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何に酔ってるんだい?


※成人済み設定


遠目に見て、飲みすぎてんなあ、とは思っていた。名前はそこまで酒に強くないくせにその自覚が足りない。だから毎回、口うるさく言っているのだ。飲み過ぎないように自分で制御しろ、と。
そりゃあ高校時代の同級生と久々の再会を果たしたら、それなりにテンションが上がるのは分かる。俺だってこの同窓会を楽しみにしていたし、実際に楽しんでいる人間の1人だからだ。しかし、成人を過ぎたいい大人がべろんべろんに酔っ払うというのはいかがなものだろうか。我が彼女ながら困ったものである。


「大丈夫なのか?止めなくて」
「あー…もう手遅れっしょ」
「今日はまた一段とやばそうに見えるけど」
「夜っ久んもそう思う?」


高校時代、部活でもクラスでも色んな奴らのオカン的存在として周りを見ていた洞察力は、今でも健在らしい。何度か飲みの席を共にしたことがあり、その度に何かしらやらかしている名前を見ているからなのか、頼れる元リベロの男は俺に彼女の回収命令を示唆している。
まあ言われずともそろそろ潮時だろうとは思っていた。というわけで俺は、やれやれ、と重たい腰を上げて大盛り上がりの席に足を運ぶ。
広い座敷席の一角。昔話に花が咲いているらしく笑い声が絶えないのは実に楽しそうで何よりだが、名前は完全に酔いが回っているようで、俺の顔を見るなり元々緩みまくっている口元を更にへにゃりと蕩けさせた。あーあー。飲み過ぎんなって言ったのに。ほんとに学習能力ねぇな。


「てつろーだぁ」
「だいぶ酔ってますね、お嬢さん」
「ふふふ…そんなことないよぉ」
「酔ってる奴は大体そう言うから」


彼女の隣にしゃがみ込みながらそう声をかければ、お酒の力ですっかりタガが外れている周りの奴らが、お熱いねぇお二人さん!などと囃し立ててくるのが鬱陶しい。が、そんな声は気にするだけ無駄なので、俺は適当にあしらいつつ机の上の酒が入ったグラスをさり気なくお冷に取り替える。


「ねぇねぇてつろー」
「はいはいなんでしょう」
「ちゅーしよ?」


それは突然の提案だった。大抵のことには動じない自信があった俺だけれど、これにはさすがに僅かながらたじろいでしまう。何を言い出すかと思えば、今日は今までで一番最悪な酔い方をしているらしい。これは一刻も早くここから退散しなければ。
そう思ったところでここは酔っ払いの巣窟なわけで、そう簡単に連れ出すことはできない。元々俺達のことを囃し立てまくっていた奴らがここぞとばかりに、キスしちゃえー!と悪ノリしてくる。さて困った。悪い奴らでないことは分かっているが、こうなると面倒臭い。
ちらりと隣に視線を流せば、彼女はいまだに本気でキスをしようと思っているのか、それとも無意識なのか。俺の太腿に手を置いて寄り掛かってきながら見つめてきている。しかも上目遣いのオプション付きで。ここにギャラリーがいなくて2人きりだったら完全にオイシイシチュエーションであることは間違いないのだけれど、俺は酒を飲んでいるとは言えまだ理性的な状態なので、思考を巡らせる余裕があった。つまり、一時的とはいえきちんとブレーキをかけられたわけである。
さて、これから俺は一体どうするべきだろう。キスをすれば彼女は満足し、事態も収めることができるのだろうか。ぶっちゃけ俺としては誰に見られていようがキスぐらいしても良いと思っているのだけれど、一応ここは公共の場だし。後になって、なんでみんなの前でそんなことしたの!と、名前から責められる未来も見える。誘ったのは酔いまくった自分なのに、それは別問題だと身勝手な主張をしてくるに違いない。
はあ。まったく、手のかかる女だ。と思いながらも、俺が好きなのはこの自分に甘すぎる彼女なのだからどうしようもなくて。俺は彼女の頬から顎にかけて指を滑らせて顔をくいっと持ち上げる。そしてゆっくり距離を縮めていき、彼女が目を伏せかけたところ、あと数センチで唇が触れるというギリギリのラインで動きを止めた。
俺の動きが止まり、待ち侘びていた感触が訪れないことを察知したのだろう。名前は物欲しそうな顔で俺を見つめていて、ぐらりと理性が揺らぎそうになる。が、ここで崩れてしまうわけにはいかない。俺は平静を装って距離を保ち続けた。


