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愛に解けゆく真相


日本には、年に何回か帰ってくる。ロシアでの生活にも慣れてきたけれど、俺はやっぱり日本が好きだ。飯は美味いし、気候もそこそこ安定して暮らしやすいし、安全だし。
高校を卒業してプロバレーボール選手を目指すという選択をしたのは、賭けみたいなものだった。自分の力がどこまで通用するのか、小さな島国を飛び出して世界を見たくなった。それがどれだけ険しい道だったとしても、自分の選択なら挫折しない。納得するまでやりきれる。そう信じて踏ん張ってきた。
努力が実を結んだ、なんて綺麗事は言わない。努力をしてもダメな時はダメだし、結果が伴わないことは往々にしてある。だから俺は運が良かったのだと思う。
良いチームに入り、良い監督やチームメイトに出会い、自分に合った練習を受けることができ、それが成果へと繋がった。勿論、そこに至るまでにはめちゃくちゃ血の滲むような努力をしたけれど、この世界で生き残るためなら当然のことだ。
言語を学ぶところから始めて、漸くプロバレーボール選手として生計が成り立つようになってきた今。俺の心残りはひとつだけだった。

高校時代、俺には付き合っている子がいた。同じクラスの名字名前。俺の方から告白して付き合い始めて、俺の方から別れを告げてその関係を終えた。振り返ってみれば、始めから終わりまで、彼女はよく俺の我儘に付き合ってくれていたよなあと感心する。
付き合っている時も、俺はバレー漬けの毎日で、ほとんどデートには行けなかった。練習が終わったらくたくたで頻繁にメッセージや電話のやり取りをすることはできなかったし、教室でも普通に会話はするけれど、必要以上に行動を共にする、なんてことはなかった。そんな状態だったから、普通なら文句のひとつやふたつ言ってきても良さそうなものなのに、彼女は何も言わなかった。
彼女はどちらかというとさっぱりした性格で、女の子同士できゃぴきゃぴ集まって話をするようなタイプではなかった。わりと男勝りというか、カッコいいタイプの女の子、というのだろうか。こういう言い方をすると悪口のように聞こえるかもしれないけれど、男の人の1歩後ろを歩く大和撫子、みたいな感じとは真逆に位置していたように思う。
そんな彼女だから、俺はきっと甘えていた。彼女のことがすごく好きだったから自分なりに大切にしてきたつもりではあったけれど、彼女の方がどう思っていたかは分からない。何も言われないのは愛想を尽かされたからじゃないか、と懸念することもあったけれど、気持ちが離れてしまったという感覚はなく。つまり、俺達はなんだかんだで上手くやっていた。この先もこうやって、2人でいることが当たり前になったら良いとさえ思っていた。
けれども俺は、高校を卒業する時になって気付く。このまま彼女を俺の我儘に付き合わせてはいけない、と。プロバレーボール選手になりたいと夢見て、日本を飛び出す。それは俺自身のことだから、成功しようが失敗しようが、自分で責任を取れば良い。
しかし、彼女はどうだ。俺は日本にいない。遠距離恋愛といっても、ほとんど連絡は取り合えないだろうし、当然のことながら頻繁に会うことができる距離ではない。大学生、社会人になる彼女は、色々な人と出会うだろう。彼女の性格上、どれだけ会えず音信不通になったとしても、俺と付き合っていたら他の男になびくことはないだろう。それはとても嬉しいことだけれど、そうやって俺が縛りつけても良いものか?答えはNOだ。
プロバレーボール選手になれるかどうかも分からないくせに、俺を待っていてほしい、なんて言う勇気はなかった。だから俺は、別れを告げた。どれだけ好きでも、好きだからこそ、別れを選んだ方が良いと思った。全て俺の自己満足だけれど、それが彼女の幸せに繋がると思ったのだ。

そうして俺は、1人になった。1人になって、がむしゃらに夢を追いかけた。その結果、どうにかこうにか今に至るわけだけれど、そうなると気になるのは彼女のことで、俺は自分の未練がましさに頭痛を覚えた。
今年で26歳。卒業して8年が経ったのだ。彼女はもうとっくに次の彼氏を見つけて、もしかしたらもう結婚、なんてところまで進んでいるかもしれない。それでも俺は、彼女のことが忘れられなかった。
プロバレーボール選手になれたから、成功したから、また付き合ってください、なんて、どう考えても虫が良すぎる。あれもこれも手に入れようなんて、欲張りすぎていると思う。けれども、何度考えたって行き着く答えは同じなのだからどうしようもない。俺はまだ、名前が好きだ。
俺はたぶん、頑固で融通が利かない性格なのだと思う。だから1度決めたことは誰に何と言われようが実行に移す。今回もそうだ。高校時代からの旧友である黒尾に連絡を取って簡単に事情を説明し今の名前の連絡先を聞いた時には「いきなり突撃告白すんの?」と眉を顰められたけれど、ほっとけ!と返事をした。まったく、大きなお世話だ。とはいえ、ぶつぶつ言いながらも連絡先を教えてくれたことには感謝しておく。
電話をする前はかなり緊張した。1回目の電話では留守番電話にも繋がらなかったから少し諦めかけたけれど、それほど時間をあけずに2回目の電話をかけて繋がった時、久し振りの名前の声に相当テンションが上がってしまったという自覚はある。
彼女がひどく驚いていることと戸惑っていることは、電話越しでも伝わった。めちゃくちゃなお願いをしていることも重々承知。それでも押しまくった結果、俺はどうにかこうにか彼女の住所を教えてもらうことに成功した。今の時代、検索すれば大体の場所には辿り着けるものだ。しかも場所は東京都内。俺はタクシーに飛び乗って、目的地へと急いだ。


