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満ちる


デートに誘われて行くことを決断したのは、その日が彼の誕生日だと知っていたからだった。
中学時代、彼の誕生日にささやかながら用意したプレゼントは、結局彼の手に渡ることなくゴミ箱行きとなった。それが心残りだったのかもしれない。今度はきちんと何かプレゼントを渡そう。そう決意して来たというのに、私は彼の欲しいものをリサーチできぬまま、時刻は夜6時を過ぎてしまった。
ショッピングモール内をぐるぐる回っていれば、何かひとつぐらい彼の欲しそうなものが分かるんじゃないかと思っていたけれど、彼には物欲がないのか、手に取ってはみるものの欲しいというわけではないらしくすぐに棚に戻してしまうのだ。
「今日誕生日なんでしょ?何かほしいものあったらプレゼントするよ」と素直に言えば良いのかもしれないけれど、なぜ誕生日を知っているのかと尋ねられたら困るので、それは言えない。今日のお礼に、とでも言って何か押し付けてしまおうか。そんなことを考えている時だった。


「飯なんだけど、ここから離れてもいい?」
「どこか行きたいところがあるの?」
「実は予約してる」
「レストラン?」
「まーそんなとこ」
「電車かバス?どれぐらい時間かかる?」
「俺、車で来たから車で。20分ぐらい」


彼は「もう行こっか」と何食わぬ顔で駐車場の方を目指して歩き始めたけれど、私は内心穏やかじゃなかった。彼の運転する車に乗るなんてイベントが突然発生したのだ。車の中というのは密室と同じだし、距離も結構近い。そこに2人きり。私にはハードルが高すぎるような気がしてならない。それでも断れなかったのは、折角彼が自分で行きたいと思っているお店を予約したなら、せめて夜ご飯代ぐらいはプレゼントの代わりに出すべきだろうという心理が働いたからだ。
彼の髪の色と同じ黒い車の助手席に乗り込んで、シートベルトをつける。すーっと発進した車は、すいすいと駐車場を出て公道へ。私も免許は持っているから運転の仕方は分かるけれど、車を持っていないからほとんど運転する機会がない。恐らく彼のように穏やかな運転はできないだろう。


「今日、なんで付き合ってくれたの」
「え」
「断られると思ってたからなんでかなーと思って」
「別に……予定なかったし……」
「暇潰し的な?」
「そういうつもりは」
「別に暇潰しでもなんでもいーけど、ありがとな」
「お礼言われるようなことしてないよ」
「いーのいーの」


彼はそう言ってケラケラ笑った。
今日一緒に過ごしてみて、彼の印象は少し変わった。なんでもスマートにこなすイメージだったけれど実はそうでもない。思っていた以上に穏やかに緩やかに笑う。「良い意味で手が届きそうなイイ男」であることを改めて実感させられた。
中学時代、私が彼を好きになったのは、遠巻きに見ていて「カッコイイなあ」と漠然と感じたからだったと思う。彼はスポーツが得意で球技大会なんでよく活躍していたし、背も低い人より高い人の方がカッコよく見えていたように思う。学生時代の恋愛なんてそんなものだ。
けれど今はどうだろう。当時は気が付かなかった彼の一面を見て、そこに惹かれている。見た目じゃなく中身で、彼のことを好きになりかけている。否、もしかしたらもう、好きになっている、のかもしれない。
しかし、そんなに都合良く「好きになりました」なんて言えるわけがなかった。いくら彼が私のことを好きだと言ってくれているとしても、そう簡単に受け入れてしまって良いものか。大体、彼はどうして私のことが好きなのだろうか。それを尋ねたら彼はきっと答えてくれるだろうけれど、その答えを聞いたところで、私は自分が納得できないのを知っていた。


