瞬く間に縮まった。バイト中でも他愛ない会話が普通にできるようになったし、お互いの名前も覚えたし、彼女が俺より4つほど年上であることも分かった。ついでに連絡先も交換した。
けれども、そこまでだった。それ以上はなかなか先に踏み込めない。彼女が年上だから、社会人だから、尻込みしている。それは確かにそうだ。しかし根本的な原因はそこじゃない。
彼女には彼氏がいた。詳しくはきけないし知りたくもないけれど、ちらりと聞いた情報から推察するに、彼女の彼氏は恐らく同い年ぐらいの同僚。それから、仕事ができるっぽい。その程度のことは何となく分かった。
彼女には彼氏がいる。その事実を、ただ残念に思った。しかし、彼女が幸せならそれでいいじゃないかと、俺は自分自身に言い聞かせていた。そう、彼女が幸せなら良かったのだ。俺の出る幕はなかった。その方が良かった、はずなのに。


「……なんで泣いてるんですか」
「ごめ…、また、みっともないとこ、見せちゃって…」
「そういうことを言ってるんじゃないです」


彼女はよく彼氏と喧嘩しては泣いていた。俺の前ではなぜか気が緩んでしまうのだと言って、何度その姿を見せられたことか。それなのに彼女は彼氏と別れないと言う。好きだから別れられない、と。
悔しかった。彼女を慰めてやれないことが。俺にその彼氏に向けられる感情が傾けられないことが。自分のものにならないことが。だから俺はある日、ついに爆発してしまった。恐らく彼女にとっての立ち入り禁止区域に土足で踏み入ってしまったと思う。けれども俺は、後悔などしていない。


「もうやめればいい」
「赤葦く、」
「泣いてばっかりの姿はもう見たくない」
「でも、」
「俺にしてくれたら、こんな風に泣かせたりしないのに」


本当はここまでストレートに言うつもりはなかった。彼女を困らせてしまうと分かっていたから。まだ学生の、年下の男が何を言ってんだ、と思われてしまいそうな気がしていたから。それでも俺は彼女に、どうか笑って、と願わずにはいられなくて。言ってしまったのだ。自分の本音を。
彼女の涙は、ほんの少し引いたような気がする。それでもまだぽろぽろと零れ落ちてくるそれを、俺は掬うことができない。そうすることを許されていない。そのことが、こんなにも歯痒い。


「…赤葦君のこと、好きに、なりたいな、」
「じゃあ早く好きになってくださいよ…」


涙を流しているくせに薄っすらと笑いながら震える声でそう零した彼女に、俺は言ってしまった。懇願するように。縋り付くように。そして彼女は、小さく小さく頷いた、ような気がした。


◇ ◇ ◇



「赤葦君、あの」
「どうしたんですか。急に改まって話なんて」
「それはね、えーっと…」


バイト終わりに時間があるなら話がしたい、と言われたのは、俺が玉砕した3ヶ月後のこと。珍しくしどろもどろしている彼女を見れば、何を言おうとしているか大体の予想はできた。こんなに分かりやすい人だったろうかと、首を傾げたくなるほどだ。
俺のバイトが終わったのは夜の9時頃という中途半端な時間。家まで送るという提案をしたのは下心があったからではない…とは言い切れなかった。だって俺は男だから。


「何ですか」
「……彼氏と、別れて、」
「それは随分前に聞きました」
「色々と、やっと整理できて、」
「良かったですね」
「それで…」
「それで?」


言わんとしていることは分かっていたけれど、こちらも散々待たされたので、そう簡単には近付いてやらない。俺はそんなに優しくないのだ。
けれども彼女の、どうしよう、というモタモタそわそわした雰囲気を隣で感じ取ってしまうと、仕方ないなあと手を差し伸べたくなるのは惚れた弱みというやつだろうか。俺の方が年下のガキのはずなのに。彼女はこんな時だけ幼くなる。


「もう…遅いかな…」
「……忘れちゃったんですか?」


はあ、とわざとらしく大きな溜息を落として足を止める。数拍あけて彼女も立ち止まって、視線が絡み合って。俺はその不安そうな瞳に、諭すように言葉を落としてやった。
俺はしつこいからいつまででも待ってるって言いましたよね?って。