「ここ、だよな……?」


タクシーに乗ること15分少々。思っていたよりもすぐに到着したマンションはセキュリティがしっかりしているらしく、防犯のためなのかポストのところに表札が出ていないから、ここが彼女の家だという確証が持てない。とりあえずインターホンを押すしか確かめる方法はないだろう。1回大きく深呼吸をして教えられた部屋番号を押してみる。しかし、応答はない。念のためにもう1度押してみたけれど、やはり反応はなかった。
おかしいな。もしかしてここじゃないのだろうか。しかし、この周囲には他にそれらしきマンションが見当たらない。


「衛輔……?」


途方に暮れる俺の背後から、待ち侘びていた声が聞こえた。勢いよく振り返れば、そこには8年ぶりに会う彼女の姿。すっかり大人の女性になったけれど、その雰囲気は高校時代と変わらない。驚きに満ちた彼女に大股で歩み寄る俺は、どこまで気が急いているのか。
感動の再会だというのに、それらしい感動的なセリフなんて、俺には言えやしない。その代わり、暫くロシアで生活していたせいで人との挨拶の時に定番と化していたハグをすることで、積年の想いをぶつけた。
自分勝手でごめん。会いたくなかったかもしれないのに我儘に付き合わせてごめん。もし彼氏がいたらこんなことしちゃいけないよな、でも、ごめん。好きなんだ。ずっと。
言葉にすればいいのに、ここに来るまでのタクシーの中できちんと色んなセリフを考えていたはずなのに、名前の顔を見たら、声を聞いたら、そんなもの全部忘れてしまって、上手く声を発することができなかった。そんな俺に、名前は静かに言った。「おかえりなさい」と。


「ただいま」
「急にこんなことしてきて、私に彼氏がいたらどうするの?」
「ごめん。もしかしている?」
「いないけど」
「良かった」
「よくないよ」
「俺にとっては良かった」


少なくとも告白せずに終わるという最悪のシナリオは避けられそうでホッと胸を撫で下ろす。そして、ゆっくり離れて彼女の目を見つめた俺は、雰囲気もシチュエーションも考えずに話を切り出した。それぐらい、感情が溢れていたのだ。


「どうしても名前に言いたいことがあって来た」
「うん」
「俺と、付き合ってください」


高校時代も同じようなセリフで告白したなあ、と、言った後になって思い出す。あの時は、シンプルでストレートな言い方しかできない俺に、彼女もまた、シンプルでストレートな返事をしてくれたんだっけ。さて、今回はどうだろうか。
人生で2度目の告白。それも同じ相手に対して。こんな恥ずかしいことはない。けれど、彼女以外はどうしても好きになれなかったのだ。これからもこの先も、きっと俺は彼女以外愛せない。そう言い切れる。


「私で良ければ喜んで」


蘇る記憶。はにかみながら笑ってくれる姿は、何年経っても変わらない。少し変わったことといえば、その目元が少しばかり潤んでいるように見えることぐらいだろうか。
マンションのエントランス。誰も通らないのをいいことに、俺達は恥ずかしげもなく抱き合って笑った。
スーツ似合ってる。背伸びたね。カッコよくなった。テレビで見たよ。バレー頑張ってるんだね。
そんな擽ったくなるような感想を聞きながら、自然な流れで彼女の部屋へと向かう。俺だって、可愛くなった、美人になった、また付き合ってくれるなんて思ってなかった、会ってくれてありがとう、って、言いたいことが沢山あるのに、まだ何も伝えられていない。でも俺達にはまだ、これからたっぷり時間があるから。ゆっくりじっくり、伝えていけば良い。


「そういえば、どうしてまた私と付き合おうと思ったの?」
「え?」
「私を思い出すキッカケでもあった?」
「キッカケなんてない」
「じゃあなんで、」
「こんな言い方するのはずるいと思うけど、名前のことが嫌いになったから別れようって言ったわけじゃねぇもん」
「どういうこと?」
「俺が好きなのは昔からずっと名前だけだってこと」
「……じゃあ、離さないでよ、」
「迎えに来るのが遅くなってごめんな」


背中でバタンと玄関の扉が閉まる。持って来たキャリーケースは玄関にそのまま放置。俺はやっと本当の意味で想いが通じ合った喜びを噛み締めるみたいに、その身体を背後から引き寄せた。

名前が幸せになれるならそれでいい、と思って別れを告げた過去の俺へ。
惚れた女のことは、何がなんでも自分で幸せにしろ。離すな。それが男ってもんだ。
未来の俺より。