「美味しくなかった?」
「そんなことないよ。美味しかった。けど、お金、」
「今日付き合ってくれたお礼だから気にすんなって言ってんのに」
「でも、今日は…」


夜景の見えるレストランで彼と食事ができるなんて夢にも思わなかった。しかも私がお金を払おうと思っていたのに、彼の方が全額出してしまうというまさかの展開。店を出て車に乗り込んでから、今日は彼の誕生日なのに、と思っていたせいで口から零れてしまった言葉を、彼は聞き逃さなかった。


「もしかして今日が俺の誕生日だって知ってた?」
「……ごめん」
「なんで謝んの。知ってて来てくれたとかすげー嬉しいじゃん」
「でも私、何もしてない」
「今日付き合ってくれただけで十分」


その言葉に嘘はないのだろう。月明かりに照らし出されている彼の顔は満足そうに見えた。けれど、私は納得できない。だって、今日は私も彼に楽しませてもらった。彼は私に真摯に向き合ってくれているというのに、私の方は中途半端な姿勢で彼に向き合えずにいる。それでも良いと彼は言うけれど、このままじゃダメだということは目に見えて分かっていた。
私はどうしたいのか。どうなりたいのか。周りがどうとか、昔はどうだったとか、そういうことは全部抜きにして、私は彼をどう思っているのか。いい加減、はっきりさせなければならない。そうしなければ、彼に失礼だ。


「黒尾くん、私ね、中学生の頃、黒尾くんのことが好きだった」
「へ?は?……え、ちょい待ち。何のカミングアウト?」
「でも伝える勇気なくて、そのまま卒業して、4月に入社式で見かけた時も声かけられなくて…黒尾くんの方から声をかけてきてくれた時、嬉しいより先にびっくりした」
「今の俺がその状態なんだけど……」
「しかも黒尾くん、私のことが好きだとか言うから、もっとびっくりして…黒尾くんモテるし、仕事し辛くなったら困るなって思ってたんだけど」


自分の頭の中を整理するように言葉を連ねていく私に、運転席の彼は唖然としている。きっと急にそんなことを言われても、という気持ちだろう。けれど私は賢くないから、こういう方法でしか向き合えない。


「まだ、その、好きって、ちゃんと自分の中で整理できてなくて、だから、えーっと……」
「待ってたらいい?」
「……ごめん」
「だから、なんで謝んの。すっげー嬉しいのに」
「待たせちゃうのに嬉しいの?」
「だって脈アリっぽいじゃん」
「それはそうかもしれないけど…」


結局かなり中途半端なことをしているというのに、彼は私を咎めるどころか「ありがとう」とまたお礼を言った。私は何もしていないのに。


「せめて何かプレゼントさせて」
「あー…誕生日だから?」
「そう」
「じゃあ…」


彼はうーんと悩む素振りを見せた後、運転席から身を乗り出して私に顔を近付けてきた。身を引いたところで、背後にはすぐ背もたれがあってぶつかってしまう。彼の顔が、途轍もなく近い。


「ちゅーしていい?」
「そっ、それはだめっ」
「ですよねー」


一体何がしたかったのか、彼は私の返事を聞くとすんなり顔を離して元の位置に戻った。この上なく心臓がばくばくと脈打っているけれど、私は死んでいないだろうか。すーはーと深呼吸を繰り返す。うん、大丈夫。生きてる。当たり前だけど。
いまだに暴れている心臓をどうにか鎮めようと深呼吸を繰り返す私に、彼は言う。


「待てなかったらごめん」
「……もう、待ててなかった、よね、」
「名前ちゃんが可愛いこと言うからつい」
「な、名前……」
「誕生日だから特別に、名前呼ばせてよ」


そう言われてしまえば、私に拒否権はない。というか、拒否するつもりもなかった。
こくり、私が頷いたのを見た彼が満足そうに笑ったのを横目で確認してシートベルトをつける。それから「今日は家まで送る」と言われた私は、断る理由を見つけることができずに再び頷いた。
車内でやたら名前を連呼され、挙句の果てに「そろそろ俺のこと好きになってきてない?」なんて言われるとは思ってもみなかったけれど、実は好きという気持ちで満ちてきた、なんて、まだ言ってやらない。