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あおいろの温度


彼はちゃんと、高校生だと思う。
背は一般男性の平均身長を大きく上回るし、同年齢の男子の中で話している姿は確かに大人びて見える。物腰は柔らかく落ち着いているし、ぎゃーぎゃー騒いだりしない。けれど、何度でも言う。彼はちゃんと、高校生だ。


「松川君って大学生とか社会人になったらどうなるんだろうね〜」
「変わらないんじゃない?」
「今でも大人だもんね〜」


放課後、仲良し4人組での女子トーク中。ふと話題に上がった彼の名前と彼に対するイメージに、私は1人閉口する。
今と変わらない?そうかなあ。見た目は兎も角として、性格は今よりもそれなりに大人になりそうだけどなあ。みんなにはそんなに大人に見えるのかあ。


「名前はどう思う?」
「へ?」
「彼女の意見をどうぞ」
「え、えーと、うーん…どうだろうね。想像できないや」


突然話を振られた私は、曖昧に笑って口を濁した。みんなと違う意見を言うのは私の性格上勇気がいることだから難しい。それに、お付き合いしている私しか知らない彼の一面をみんなに伝えるのは、なんとなく勿体ないような気がしたのだ。
私の中途半端な反応に、照れちゃって〜!などと勝手に違う解釈をしてくれた友人3人は、さらりと次の話題で盛り上がり始めた。私は密かに、松川君とのことについて突っ込まれなくて良かったと胸を撫で下ろす。

4月から最上級学年に進級予定の私達は、クリスマス前にお付き合いを始めた。そして最近、恋人にとっての一大イベント・バレンタインデーを無事に終えたばかりである。
告白は彼の方から。シンプルに、好きなんだけど、と伝えられ、付き合うかどうかは私に任せると言われた。ドラマチックでもなんでもない、ありきたりな始まりだ。私に想いを告げてくれた時の彼は、一見すると澄ました顔をしているように見えたけれど、よく見るとほんのり耳を赤くさせていて、それを可愛いなあと思ったのを覚えている。
ちなみに私は異性に好きだと告白されたのは初めてのことで、ドキドキしていたのは勿論だけれど、その相手が松川君だからこそ、余計に心臓の音をうるさくさせていた。彼は密かに人気があったし、なんとなく目で追ってしまうような特別な空気を纏った人だったから。
私なんかじゃ釣り合わないと思うし、好きかどうかときかれたら返答に悩んでしまうような状態で付き合うのは失礼だ。お断りした方が良い。告白された直後はそう思っていた。けれど私は、彼の赤く染まった耳を見て自然と、宜しくお願いします、と返事をしていたのだ。
ほんの数ヶ月前までは、私も彼のことを友人達のように大人びたクラスメイトだと思っていた。けれど、付き合い始めるキッカケとなったその出来事があって彼との時間を重ねるごとに、彼へのイメージは勝手な思い込みだったと感じさせられることとなったのである。
それで幻滅した、なんてことはない。むしろ、ホッとした。彼の隣で無理に背伸びしなくても良いんだと思うことができたから。


「あ。まだ残ってた」
「え、松川君!?部活は?」


絶賛女子トークの真っ最中に教室の後ろの扉がガラリと音を立てて開いた。その音だけでも驚いたのに、そこから現れた長身の彼に更なる驚きをプラスされる。


「今日ミーティングだけになったから帰れることになったんだけど、まだ残ってるなら一緒に帰れないかなと思って来てみた」
「そうなんだ」
「……で、この子、連れて帰っても良い?」


私の頭にポンと手をのせて友人達に問う彼の表情は、私からは見えない。顔を後ろに向けようにも、彼の大きな手が頭にのっていたら首を捻りにくいのだ。
友人達はニヤニヤしながら、どうぞどうぞ!と私を彼に押し付けるようにして鞄を持たせてきた。明日また冷やかされるかもしれないけれど、幸せの代償だと思えば苦ではない。
私は友人達から鞄を受け取り席を立つと、また明日ね〜、という定番の挨拶を交わしてから彼と共に教室を出た。教室内はほんのりと暖かかったけれど、一歩教室を出ると一気に空気が冷たくなる。
そういえば今日と明日は雪が降るかもしれないと言っていたようなそうでないような。兎に角それぐらい寒くなるらしいということは、朝ご飯を食べながらぼんやり見ていた天気予報からの情報で知っている。