「期待した?」
「……した」
「マジでちゅーしてほしいの?」
「してほしいから誘ったんだよぉ」


周りの視線が集まっていることには気付いていた。だからこそ、わざと見せつけるように、彼女の耳元に口を近付けて小さな声で囁いてやる。


「あとで、な?」
「うー…」


近付けた距離を離して表情を窺うと、おあずけを食らった彼女は恨めしそうに俺へと視線を向けていて、どちらがおあずけ状態だと思ってんだと言ってやりたくなった。しかし先ほど同様、今は我慢。そう、今は。
俺はここまでのやり取りをぽかんと見守っていたギャラリーに、この先は有料になりますので、とにこやかな笑みを貼り付けて告げると、よたよたと足取りが覚束ない彼女を引き連れて席を後にした。


「帰るの?」
「そ」
「えぇ…まだ飲み足りなぁい!」
「ちゅーしなくていーの?」
「……それはやだ」
「素直でよろしい」


酔っ払いの相手をするのは非常に疲れるし、俺がいなかったらどーすんだよ、と心配になったりもする。が、この後のお楽しみに持ち込みやすくなるのも事実なので、俺は腕にべったりと張り付いてくる愛しい酔っ払いに、もう飲むな、とは、今日も言えない。
さてと。店を出たらどちらに行こうか。名前の家に送ってやるか、うちに連れ込むか。どっちにしろ、俺の理性が繋ぎ止めていられるのはあともう少しだけだろう。


「てつろー…私のこと好きぃ…?」
「マジで飲み過ぎてんな」
「好きじゃないのかぁ!」
「こら。ちゃんと好きだから叫ばない」
「ふふ…良かったぁ」


俺の腕に絡みつき胸をぎゅうぎゅうと押し付けてきているのは確信犯か。それとも本気で酔いに身を任せすぎているのか。この様子だと後者だろうけれど、何の策略もないからと言って許されるわけではない。
そろそろ危機感ってもんを感じてもらわなければ、と思い、わざと低めの声で、名前チャン、と呼んでみる。しかし、なぁに?と返事をする声音は上機嫌で、危機感の「き」の字もない。困った彼女だ。


「ちゅーするの?」
「まだ外だからするつもりなかったけど」
「なんだぁ…違うのかぁ…」
「ま、いっか」


ちょっとフライングで。そう呟いた声は彼女の耳に届いていないかもしれないけれど、別に問題はないだろう。ふらふらの名前の腰を抱いて道の端に追いやって顎を掬い上げ、そのまま流れるような動作で覆い被さるように上から口を塞ぐ。通行人からは名前の蕩けた顔は見えないはずだから、俺の独り占めだ。
ちゅっ、と音を立てて唇を離す。これで少しは満足して大人しくなるかと思いきや、名前は俺の胸元に顔を押し付けてくるからやっぱり危機感ってものが1ミリも感じられなくて苦笑してしまった。


「帰りますよ、オネーサン」
「はぁい」
「どっちがいい?」
「んーとね、てつろーのおうち」
「りょーかい」
「手繋ぐ?」
「んーん。こっちがいい」


名前はまた性懲りも無く俺の腕に胸を押し付けながら絡みついてきて、歩き難いことこの上ない。こいつ、家に帰ったら覚えてろよ。すぐ襲っちまうからな。
そう思いつつ、寝落ちされて蛇の生殺し状態になってしまったとしても、俺は名前を抱き締めて眠ることしかできないヘタレなのであった。