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カップラーメンができるまで


今思えば、一目惚れだったのかもしれない。出会って目が合った瞬間、何かが落ちた音が聞こえたような気がしたのは、気のせいなんかじゃなかったのだ。


大学に入学して7ヶ月。講義システムにも慣れてきて、友達も増えた。単位も順調に取得できている。高校まで本気で取り組んでいたバレーはもうやっていない。…なんてことはなくて、俺はいまだにバレーサークルでボールに触れている。
高校の時のように、寝ても覚めてもバレーのことばかり考えている日々とは全く違う。だから正直、最初は物足りなかった。こんなお遊びじゃつまらないと感じていた。
しかし、夏を迎える頃には自分の現状が理解できるようになっていた。もうあの頃とは違うんだ、と。それを脳内で処理して妙な喪失感と解放感を受け入れてからは、サークル活動も楽しめていると思う。
彼女とは、そのサークルで出会った。学部が違うから、普段会うのは基本的にサークルの時だけ。時々講義の間の移動中や食堂で出くわしたり、学部を跨いでの共通科目みたいな講義で見かけることはあるけれど、話す機会はほとんどない。
7ヶ月経った今でさえ、挨拶をしたら終わり。一言二言会話を交わすことができれば良い方だ。そんな仲にもかかわらず、今日のサークル終わり、彼女の方から声をかけられた時は、夢でも見ているんじゃないかと思った。


「瀬見くん、誕生日おめでとう」
「え」
「え。違った?」
「いや、違わねーけど…なんで知ってんのかなと思って…」


俺は彼女に関して、名前と学部以外は同い年だということしか知らない。出身高校も血液型も、勿論誕生日も知らないというのに、なぜ彼女の方は俺の情報を知っているのか。素朴な疑問だった。
同じサークルに所属している男女が何人か、体育館から出てきて俺達の横を通り過ぎる。「お疲れー」と声をかけられて「おー」と適当に相槌を打ってはみたけれど、今はそれどころじゃない。
彼女はきょろりと視線を彷徨わせた後、ちらりと俺を見て、またすぐに明後日の方向を向いた。挙動不審という言葉がぴったり似合う動き。だがそれ以上に、戸惑っているようなおどおどした様子は、俺に可愛いという印象を与えた。


「友達に、聞いて、」
「サークルの?」
「そう。えっと、あのー…スエダくんに!」
「……スエダってあんまり話したことないから俺の誕生日なんか知らねーと思うんだけど」
「え」


彼女の顔には、しまった、と書いてあった。スエダの名前を出さなければ適当に濁せただろうに、その名前を出してしまったばっかりに、俺に嘘を吐いているということがバレてしまったのだ。そりゃあ「やってしまった」と焦るのも無理はない。
嘘を吐かれたこと自体は、普通に考えればあまり良い気持ちはしない。けれど、どうしてわざわざそんな嘘を吐いたのか。それを考えてみるとあまり悪い理由ではないような気がして、それほど嫌悪感を抱かなかった。あくまでもその考えは、俺の希望的観測でしかないのだけれど。


「俺のこと、知ろうとしてくれたって思ってもいい?」
「……ごめん。気持ち悪いよね」
「いや。全然。むしろ嬉しい」
「嬉しい?」
「あ。えーっと……まあ、うん。嬉しい……」


彼女に負けず劣らず、しまった、という顔をしているであろう俺に、まん丸な黒い瞳を向けてくる彼女と数秒見つめ合って、再確認する。俺、やっぱりこの子のこと好きかもって。いや、もう「かも」じゃない。好き、だ。それを、脳からじわじわと身体全体に染み込ませていく。
先ほども言ったように、彼女のことは名前と学部と年齢しか知らない。それ以外に知っていることと言えば、特別上手いというわけじゃないけれど楽しそうにボールを追いかけている姿と、その姿から推察するにバレーが好きなんだろうなということ、友達同士で話をしている時に見せる笑顔が可愛いってことぐらい。けれど、人を好きになるキッカケなんて、それだけあれば十分じゃないかと都合の良いことを思ったりする。


「あの、さ」
「うん」
「今日ってこの後、時間ある?」
「ごめん…今日は予定があって…」


あわよくばこのまま夜ご飯でも一緒に、となけなしの勇気を振り絞って誘おうとした俺は、顔を曇らせて返事をする彼女を前にあえなく玉砕した。人生、そう上手くはいかないようにできているらしい。
しかし、今日の俺はいつもと違った。ここで引き下がりたくない。明日からまた、サークルが同じだけのただの知り合いに戻ってしまうのは嫌だ。そう思ったのだ。


「じゃあ今から3分だけ、俺に名字の時間をくれないか」
「3分?」
「今日、俺の誕生日だから」
「3分で何するの?」
「話するだけ」
「どうして…」
「もっと、知りたいから」


そう、俺は彼女のことが知りたい。それこそ誕生日とか血液型とかくだらないことでも良いから、彼女のことを知って近付きたかった。明日からは挨拶だけじゃなくて、一言二言だけでもなくて、もっと沢山話せる関係になりたかった。そのための第一歩。
今日は俺の誕生日だから3分だけ俺に時間をくれ。そんな卑怯な言い方だったにもかかわらず、彼女は嫌な顔ひとつせずに、めんどくさそうな素振りも見せず「良いよ」と微笑んでくれた。その微笑みに胸がどくんと跳ねたのは、当然と言えば当然の反応だ。
どうせなら3分じゃなくて5分ぐらい、なんなら10分ぐらい強請っておけば良かった。いや、そんなに欲張ってしまったら断られていたかもしれないから、やっぱり3分でちょうど良かったと思うことにしよう。
大学に進学して初めて迎える誕生日。俺は今まで生きてきた中で最も幸せで儚いプレゼントをもらうことに成功した。今日を最高の日として振り返ることができるかどうかは、今からの3分にかかっている。