「寒い?」
「うん。松川君は寒くないの?」
「寒いけどマフラーしてるし」
「私もしてるけど、寒いものは寒いよ」


言いながら、私はマフラーに顔を埋める。下校時刻を過ぎた下駄箱は静かで、私達の他には誰もいなかった。帰宅部はとっくに帰ってしまっているだろうし、部活生はまだ部活に勤しんでいる時間帯だから当然である。
ローファーに履き替えて外に出ると、より一層風の冷たさが増した。気温が低いのは勿論だけれど、今日は風が強いから体感温度的には更に寒く感じるのかもしれない。


「さすがに寒い」
「ね」
「……手、繋ぐ?」


ゆっくり正門の方へ歩きながら両手を擦っていた私に恐る恐る提案してきたのは、勿論松川君だ。私に告白してきてくれた時と同じように耳が赤くなっているのは、寒さのためだろうか。それとも…
私に向かって差し出されている大きな手。手を繋ぐこと自体は初めてではないけれど、まだ生徒達がうろうろしている学校の敷地内で、となると初めてである。正門まではあと少し。誰かに見られちゃうかな。まあ見られてもいっか。付き合ってるんだし。
私はコンマ数秒の脳内思考を終えて、差し出されている手に自分のそれを重ねた。冷え性で指先が冷え切っている私とは違い、彼の手はほんのりと温かい。


「冷たっ」
「冷え性だから」
「手袋すれば良いのに」
「持ってないんだもん」
「今から買いに行く?」
「え、いいの?」
「寒いけど、それでも良ければ」


思いがけないデートのお誘いに心が躍る。月曜日はバレー部の部活が休みだから一緒に帰ることもあるけれど、毎週というわけではない。放課後デートなんてこれが3回目だ。わくわくしてしまうのも無理はないと思う。
嬉しさのあまり、握っていた彼の手を更に強くギュッと握り締め、ぶんぶんと振ってしまった。テンションが上がりすぎてしまった子どもみたいで恥ずかしい。


「ごめん」
「そんなに嬉しい?」
「松川君とデートできるんだもん!嬉しいに決まってるでしょ」
「…良かった」
「松川君?」
「いや、うん、そんなに笑ってくれると思わなかったから」


好かれてる自信ないし、とぼそぼそ言って視線を宙に彷徨わせ、手を繋いでいる方とは逆の手で口元を覆う彼の耳はやっぱり赤かった。自分から告白したし好きだって言われたわけじゃないから、と。淡々とした口調ではあるけれど、確かに自信なさそうに言う松川君は、やっぱり私と同じ高校生なんだなあと思って嬉しくなった。
そしてその時になって漸く気付く。私はちゃんと松川君のことが好きだって伝えていなかったということに。ぎゅ。また、彼の手を握る。冷たかったはずの指先はだんだんと熱を帯びていく。


「私、松川君のこと…す、すき、だよ…」
「うん?何?」
「絶対聞こえてたよね!?」
「風強くて聞こえなかった」
「ほんとに?」
「ほんとに」


正門を出てすぐのところで立ち止まり、身を屈めて顔を近付けてくる彼の耳に届くよう、もう1度同じことを伝える。すると間髪入れずに、俺も名前のことすき、って返ってきたから、やっぱり聞こえてたんじゃん、と頬を膨らませた。
ごめんね、可愛くてつい。
そんなことを言われたら怒り続けていることもできなくて、というか、本気で怒っているわけじゃないからツンツンしたフリを続けるのは難しくて、へらへらとだらしない顔を晒してしまって。私達青春してるなあって、自分達の周りの温度だけ1度上げちゃったりして。