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「ねえ、信じられなくない?」
「俺ら相当疲れてたんだって」


目を覚ましたら夜中の2時だった。年末の大掃除をそれなりに終わらせて、2人でまったり鍋を食べ、年末特番を見ながら暖かいコタツでみかんを頬張り、年越しそばを準備しようかと話をしていたところまでは覚えている。けれど、私の記憶はそこからパッタリと途絶えていた。
年越しそばを食べたことは愚か、作るために立ち上がった記憶もない。ていうか、コタツ机に突っ伏していた状態から飛び起きた時点で寝落ちたことは明白なのだけれども。
私が覚えているのは夜11時を過ぎたあたりまで。そして今は夜中の2時。つまり私は3時間もの間、コタツで爆睡していたらしい。どおりで身体が痛いわけだ。


「私が寝たの知ってた?」
「眠そうだなーと思ったのは覚えてる」
「じゃあほぼ同時に寝落ちたんだね」
「ついでに起きたのもほぼ同時な」
「……あけましておめでとう」
「はい。おめでとうございます」


年越しから2時間遅れの新年の挨拶。2人で年越しまでのカウントダウンをしようと意気込んでいたはずなのに、なんともマヌケな今年の始まりである。
付けっぱなしのテレビからは流行りのアーティストが歌うヒットソングが順番に聞こえてきていて賑やかだ。本当に年越しちゃったんだなあ、としみじみ感じる。
私も鉄朗も、暫くぼーっとテレビを眺めていた。特に好きなアーティストというわけではないけれど、去年何度も耳にしたことのある曲ばかりだから耳馴染みがある。


「年越しちゃったねぇ…」
「そば食う?」
「今から?」
「年越しちゃったそば」
「何そのネーミング」
「今の俺らにぴったりじゃん?」


普段の私なら、何くだらないこと言ってんの、と一蹴していたかもしれないけれど、今日の私は、そうだね、と同意の言葉を落とした。それに少し意外そうな顔をして見せた鉄朗は、私が年越しの瞬間寝ていたことに相当ショックを受けているとでも思ったのだろう。起こしてやれなくてごめんな、と謝ってきた。
別に鉄朗が謝ることは何もない。そりゃあ一緒に年越しの瞬間を迎えられなかったのは少し残念だけれど、これはこれで私達らしく締まらない感じで良いんじゃないかなとも思っているのだ。


「年越しちゃったそばより年明けうどんにすっか」
「何それ。知らない」
「黒尾サン物知りだからぁ」
「それ、鉄朗が今作ったでしょ」
「いやマジであるんだって」


スマホを取り出して検索した画面を見せてきた鉄朗は得意げで少しイラっとする。けれど、確かに年明けうどんというものは存在するらしく、私は、ふぅーん、と興味のなさそうな返事をすることしかできなかった。
鉄朗はスマホを机の上に置き、コタツの真ん中に置いてあるオレンジ色の球体を手に取る。おい。年越しちゃったそば、もしくは年明けうどんはどこにいったんだ。


「鉄朗、そばとうどんは?」
「どっちがいい?」
「んー……どっちも!」
「つーかうどんあったかな」
「きいてきたくせに」
「寒ぃから出たくないし作るの面倒ってのが本音なんですけど」
「同感」
「……年越しちゃったみかんでよくね?」
「もう年越しそばの原型とどめてないし無理やり年越し関連させなくていいから」


言いつつ、私も鉄朗に倣ってオレンジ色のそれを手に取る。寝る前にも食べたくせに、今日だけで一体いくつ胃袋の中に押し込むつもりなのか。今日だけだから、と自分に言い訳をして、私は皮を剥いたひとかけらを口の中に放り込んだ。うん、甘い。美味しい。
お互い仕事をしていたら、こんな風にまったり緩やかに時間を共有できることはほとんどない。だから、おかしな時間から寝てしまい変な時間に起きてしまっても、翌日のことを考えずにのんびりとみかんを貪れる今の時間は幸せだと思うべきかもしれない。


「なんか、いいね、こういうの」
「年越しの瞬間2人して寝過ごしてみかん食ってるのが?」
「そういう意味じゃなくて!空気読んで!」
「ごめんって。分かってる分かってる。俺も同じこと思ってたとこだから」
「嘘っぽい」
「名前と時間気にせずゆっくりできんの久し振りだから幸せに浸ってました」
「その言い方が胡散臭いんだってば…」


あっという間に手元のみかんは私の口の中に消えていって、残ったのはぺらぺらの皮だけ。どうしよう。口寂しい。ていうかそば食べるつもりだったから鍋のシメあんまり食べなかったせいで中途半端にお腹すいたかも。
みかん以外のものを食べたい気持ちはあるけれど、暖かいコタツから出たくない。そこで、私の代わりに席を立って何か食べ物を取ってきてくれない?という気持ちを込めた視線を鉄朗に向けてみる。
ばちり。視線が交わってお互い数秒静止。するとその数秒後に鉄朗が、はいはい、と私の心情を理解したかのような相槌を打った。さすが鉄朗。3年以上付き合ってきた甲斐がある。…と、思った私が馬鹿だった。
丸いコタツ机。私が12時の位置に座っているとすれば、鉄朗は2時か3時の位置に座っていて、そこから突然私の方に向かって前傾姿勢になったかと思ったら、ちゅ、と口付けてきたのだ。脈絡がなさすぎて意味不明だ。しかしその行動を取った張本人は、これで満足だろ?とでも言いたげな顔をしているから、更に意味不明である。


「どした?まだ足んない?」
「私の気持ち分かってなさすぎてびっくりしてたんだってば…3年の付き合いどこいったの?」
「え。さっきのはどう考えてもキス待ちだったじゃん」
「全然違うよ!欲求不満か!」
「あら。バレた?」


言わなければ良かった、と思った。けれど、もう遅い。
鉄朗は最初から分かっていたのだ。私の考えていることが。分かった上であの行動を取った。私が何かしら突っ掛かっていくのを予想して。
にんまりと弧を描く口元を見て、性格悪いなあ、と再認識。誘ったつもりは微塵もないけれど、この雰囲気と状況を鑑みればこれから何かを食べるという流れにはなりそうもない。というか、どちらかというと私は捕食される側になりそうだ。


「さっき仮眠取ったしちょうどよくね?」
「何が」
「言った方がいいなら言うけど」
「私は眠たい」
「腹へってんでしょ」
「何か用意してくれるの?」
「用意したら俺の腹も満たしてくれんの?」


ぐい、と。鉄朗のお尻が少し近付いた。先ほどが2時から3時方向に座っていたのだとしたら、今は1時から2時方向ぐらいまで秒針を戻した位置。


「珍しいね。そこまでぐいぐいくるの」
「ヨッキューフマンなもので」
「……ちょっとドキドキしてるかも」


3年も付き合っていると、お互いの考えていることなんて大体分かるようになってくるものだ。年齢を重ねた分、無駄に空気が読めるようになって、相手に無理強いすることもなくなったように思う。
本来ならそれは喜ばしいことなのかもしれないけれど、私は少し物足りなさみたいなものを感じていた。もっと求めてくれたらいいのに。たまには後先考えずぶつかってきてくれたらいいのに。そんなことを、心のどこかで思っていた。
マンネリ、というやつなのかもしれない。俗に言う倦怠期。だから今こうして迫られているのは満更でもなかったりして。そんな気持ちを素直に口にしたら、鉄朗はキョトンとした後、片手で顔を覆った。


「新年早々襲われたいんですかー」
「襲う気じゃなかったんですかー」
「本気で嫌そうだったらやめるつもりでしたー」
「意気地なしー」
「言ったな?このやろ」


じゃれ合いの延長のような流れで鉄朗のお尻が私のお尻とぶつかって、ついでに唇と唇もぶつかった。ぬるりとした生温かい舌が私の口内に侵入してくるのはいつぶりだろう。もうすっかり、その温度を忘れてしまった。
離れて、額をぶつけ合って、至近距離で目を合わせて、どちらからともなく笑って、照れて視線を逸らして、2人してばたりと床に倒れる。明日は休みだし、初詣は休み中のどこかで行けばいいし、そういえば空腹感は消え去っているし。さて、これからどうしましょうか。
腰を引き寄せられる。名前を呼ばれる。コタツの中で脚が絡み合う。秒針が重なる音が聞こえた。